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「小児の言語聴覚士」と出会ったその先に【1】運と努力が引き寄せた“縁”。切に願う「学習障害をみられる言語聴覚士の増加」

まず紹介するのは、発語の遅れをきっかけに支援につながり、現在は学習障害の可能性と共に歩むお子さんのケースだ。母・ゆっこりんさんに、支援を受けることになったきっかけや言語聴覚士との接点、現在の課題などについて聞いた。

発語の遅れが気になり発達相談へ。その診断は意外と重く…

愛知県在住のゆっこりんさんは、小学二年生のあさひくんと年中のみづきちゃん(どちらも仮名)を育てる二児の母だ。明るい口調で話す彼女は、まだ幼いあさひくんを育てるなかで、小さな違和感が積み重なり、あるとき行動に出た。

「息子は2歳半になっても発語が少なかったんですよね。喃語は出ていましたが、一語文は50語ほどだったと思います。『これは何かあるな』と思ったので、3歳児健診を待たずに自治体の発達相談に行きました。そこで初めて『新版K式発達検査』と言語聴覚士による言葉の検査を受け、そのふたつを参考に医師の診断が下りました」

ここではじめて、ゆっこりんさんは言語聴覚士との接点を持つ。しかしそのときは検査されただけで、その後関わることはなかった。

そしてあさひくんの診断結果は「中度知的障害と自閉症スペクトラム(以下、ASD)」。予想よりも重かった。このとき、ゆっこりんさんとその旦那さんは、この結果をどう受け止めていたのだろうか。

「ふたりともすんなり受け入れたと思います。私は学生時代にASD気質のある同級生と接する機会があったので、発達障害について偏見があまりなかったのかもしれません。

夫も息子を妊娠していたときから医療漫画の『コウノドリ』を読んでいて、さまざまな可能性を想定していたようです。妊娠初期、ふたりで『障害がある子が生まれても、なんとかなるでしょ。どんな子だったとしても産もう』などと話していました。発達相談に行くと話したときも『相談に行ってくるよ』『うん、わかった』と、フラットな会話をしましたね。

それに今や、10人に1人が発達障害だといわれる時代です。その1人がうちの子でも別におかしくはないと思いました」

ただ、そのとき誕生したばかりの妹の人生については、深く考えたそうだ。“きょうだい児”となることで、どのような懸念があるのか、周囲からどう思われるのか。下の子が何からも守られていない「吹きっさらしの状態」にはしたくないと思ったという。

仲良く遊ぶ二人。まるで『トムとジェリー』のような関係性だそう

「言語にアプローチしたい」訪問リハビリの言語聴覚士と巡り会う

こうして医師から診断を受けたあと、すぐにでも療育を受けるように言われ、当時住んでいた東京都内の児童発達支援施設(以下、児発)に週1〜2回通うようになった。

「でもここで受けられたのは、一般的なソーシャルスキルトレーニング(以下、SST)のみ。私はもっと言葉にアプローチしたいなと思って、当時所属していた地域の『親の会』やSNSなどで情報収集しました。そうしたら、地域の訪問リハビリテーションサービス(以下、訪問リハビリ)でみてもらえそうだとわかったんです」

すぐさま地域の訪問リハビリ施設に小児科医の紹介状を渡したところ、週1回のリハビリを受けられることになった。このときに初めて、言語聴覚士の支援を受けるようになる。あさひくんが年少になった頃だった。

そして年中の頃、弱視であることも判明する。地域の「親の会」のメンバーで話していたときに、たまたまゆっこりんさんが「うちの子、すぐ疲れて幼稚園で寝ちゃうみたいなんですよね」と話したら、「疲れやすいってことは視力が悪いのかもよ?」と言われたそうだ。それで眼科で検査を受けてみたら、弱視の診断を受けた。医師からは「この子、ほとんど何も見えていないですよ」と言われたという。

そんな出来事を児発の支援者や訪問リハビリの言語聴覚士に共有しながら、支援を受ける日々が続く。言語聴覚士と関わって「よかった」と思えたのだろうか。

「よかったと思います。まず、全体的にさまざまな能力がしっかりと伸びました。これは言語聴覚士に限らず、療育や幼稚園の影響もあると思います。

言語聴覚士に関しては、何よりも話せるようになったことが大きいです。それに、継続して言語訓練を受けていくなかで『この子は音の処理が苦手らしい』ということもわかってきました。聞いたことを頭の中で正確な音声で認識するのが難しいようなんです。だから、療育でSSTを受けているだけだったら、ここまで話せなかったかもしれません」

