見出し画像

ノルウェイの森ごっこ

オリジナル

僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、ハンブルグ空港に着陸しようとしているところだった。十一月の冷ややかな雨が大地を暗く染め、雨合羽を着た整備工たちや、のっぺりとした空港ビルの上に立った旗や、BMWの広告板やそんな何もかもをフランドル派の陰うつな絵の背景のように見せていた。やれやれ、またドイツか、と僕は思った。
 飛行機が着地を完了すると禁煙のサインが消え、天井のスピーカーから小さな音でBGMが流れはじめた。それはどこかのオーケストラが甘く演奏するビートルズの『ノルウェイの森』だった。そしてそのメロディーはいつものように僕を混乱させた。いや、いつもとは比べものにならないくらい激しく僕を混乱させ揺り動かした。

ごっこ(投稿者の場合)

 僕は XX 歳で、その時エアバス350のシートに座っていた。その中大型機は雲一つ無い快晴の空から降下し、ミュンヘン空港に着陸しようとしていた。8月の透き通った空から強く照りつける陽射しが大地に降り注ぎ、日用品の広告板やそんな何もかもをフィルターがキツめに掛かったSNSの投稿のように見せていた。やれやれ、またドイツか、と僕は思った。
 飛行機が着地を完了し、ボーディングゲートに横付けするとベルト着用のサインが消え、まずはドイツ語、続いて英語で到着と別れの挨拶が端的かつ無機質に流れはじめた。これがもし日系航空会社のAであれば、あの有名バイオリニストが演奏するコーポレート・ミュージックで別れを告げてくれたのだろう。だがもしそんな事になれば、僕はここがドイツだという事に順応できなかったかもしれない。

 羽田からミュンヘンまでノンストップで13時間半。長かった。とてもとても長かった。これがもし、ロシアがウクライナに軍事侵攻していなければ、後2時間くらいは早くついたはずだ。
 そして僕をさらにうんざりさせる事に、僕の今回の目的地はここミュンヘンではなく、“ノルウェイの森” の主人公と同じハンブルクだということだ。東京からドイツへは、ミュンヘン、またはフランクフルトへ直通便が出ているが、ハンブルク直行の便はこの文章を書いている時にはまだ無い。僕はここから飛行機を乗り換え、さらに1時間来た航路を逆行する形でハンブルクに向かう。
 久々のヨーロッパは自分の体力の衰えなのか、その長い旅路のためなのか、自分の選択とは言え軽い目眩がする。

ミュンヘン空港にて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?