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とあるビアンカ派の証言

「お前にもいい人が見つかるといいな」ってふざけんなって感じですよ。ああ、ヘンリー王子のことです。10年間共に奴隷として苦楽を共にしてきた、まあ腐れ縁の友人ってところなんですけど、あいつ、奴隷から自由の身になった時は、もう国には戻らないって言ってたのに。こっちは手に職どころか家すらないのに、奥さんなんて養えるわけないじゃないですか。

父の遺言なんて無視しようと思えば無視できたんです。行方知らずの母も伝説の勇者も知ったこっちゃない。でもオラクルベリーのカジノに入り浸ってると頭の中に声が響いてくるんです。お前はこのままでいいのか、お前は何者だってね。もうね、重圧になってのしかかってくるんです。父がいったい何者だったのか、どんな道を歩んで何を成し遂げたかったのか、それを知らなければこの心苦しさからは解放されないでしょう。それが、私が旅をする理由です。

ルドマンさんのお宅を訪問したのも父の言葉を手がかりに、天空の盾を持っていると聞いたからです。そしたら、何ですか、指輪を取ってきたら娘と結婚を許そうって。家宝の盾も相続させるとか言ってるんですよ。また結婚の話ですよ。冗談じゃない。確かにフローラさんは美しい方ですけど、こちらは流浪の身ですし、身を固めるつもりもない。だけど盾は欲しい。申し訳ない気持ちでいっぱいですよ。胃に穴が開きそうでした。ほとんど人生詰んでいるようなものです。やぶれかぶれですよ。幸い、1つ目の指輪は無事に入手出来ました。2つ目は山奥の村の奥にあるとの情報を聞いて、とりあえず村へと足を運んだんです。

するとね、驚きましたよ。ビアンカの家族がこんな山奥に移り住んでいたなんて。アルカパの街から引っ越してどこへ行ったかのかも分からなかったんですから。その日はお互い再会を喜んで、夜遅くまであの日別れてからのことを語り合いました。妖精の国で冒険をしたこと、イタズラ好きなヘンリー王子に振り回されたこと、父を魔物に殺されたこと、10年間奴隷として石を運び続けたこと・・・だんだん暗い話になってしまいましたね。思えば、夜こっそり街を抜け出して古城へおばけ退治に行ったのが本当に遠い日のことです。

正直に話しましょう。私が結婚相手にビアンカを選んだのは、純粋な愛からではありません。もし私がフローラさんを結婚相手に選んだら、ビアンカはどうなる?父と共にあの山奥の村で一生を過ごす?あんなにも活発だった少女が、まるで隠居する老人のように影を帯びていくのを良しとする?その時彼女へ抱いた感情は、言ってしまうと、罪悪感です。笑ってください。放浪の身で魔物たちと野営するような男が一人前に人様へ哀れみの情を向けるなんて、おこがましいにもほどがある。そもそも、私はまだ居を構えるつもりもないし、この結婚話に乗ったのも、天空の盾のためです。始めから私は結婚するに値しない男だったのです。神よ、私の咎をお許しください。

しかし、結婚してからの生活は楽しかったですよ。2人で世界中を巡るのも新婚旅行みたいでしたし、ビアンカも久々の冒険で昔の頃の無邪気な笑顔が戻ってきました。サンタローズ、アルカパ、ラインハット・・・自分たちの足取りをなぞるように始まりポートセルミから船で大海原へも繰り出しました。ええ、楽しかったですよ。本当に。でもまあ、宿屋に泊まる度にその、求めてくるのはちょっとね、びっくりしましたよ。まあ、私も男ですからそういうのは嬉しいかと言われると嬉しいんですけど。それから結婚してから徐々に感じてきたことで、あれです、重いんですよ、愛が。いや、これもね嬉しいんですよ。もちろん。でも旅の途中ですから、どこかに居を構える予定もないですし、だからリゾットの村で妻が倒れた時はさっと血の気が引きました。もしかしたらって。でも妻も何も言わずに先を促してくれましたし、予感が的中したなら、この小さい村よりも絶対に洞窟グランバニアに到着した方がいいと思いました。

