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残響

左腕をさする。まだ熱をもってるみたいだ。花火が終わった後、瞬きする度にまぶたの裏にちらつく光みたいだ。電車の席を立つ。暗くなる少し前の町は悲哀に溢れてる、今日はどんな話をするんだろう。

昨日と同じあの人に会う、何を食べて何を話すのか、プランは何もない。18時、改札前で集合だ。改札を抜けてきた彼女はハイヒールをリズミカルに響かせながら近付いてきた。清楚なチェックワンピースだった昨日とは打って変わって、今日は大人びた服装をしていた。ロング丈の真っ白なチュールスカート、オフショルで背中の空いたトップス。よく切りそろえられた爪は赤色で、髪は緩くウェーブがかっていた。今日は楽しもうねとふんわりと笑った顔は、夜の匂いがした。


ビルに囲まれた街、道を1本外れた所にあるイタリアンでワインを飲みながらパスタ料理に舌鼓を打った。彼氏と別れて気分が落ち込んでしまうだろうから、あんまりお酒は飲まないようにという私の忠告を無視して、彼女はグラスを乾かしていく。

彼とは、未来を想像できなかったらしい。私は相槌を返しながらひたすら話を聞いていた。特に残念がる様子もなく彼女は言葉をつむぐ。アルコールの回った顔は赤く、目は潤んでいた。お酒のせいだといいななんて、風情のないことを考えながら私は運ばれてきたピザに手をつけた。掴めない人だ。私から手を伸ばさない限りは交わることの無い人だと、友人でよかったと昨日握りしめられていた左腕を意識しながら思う。
デザートを食べ終わると彼女に気が付かれないよう支払いを済ませる。何かっこつけてんの、と照れた顔の彼女は綺麗だった。時間は19時半、まだまだ早い時間だ。2件目に行こうかと誘う、彼女は首を縦に振って言った。

「酔ったから川の近くを歩こう、提灯が綺麗だし。」

夜の川沿いには魔法がかけられている。居酒屋の喧騒も、キャッチの声も、大学生の騒ぎ声も、おじさん達の陽気な笑い声も、全部遠くに聞こえる。信号を待っているときに彼女がよろめいた。咄嗟に手を出して腰を支える。たくさん飲んだし、今日は帰ろうかという私の誘いを彼女は断った。

「今日は、まだだめ。」

そう言うと腰に添えたままの私の手を掴み、指を絡めた。彼女はたたみかけるように上気した頬を私の肩へ預けた。寂しさを紛らわすために少しならいいかと、私は彼女の髪を撫でる。川沿い、柵にもたれて言葉を交わす。淡い提灯は視界をくもらせる。揺れる屋形船は季節を連れ去ってしまいそうだ。夏にしては、涼しい夜だった。

煙草をくわえて火をつけようとすると、真っ黒な瞳と目が合った。声をあげる間もなくりんご飴みたいな色した柔らかいものに唇を奪われる。言葉が出ないとはこのことか、手を唇にもっていく以外、私は何もできなかった。
まだ帰りたくないんだけど、と彼女は言う。俺は君とそんな関係じゃないだろ、と煙とともに吐き出す。関係とは手を伸ばして進めるものらしい、絡めたのは手だけじゃなかったのは皮肉か。前進とは諦観の一つである。彼女にとって私は、くゆる煙のような存在になれたのか。

首もとに残る香水の匂いも、鎖骨に浮かぶ赤い歯型も、背中にできた爪痕も、冬には消えていた。

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