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「アー写感w」といってあの記事がバズる世の中って、どうかと思うよ

朝Twitterで流れてきたこの記事を偶然目にして読んでみたら、なんかモヤっとしてしまった。

スタートアップの企業などの取材記事に使われている写真がアーティストの宣材写真のようだ、という記事。今日1日「アー写感」というワードがトレンド入りしていたりでTwitterでもたくさんシェアされていたのでやたらと目にした。


わたしはこの記事を見たとき、率直に、こういう笑い嫌いだなと思った。流れてくるツイートはほぼ全てこれをおもしろいと評価するもので、自分の感覚がずれているのか?と不安になったが、何度考えてもこれを「おもしろい」と言ってバズってしまっている世の中って一体...という気持ちしかわいてこなかった。


面白い、と言っている意味はわかる。ただわたしは、こういう頑張っている人たちを茶化したりバカにしたりして笑いを取ることに、愛もセンスも感じないというだけ。



わからないけど、フォトグラファーに指示されて撮影した写真がこうやって晒されてネタにされているんだとしたら気の毒だなあと思うし、「アー写w」にするつもりなく普通にかっこいい写真を撮ってあげたいと思って撮影したフォトグラファーも申し訳なくなっちゃいそうだなあと。

わたしがこれ撮ったフォトグラファーだったら「え、ほんとすみません」ってなるわ。


実際この記事に載っている人たちも、ここまでバズると「自分載ってますわw」みたいに言って受け入れるしかないみたいな空気もあるなと思って。もし自分が載っていたとして、不快だな、と思ったとしてもそんな風に反論するのもちょっと気がひけるもんな。とも思ったわけです。でもそれって、なんか、ねえ?


わたしが引っかかっているのはこの記事に「愛」を感じなかったからなんだと思う。ちゃんとそのスタートアップ企業やプロジェクトの実体を簡単にでも説明する文を入れるとかで回収してくれていれば、抱く気持ちも変わったんだろうけど。まあでもそれじゃあ、おもしろくなくなるんでしょう?


万人に受ける、みんながハッピーになる作品なんてないんだけど、嘲笑するお笑いは、わたしはやっぱり好みではなかった。そしてこういうのを「おもしろくない」と意見する人たちが「まじめw」と言われてしまう世の中も、とってもめんどくさい。



確かに、今後こういう見た目や見せ方を重視した企業や団体はもっと出てくると思うし、出てくるべきとも思う。(もちろん中身も伴ってないと意味ないと思うけど)

自身がかっこよくいようとしたり、かっこいいものを生み出してそれをかっこよく見せようとする人たちが「アー写感w」とか言われて肩身狭い思いする世の中って、なんかなあ。あれをアー写wと笑う人ほど、人の目気にして自分のかっこよさを追求も解放もできない(しづらい)だろうから、まあある意味バランス取れてるんですかね。よくわからんが。


斜に構えて生きるより、なるべく素直にその人それぞれの美やかっこよさを受け入れたり受け流したりしながら生きてたいなあと思った日でした。


ということで最後はわたしのアー写wでお別れしましょう。



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Azusa Takeuchiといいます。ダンスと舞台とラスベガスと茶碗蒸しがすき。座右の銘は、ちゃんと家の鍵閉める。

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コメント (1)
ただでさえ人材獲得(採用)がハードモードのベンチャーだと自分たちのカルチャーに合う(好きだから働く)、みたいな人を探すために、アー写感のあるカッコよさみたいなアピールするのって戦略的に必要な気がしました。
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