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軍艦島、廃墟として、ふるさととして - ダークツーリズムの意味

noteを始めて、元々書いているブログとの住み分けに結構悩んでいるのだけれど。自己紹介も兼ねて過去のブログ記事でその後の進展、現状の補足ができるものを取り上げてみるのも一興かなと考えてみた。

こちらの記事は2017年8月13日、家族旅行で軍艦島を訪れた時のもの。自分はこの外から見てカッコいい島に、完全に観光気分で廃墟を見に行くつもりで上陸ツアーに参加していたのだけど。当日ガイドを務めていただいた方は元この端島の住民の方。その方の言葉に凄く心を揺さぶられた。

みなさんはここを廃墟だと思っている。廃墟を見に来たと思っている。でも、44年前まではここで暮らしていた人達がいたんです。私もそうです。私にとってはここは廃墟ではない。ふるさとなんです。みなさんはここに廃墟を見に来たと思って、この景色にカメラを向ける。いいんです。でもそのカメラを向ける時、ここでかつて暮らしていた人達がいたこと、ここを今もふるさとと呼ぶ人達がいることに、少し思いを馳せてみてください。

観光気分がこの言葉で一気に変わった軍艦島上陸ツアー。その強烈な心象をブログに書かずにはいられなかった。そして書きながら東浩紀氏が廃墟ツーリズム、ダークツーリズムというものを提唱していたなとその言葉を思い出して、『弱いつながり 検索ワードを探す旅』をその後に読んでみた。

この本に書かれていた、その場に居ながらあらゆる情報が手に入る現代でそれでも旅をするのは、その情報に感情でタグ付けするためだということを、この軍艦島の体験から深く納得した。実際に見て感じることの大切さ、そしてその体験が移動の間に色々考えることで自分の中に沁み込んでいくことの意味。情報を経験として昇華するための旅の意味を再確認できた。

自分が軍艦島に行ったのも、廃墟のカッコいい景色が見てみたいという実に無責任な観光客としての軽薄さだったわけだけれども、実際に目で見て体験することで色々考えたし、身に迫るものがあった。そうしたことが、記憶の風化を防ぐ一助にきっとなる。 チェルノブイリがそうであるように、東日本大震災の被災地も、あるいはアウシュビッツだって記憶は風化していく。それに抗うためには観光地化して少しでも多くの人に来てもらうしかない。きっかけは軽薄でもいい。実際に体験することで残る旅の意味がそこにはある。東浩紀氏が勧めるダークツーリズムの意図はそういうところにあるんだなと、軍艦島の旅の後に読んだから尚更強く感じられた。きっかけなんて軽薄でいい。とにかく被災地や重い歴史のある場所へ旅をすることで、その場で感じたことを自身に沁み込ませること。それが旅の意味だし、歴史の風化を防ぐ。

旅は見聞を広めるというと「そりゃそうだろ」みたいな誰でも否定はしない台詞だと思うけど、旅は何故見聞を広めるのか、そしてその広がった見聞にはどういった意味があるのか。それに対して答えを与えてくれて、それ故に旅を勧めてくれる本であり、体験だった。軍艦島の体験の後にこの本を読めたことは経験を深めるいい触媒になった。

また、この時の体験と写真を、Ingressのエージェントが見た絶景を本にしてまとめて電子書籍化しようという企画に応募したら嬉しいことに採用されて納められることになった。無料の電子書籍なので、興味あればこちらも見ていただきたい。Ingressのエージェントがゲームを通じて出会ったたくさんの絶景の中に、自分の体験と写真も入れてもらっている。

2020年1月8日現在、軍艦島は2019年9月22日に接近した台風17号の影響で見学施設が損壊してしまったとのことで、島への上陸はできずにツアーも周遊のみとなっている。その話を知った時はもう軍艦島に上陸することはできないのかと心配したけれど、そこから無事に復旧が進んでいるようで、2020年3月21日より上陸ツアーが再開されるということでとりあえずは安心した。関係者の方々のご苦労大変なことだったと思います。いつかまた、時代に翻弄されて栄華から廃墟へと急速な変化にさらされた島の、その名残の空気を感じに行きたい。

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