懐妊の知らせを聞いた時はやっぱりか、という気持ちとちゃんとしたベッドに寝かせられて本当によかったという安堵の気持ちでしたね。父が王様だったということは衝撃でしたけど、それ以上に妻と、そして子供たちのために安心出来る場が出来たことがとてもよかったです。本当によかった。父には感謝の念が絶えません。きっと、王族だったことも、母のことも、私がもっと大きくなってから話すつもりだったのでしょう。グランバニア中の人々が私を祝福してくれている姿に、父は本当に偉大な人だったのだと実感し、私もそんな人物を父にもって誇らしい気持ちでいっぱいでした。

それだけにね、8年間も石にされた時は辛かったですよ。本当に辛かった。世界の終焉よりも、妻と、子どもたちと過ごす時間が失われる恐ろしさ。意識だけはあるんですよ。石になってても。盗賊に持ち運ばれ、闇オークションにかけられ、挙句どことも知らぬ金持ちの庭に捨て置かれる……想像を絶する生き地獄ですよ。もう本当に、どこで間違えたんだろう、どうしてこんな目に遭うんだろうってない答えを延々と自問する日々。奴隷生活も辛かったけどこっちの方が精神的にダメでした。

もう本当に限界って時でしたよ。突然石化の呪いが解けたんです。息を吸うのも久しぶりすぎて咳き込んで、なんとか声を出せました。「どなたか存じませんが、ありがとうございます」って。まるでカエルの鳴き声みたいでしたね。そうするとね、2人の子どもが駆け寄ってくるんですよ。お父さんってね。お父さん?一体誰のことだ?で、よくよく見ると金髪で8つくらいの年齢。そして目がね、似てるんですよ、妻に。2人ともね。男の子の方が私の腕を掴んで揺さぶって、女の子の方がその後ろからおずおず見てるんですよ。2人とも緊張してるみたいでした。最初ぽかんとしていた私もだんだん飲み込めてきて、かける言葉を必死に探している途中にサンチョがね、顔をグシャグシャにしながら抱きしめてきました。私も子どもたちも一緒に。必然的に私も子どもたちもギュッと抱きしめる格好になったんですけど、あったかいんですよ。ああ、人の温もりってこんなにあったかかったんだなって。いつの間にか笑い始めていました。子どもたちも一緒にね。

それからグランバニアに戻ったら、それはもう熱烈な歓迎で。こっちとしては王位についてすぐに石になっていた訳ですから、王様としてなにも成し遂げてないんです。それなのにみんな泣いて喜んでくれて。子どもたちがまっすぐ育ってくれたのも、国中の皆さんのおかげです。

そして私は子どもたち連れて再び旅に出ました。母と、妻の行方を探すため。父の意志を継いで始まった旅は、私と、妻と、子どもたちの、かけがえのないものになっていきました。妻と水の洞窟を冒険したこと。妻の身を案じながらグランバニアの洞窟をくぐり抜けたこと。息子と追いかけっこをしたこと。娘と一緒に魔物の世話をしたこと。夜に父との思い出を語ったこと・・・。私は、私が今までたどった道をなぞるように子どもたちと世界を巡りました。我が子らは本当に成長著しい。きっと私より大物になるでしょう。父が、幼い私にベホイミをかけていたことを、私が息子に同じことをしていて思い出しました。本来なら、妻と一緒に頭を抱えながら育児をしていたはずの8年間。子どもたちの1番可愛い時期を見逃してしまいました。

でも、これから一緒に過ごす時間はいくらでもあります。この世界でまだ足を踏み入れてないのは、セントヘレス山ただ一つ。そう、私が奴隷として使役させられていた場所です。母も、妻もきっとそこにいるに違いありません。既に乗り込む手筈は済んでいます。天空城とマスタードラゴンの助けを得られましたから。熾烈な戦いが待ち受けていることでしょう。でもきっと大丈夫です。こちらには天空の勇者と心優しい魔法使いがいますから。自慢の子らです。そして、妻を助けたら伝えるんです。愛していると。結婚前夜に揺れ動いていた後ろめたい気持ちも、紛れもない私の本心です。でも、今なら言えます。あなたと結婚して本当によかったと。そして世界を救って、平和になった世で再び家族で過ごすんです。その時、私は声高に言うことはできるのでしょう。私は偉大な父パパスの息子で、最愛の妻ビアンカの夫で、愛おしい2児の父親であると。私の今までの人生はそのためにあったんです。だから、成し遂げるんです。私自身であるために。

