浅見 ゆたか
死ぬ間際に「ととのいたい」。ならば、人生の有限な残り時間を、いったい何に賭ければよいか
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死ぬ間際に「ととのいたい」。ならば、人生の有限な残り時間を、いったい何に賭ければよいか

浅見 ゆたか

僕の父親は、僕が中学2年生の頃に亡くなった。50歳の若さで。

そして気づけば僕も来月でいよいよ40歳。父親が亡くなった歳まであと10年というところにきた。

最近、自分の人生の“有限な残り時間”についてよく考えている。

どんなに足掻(あが)いたところで、人間は時間を増やすことだけはできない。バイトの時給や、労働時間をお金に変えたりするけど、お金は時間の尺度じゃなくても増やせる方法はある。(結果に対する対価とか)

でも、時間だけはどうにもならない。

そのことを考えると、「仮に自分の人生が父親が亡くなった50歳で終わるとしたら」という仮説で、人生を考えることが非常に多くなってきた。

当然、それよりも長いかもしれないし、もしかすると明日死ぬかもしれないし。それだけはわからないのだけど、1つ確かなことは「時間が有限である」ことだ。

毎日毎時毎分毎秒、絶対に“時間という資産”だけは目減していく。しかも、全人類、例外なく。

そうしたら、「どう時間を稼ぐか」じゃなくて「どう時間を使うか」にしか意味を持たないわけだ。お金の場合、稼ぐってことができるからまた話は別なんだが、時間だけは目減りしていくことが確定しているので、使い方がすべてであるわけで。


じゃあ、この“人生の有限な残り時間”を、どうやって使い切ったら自分は納得できるんだろう。それが40歳を直前に迎えた自分にとって、大きな課題なのだ。

誰しもそうだと思うけど、「自分の幸せのため」に、時間という資産を支えることが、一番納得できる使い方だと思う。

そしたら今度は「自分の幸せ」ってなんなのか、その解像度を上げていく必要がある。基本的には、自分の心や魂が赴くことが、自分の幸せの指針だとは思う。

10代は、高校や大学でそれなりにたくさんの友達と音楽やったりスケボーやったりアイスホッケーやったり、恋愛したり。いわゆる「青春」的な時間をたくさん過ごせて、結構幸せだった。

20代は、普通にサラリーマンになって、大学の頃から付き合っていた彼女と結婚して、いい感じに一般的に幸せ路線を歩んでいた。けど、そのあと離婚して、今までの自分の生き方に絶望したのが20代の一番最後だった。

30代は、20代の生き方から180度変えて、もっともっと自分の人生の本質に向き合って、転職して、田舎に帰って独立して、これまで以上に自分の手で自分の人生を切り開いてきた気がする。これは、20代に既定路線で失敗した経験が大きかったのだと思う。でも、自らの手で生き方を選び、全てのことを自分で決めて、道を切り開く生き方は、本当に楽しかった。

こうやって、これまでの人生を棚卸しすると、そのフェーズごとにまあまあ全力で頑張っていたんじゃないかな、と思ったりする。少なくとも、明日パタっと死ぬことになったとて、現時点で後悔はないなと。

ちなみに僕の人生の最終目標は、死ぬ間際に「自分の人生、最高だったな〜、ととのったぁ〜」ってなることだ笑
(タイトルに使っている言葉なのに、今ようやく出てくるという、この走り書き感がまた良いよね)


さあ、そんなわけで40代に突入する直前で、いろいろな考えが巡っていくわけである。

駆け抜けた30代で、自分なりの生き方の得意不得意、好き嫌い、がかなり明確になり、生きやすい生き方を選択できるようになったと思う。誰かの幸せ(自分や自分が作ったモノ・空間・時間で幸せを感じてもらうこと)が自分の幸せになることも、だいぶわかってきた。

だから、ある程度「こうすりゃそこそこ幸せな状態で人生ゴールできるな」って道筋が見えてるのが現状だ。

で、だ。この道筋が見えていることが、僕にとって「本当にこの道筋を辿ることが自分の人生の“有限な残り時間”を使うことに最適なのか」をめちゃくちゃ考えている。

最近めちゃくちゃ悩んだ企画があったのだけど、その悩みの根源は「答えがわかってることをなぞっても、全然面白くない」だった。(これは箕輪さんとそのことを相談したときに、言語化してくれた。めちゃくちゃ感謝)

表彰的には絶対面白いことができる企画なのに、なぜか自分の心が躍らない。人と同じようなことをやっても全然ワクワクしない自分がいた。

箕輪さんが壁打ちで言語化してくれたように、既定路線や答えのわかっていること、道筋が見えていることに、自分達はワクワクできないってことがわかった。


そう考えると、30代である程度「自分で選択する生き方」として、ある程度の最適解を見出せるようになっている」という自分の人生の道筋が見えていることが、最近とても不安なんだってことに気づきました。

多分、この道筋を突き進んでも、まあまあ楽しいし、僕の周りの人も少なからず幸せにしていけると思うけど、「100%やりきった!」って言える人生かと言ったら、「80%くらいやりきった!」な気がする笑

まあ、それも悪くないんだけど、どうせ一回しかない人生だし、地球の一生に比べたら、あまりにも刹那すぎるたった一人の人生なんだから、この命、思いっきり燃やし尽くしたいなって思うわけです、100%か120%かわからんけど。

とにかく今のままの路線で生きると80%で着地するなって思っている、今日この頃です。

100%超えの人生やった方が、多分死ぬ間際に「ととのったぁ〜」って言えると思うんですよね。

40歳、まだどんなことにチャレンジするか、決められてないけど、間違いなくこの道筋からちょっと外れて、また1つなんかやってみたいと思います。近い人には少しずつそんな話してるんで、僕と会ったらよかったら話を聞いてあげていただけると、とても嬉しいです。サウナででも語りましょう。

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浅見 ゆたか
サウナランドWeb版編集長 http://saunaland.jp / 埼玉横瀬町のクリエイティブ会社「浅見制作所」 / サウナコミュニティ&イベント「#川とサウナ®︎ 」/ シェア別荘ミノペンで完全プライベートのフィンランド式マイサウナを作りました