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お気に入りはピカソ

パリの小学校の授業では、なんといっても、美術の授業がいちばん楽しかった。

パリ市内のあちこちの美術館に行っては、好きな絵の前に座って、自由に模写をするという時間があった。絵を選ぶのも子どもたち、ひとりひとりの自由。たくさんの色を使って、絵を描いた。

日本だと、美術館に子どもと一緒に行くと、わたしはどうしても周りの目を気にしてしまうし、鉛筆を出しただけで注意されてしまいそうだけど、フランスでは(ヨーロッパのほかの国でも)そんなことはない。

小さな頃から、学校で美術館や博物館にいくことも多いので、美術館に子どもがいる風景がとても日常的で、アートや芸術が、一部の限られた人のためのものではなくて、市民の生活にとても近いところにあるように感じる。

オルセー美術館や、ルーヴル、ピカソ美術館、ロダン美術館…。なかでも、わたしのお気に入りは、現代美術館のあるポンピドゥーセンターだった。

画家なんて知らなかったし、どの絵が有名かということにも興味がなかった。変な絵だなとか、よく分からないけど気になる、この絵がおもしろいとか。そういう直感的なものでいつも絵を選んで、その前にしゃがみ込んで夢中に描いた。ときどき、友達とおなじ絵になることもあった。

その時代に出会ったのが「ピカソ」だった。
おばさんなのか、おじさんなのかよく分からない絵とか、左右非対称のなんともいえないバランスの顔の絵に、5歳のわたしはものすごく惹きつけられたのだ。

初めて名前を覚えた画家もピカソだったし、絵を描くのは楽しいというシンプルな記憶を日本に持ち帰ったわたしは、小学校の頃、家の近所で水彩画を習ったりしていた。

モネやゴッホなどの印象派絵画の良さをしみじみ感じるようになったのは、もっと大人になってからで、子どもの頃は、ピカソとかデュビュッフェとかマティスとか、派手な色使いのダイナミックな絵の方が好きだった。

絵を見ることを純粋に楽しんでいた、あの頃の原体験があるから、今でもわたしにとって絵画やアートは、知識と紐づけて頭で理解するものというより、目で見て感覚的に楽しむもの、というくらいのカジュアルな付き合い方が心地いい。

大人になってからは、年に何十回と美術館に行くようなアート好きではないし、現代アートの展覧会に行って、なんだかちっとも分からなかったなということもある。それでも、たった一枚の絵にすっかり感動してしまって、それだけで今日はいい一日だったなぁと満たされる日もある。

みんながおなじでなくてもよくて、そっくりに上手に描くことも求められなかった。あの半分遊びのような、自由でのびのびとした美術の授業を、もう一度受けたいなぁ。



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