・・・さて、長話になってしまいました。それでは子どもたちを待たせているのでこのあたりでそろそろお暇させていただきます。・・・何?仮想現実?何を言ってるんですか。妻も子どもたちの話も本当のことですよ。・・・ゲームの中のお話?馬鹿にしているんですか。私は与太話に付き合ってるほど暇ではないんです。ほら、ここに天空のベルだって・・・あれ?どこへいった・・・これは・・・?ドラゴンクエスト・・・V・・・?あっ あっあっ あああーっ(被験者が頭を抱え、突然立ち上がって警備員を突き飛ばし部屋の外へ飛び出す)

(監視カメラ映像と録音音声より書き起こし、一部抜粋)

【検査報告】
2019/8/8
被験者:No.5
仮想現実体験後に退行催眠を用いて聞き取り調査を行う。仮想現実中の経験は完全に被験者の記憶として定着していることが確認できるも、現実世界の記憶の揺り戻しに耐えきれず発狂、警備員を振り切り施設から脱走。現在施設周辺地域を捜索中。

私はその後、数夜にわたって名も知れぬ山中をさまよい、あの名も知れぬ懐かしき世界を探し回った。草陰から突然エビルアップルやオウルベアーが襲い掛かってこないかと恐れもしたが、時折こちらを見やる鹿や猿がいるばかりであった。私の頭の中には、あの大海原と大きな父の背中を見て、まだ見ぬ冒険に心を躍らせた記憶と、ただ上司の捺印を並べるためだけの、書類づくりの日々に追われ疲れ切った日々が混在し、ただただ私の胸中をかき乱すばかりであった。
やがてある朝、名も知れぬ獣が遺棄した穴ぐらから這い出ると、あてもなくさまよい歩き、いつの間にか橋を渡って、古びた石垣跡が残る廃村に足を踏み入れた。そしてそこで願望はみたされ、その眼前に壮厳なる天空城を見出したのだった。城の前には老若男女問わずこの世のものではないほど美しい、一対の白い翼を背に背負う天空人たちが他ならぬ私を待ち受けていた。彼らから、セントヘレナ山上空に魔界の門が開きつつあると聞いた私は神妙に頷き、私の帰還を今か今かと待ちわびていた息子たちを連れて、玉座の間にて静かに座していたマスタードラゴンに謁見し、遥か空まで鳴り響く天空のベルを鳴らし、その雄大な背に乗り、私が10年間奴隷として使役されていた、あの忌まわしき神殿へ向けて出発した。白銀の竜は船とは比べ物にならない速さで大空を飛翔するも、その背に跨っている私たちには不思議と心地良いそよ風のように感じ、眼下に広がるかつて旅した道のり、サンタローズ、アルカパ、ラインハット、オラクルベリー、サラボナ、テルパドール、グランバニアの街並みが現れては消え、海と空が出会う遥かな領域を目指し、世界で最も標高が高く、今では名状しがたい邪悪な気配を感じるセントヘレナ山へと向かった。マスタードラゴンはきらめく雲と銀色の光彩をついて優雅に舞い上がり、私たちは薔薇色と紺碧の輝きに満ちた、くらめくばかりの混沌の光がさす雲上にそびえる大神殿を見下ろした。最愛の息子と娘はその様を見つめ決意をあらわにし、私は妻の顔と母のぬくもりを思い浮かべ、最後の戦いへと赴かんとするその遥か下界では、夜明け半ばに橋上でよろめき落下した名も知れぬ被験者の死体を、海峡の波が嘲るごとくにもてあそび、散々愚弄したあげく、人里から遠く離れ、秘匿された研究施設の裏岸近くの岩場に打ち上げたのだった。

(DEAD END)

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