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年の瀬という半月

年末は静かな中にも高揚がある。燃え上がるようなクリスマスがおわった後には、落ち着いた凪が香る。これは令和最初の年末と令和最初の年始を同時に過ごした私のささやかな愛の形だ。

「お雑煮、食べたいなぁ。」

形のいい唇が紡いだその一言から、私たちの年末年始は始まった。時は12月のはじめに遡る。彼女とワインに舌鼓をうっていた私は、消え入るつぶやきを聞き逃すことは無かった。じゃあ俺が作るよと意気込むと、彼女は驚いて真っ赤な唇の端を重力に逆らわせた。ありがとうと微笑んだ顔は、酔いが回ってたせいかいつもより綺麗に見えた。

彼女は私と同じ社会人1年目だ。年末はぎりぎりまで、年始も1月1日から仕事があるため実家に帰れないらしい。そんな彼女と、私は年を越すことにした。12月31日の夕方、あの子の家目指して静かな街を泳いだ。最寄り駅に着くとLINEを飛ばす。待ちきれないらしく、電話がかかってきた。

「お雑煮の具はなににする?おもち、人参、大根、関西だから白味噌にしないとね!」

楽しそうに話す彼女の声は、冷たい風に晒された私の心を溶かしていく。家に着くとコートを着て準備万端な彼女が待っていた。財布とスマホとマフラーにくるまれた可愛い生き物を携えて、私はスーパーへ向かった。1月1日に仕事な彼女は、お弁当を持っていくらしい。どうせお雑煮もつくるならと、お弁当の材料を買い物かごに詰めていく彼女は、期待を込めた目で私を見ていた。

材料を買い終わると、再び家へと向かった。レジ袋は2つ、彼女は私の手からひとつもぎ取ると楽しそうに笑った。「2人で持てばいいじゃん。」そう言うと私の左腕をとった。私の隣を歩く彼女の声がいつもより近い距離で聞こえる。紅い唇が愉快に踊る。まだ低い月が、綺麗だった。
家に着くと彼女はいそいそとこたつに潜り込んだ。ここからは私の出番だ。先に年越し蕎麦という名の晩御飯を準備する。一人暮らしのキッチンはそこまで広くない。たまに彼女はこちらに歩いてきて、洗い物だけしてトコトコとこたつへと帰っていく。前世は犬だったんだろうか。

晩ご飯を食べ終わると、そのままお雑煮の準備に取り掛かる。新年はじめに彼女の口に入るものだからと、いつもより丁寧に包丁を使う。お弁当用に玉子焼きを焼く私を、彼女は鼻歌交じりに見ていた。なんで私たち付き合ってないんだろう。
できたお雑煮とお弁当を見て、彼女は歓声をあげた。夜も遅いのに、お隣さんに迷惑にならないといいけどなんて言いながら、私は口角が上がるのを止められなかった。踊り出しそうな彼女をなだめながら、お寺へ行く準備をする。年越しの瞬間は外ですると決めていた。寒がりな彼女はダウンジャケットを手に取ると、何かを決意したかのようにクローゼットへと戻した。

「せっかく隣歩くんだからかわいい服着たい。」

そう言うとロングコートを着て、マフラーと手袋を取り出した。彼女は、かわいい。
家から2駅、11時過ぎにお寺に着いた。終日運転してくれている交通機関には頭が上がらない。お寺の境内に乱立する出店に並んでおでんと熱燗を買う。寒いからと半分以上もとられた熱燗は、私が口をつける時にはもう温かった。ベビーカステラの列に並んでいると除夜の鐘が鳴り、0時になった。右手におでんを持ちながら居住まいを正して、あけましておめでとう、今年もよろしくと彼女が言った。その不釣り合いにも綺麗な姿勢に笑ってしまった私に、彼女は頬を膨らませた。今年も、今年こそよろしくと返すとふっくらした唇は、半月へと形を変えた。

高く昇った月は相変わらず綺麗で、同じ色したベビーカステラは甘かった。

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