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読書録3 『マルクス主義と言語哲学』ミハイル・バフチン

『マルクス主義と言語哲学』改訳版
言語学における社会学的方法の基本的問題

著者:ミハイル・バフチン

訳者:桑野 隆

発行
1989年4月20日 第一刷発行
2019年5月10日 復刊第一刷発行
発行所:株式会社 未來社
定価:本体 2,800円+税

目次
序論

第一部 言語哲学の問題がマルクス主義にもつ意義
 第一章 イデオロギー学と言語哲学
 第二章 土台と上部構造の関係の問題
 第三章 言語哲学と客観的心理学

第二部 マルクス主義的言語哲学の道
 第一章 言語哲学におけるふたつの思潮
 第二章 言語 ことば 発話
 第三章 言語的相互作用
 第四章 言語におけるテーマと意味

第三部 構文から見た発話の形態の歴史
(シンタックスの問題にたいする社会学的方法の適用)
 第一章 発話の理論とシンタックスの問題
 第二章 <他者のことば>の問題
 第三章 間接話法と直接話法、およびそれらの変形
 第四章 フランス語・ドイツ語・ロシア語における擬似直接話法

原注
訳者あとがき

前記の「開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる」ヤーコ・セイックラ+トム・アーンキル 著 斎藤環 監訳 にあったバフチンからの引用文が心に留まりました。

たとえば

 ミハイル・バフチン[1986]は、私たちはつねに「自分の発言に対する反応」を予測していることを指摘しました。より正確にいえばこういうことです。われわれの発言は他者の発言に対する反応であり、われわれの応答はそれに対する他者の反応を予測しながら形を整えられ、その応答はさらなる応答を誘発していく。つまり、私たちのあらゆる行いには、他者に関する私たちのさまざまな見方が含まれているのです。

p073
第2章 心配事があるなら早めに対話をしよう
発話にはあなたの他者観が含まれている

『開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる』

 バフチン[1981]によれば、権威的な言説は人々がそれを四の五の言わずに受け入れ、吞み込むことを要請します。しかしそうした発話の影響力はごく限られていて、ともに思考を発展させるような力がありません。
 もし私が他者に対して、私の考えをまるごと受け入れさせるべく躍起になっているとしましょう。そのとき、私の考えと異なる視点は余計な“ノイズ”、すなわち取り除かれるべき障害にしかなりません。その核心には、ある種の(巧まざる)期待があります。つまり、人々は「実際に視座を共有したり、同じように考えたりすることができるはず」というような。あるいは「他者性が同一性によって置き換えられうるはず」というような。
そのためには私のほうから説得したりプレッシャーをかけたりしなければなりませんが、そうすることで、そのうち他者は、物事をしかるべきやり方で見たり行ったりするようになるでしょう。つまり私のやり方で、です。
 一方、対話的な言説は制限なく開かれており、他者とともに考えようとします。対話は人々が同じようになることを求めません。その反対に、他者の持つ根源的でゆるぎない異質性こそが、対話を可能にする当のものなのです。他者は私自身と同じように1つの自己であり、異質な自己であり、私が彼(女)を完璧に把握したり、彼(女)が私を完璧に把握したりすることなどありえません。
 バフチン[1990]はこう問いかけました。「もし私が他者と融合してしまい、二者ではなく一者しか存在しない状況になったとしたら、誰がどうやって事象を豊かなものにしてくれるのか?」と。そしてこう続けます。
「他者が私と融合することで得られるものとは何か?もしそんなことが起こったら、彼(女)が私以上の知見を持つこともありえないことになる。彼(女)はただ私のキャラクターを真似るだけの存在になってしまう。彼(女)には、あくまで私の外部にとどまってもらうほうがよいのだ。なぜならそのポジションにあってこそ、彼(女)は私の立場からは得られない知見を持てるわけで、それこそが私自身の生活を本質的に豊かなものにしてくれるはずなのだから」  

p074, 075
第2章 心配事があるなら早めに対話をしよう
他者を「理解を超えた存在」とみなせるか

『開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる』

といった具合に。 
その流れから選んだのが『マルクス主義と言語哲学』ミハイル・バフチン著です。

原注 序論 (4) むろん読者は、マルクス主義一般の予備知識のほかに、言語学の基礎くらいは知っておく必要がある。

p258

『マルクス主義と言語哲学』

とあるように、そのあたりのことは知っているものとして、そこから先の話がイデオロギー学や社会学的な要素もおびながら展開していきます。

今の感想は “私がすごく知りたいことがこの分厚いベールの向こうにある” です。とてもむずかしかった。けれども、言語哲学やマルクス主義、構造主義への関心をもたせてくれたことにはちがいなく、そのあたりの本を読んだ後に、もう一度読み直してみようと思います。

今回、心に残ったのは下記の部分です。

言語というものは、それ自体で存在しているわけではなく、具体的な発話、具体的なことば行為の個々の構造とむすびついてはじめて存在する。発話を通してのみ言語は交通と接触し、その生き生きとした力につらぬかれ、現実となる。言語的交通の条件、その形態、分化の仕方は、その時代の社会的・経済的前提によって規定されている。社会的・言語的交通のこれらの変動していく諸条件は、われわれが分析してきた他者の発話の伝達形式の変化を規定している。そればかりか、他者のことばや話し手の人格を言語が感じとるその形態のなかに、歴史的に変化していく社会的イデオロギー的交通の諸タイプが、とりわけ鮮明にあらわれているものとおもわれる。

p188
第三部 第二章 <他者のことば>の問題
他者のことばの伝達の<絵画的>スタイル

『マルクス主義と言語哲学』
1 規範的に同一な諸形態の安定した体系としての言語とは、一定の実践的・理論的目的においてのみ生産的な学問的抽象化にすぎない。この抽象化は言語の具体的な現実に相応していない。

2 言語とは、話し手たちの社会的な言語的相互作用によって実現される絶えまなき生成過程である。

3 言語生成の法則は個人心理学的法則ではけっしてない。しかしそれらは話す個人の活動から切り離すこともできない。言語生成の法則とは社会学的法則である。

4 言語の創造は、芸術的創造あるいは他のなんらかの社会学的イデオロギー的創造とは一致しない。しかし同時に、言語の創造は、それを充しているイデオロギー的意味や価値から離れては理解されえない。言語の生成は、あらゆる歴史的生成とおなじように、盲目の機械的必然性のように感じられるかもしれない。しかし、自覚された必然性となって、「自由な必然性」となることもある。

5 発話の構造は純粋に社会的な構造である。発話そのものは話し手たちの間に存在する(「個人的」という言葉の正確な意味における)個人的ことば行為とは、形容矛盾である。

p151, 152
第二部 第三章 言語相互作用
全体としての発話とその諸形態

『マルクス主義と言語哲学』


ありがとうございます!
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占師 西洋占星術を軸とした対面鑑定を行っています。一般社団法人 日本占術協会 会員、日本時空心理学協会会員

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