そしてゆっこりんさんは、これまでを振り返るようにしてこう言った。

「成長させてもらったのは、私たち親のほうだと思います。療育や言語訓練に通うなかで、息子に必要な育児について勉強し直し、環境調整をするようになりました。それによって家での困り感はかなり解消されたと思います。だから、親のほうがありがたみを感じています」

そう受け止められるのは、ゆっこりんさんがさまざまな支援や訓練で見聞きしたことを、実行に移してきたからだろう。その努力に、自然と頭が下がる。

読み書きができないからバカ、ではない

やがてあさひくんは年長になり、就学先や通う学級を決める「就学相談」の時期を迎える。結果は、普通級と支援教室を行き来する「通級」判定だった。そして小学2年生の今、彼についての診断は「構音障害」のみ。当初の診断からは相当に変化していた。

「おそらく最初から、中度知的障害やASDではなかったのかもしれません。弱視や耳の特性によって、発達検査の数値が実力よりも低く出ただけではないかと思っています」

その一方で、新たな困り事も出てきている。

「息子は小さい頃からまじめな気質で、今も『できるようになりたい!』という気持ちが強い子です。でも今は音韻の捉えの弱さからか、読み書きに困難さがあって、ペーパーテストの点が思うように伸びません。

本人も『僕、国語の授業が好きだし、何を言っているのかもわかるのに、テストだけいい点が取れないんだよね』と言ってさらにがんばってしまうのですが、それでは日々疲れてしまいます。親としては「いかにがんばらなくても勉強ができるようになるのか?」にフォーカスして、何をすべきかを日々模索しているところです。

それに、息子には『読み書きができないのはバカだ』と思ってほしくないんですよね。だから、本人や周囲には『読み書きすると、人よりも疲れちゃうんだよね』と伝えています」

自尊心を過度に傷つけてほしくない、というゆっこりんさんの思いが透けて見えるようだ。

あさひくんの丁寧さが伝わってくるプリント

なお、あさひくんは学習障害である可能性が高いと考え、今も継続して言語聴覚士の訓練を受けている。

「現在は愛知県に住んでいて、訪問リハビリと、学習障害専門の放課後等デイサービス(以下、放デイ)で言語聴覚士からリハビリをしてもらっています。特に学習障害専門の放デイを探し当てられたのは本当にラッキーでした!言語聴覚士と接点を持ち続けていなかったら、学習障害の可能性に気づけなかったかもしれません」

全国的にも数が少ない小児領域の言語聴覚士に何度も巡り会えたのは、ゆっこりんさんの運の強さではないだろうか。そう伝えたら、彼女は「一生分の運を使っちゃったかもしれない〜」と明るく笑った。

絶望したとしても「なんとかなるよね」と言い合えるように

ゆっこりんさんに、子どもの発達に悩んでいる親御さんに伝えたいことはあるかと聞くと、少し考えてからこう言葉を紡いだ。

「結果的に息子の能力は伸びたけれど、だからといって、安易に『今悩んでいると思うけれど、絶対に大丈夫だよ』とは言えないです。その特性や障害がどんどん重くなっていく子もいますから。

でも、子どもに障害があって絶望したとしても『なんとかなるよね』って言い合えるような世の中になってほしいし、一緒にそんな世の中にしていきたいなと思います」

ゆっこりんさんが今強く願うのは、学習障害専門の支援を受けられる人がもっと増えることだ。

「私たちはラッキーなことに学習障害専門の放デイに巡り会えましたが、明らかに学習障害でも何の支援も受けられない人はまだまだ多いと思います。支援級や支援教室でも、読み書きに特化した学習のサポートはまだまだ難しいのが現状のようです。

だから、学習障害をみてくれる言語聴覚士がもっと増えて、より多くの人に支援が行き届くようにしてほしい、と心から願っています」

がんばりやのあさひくんと、そんなお兄ちゃんが今「世界で一番好き」だというみづきちゃんとともに、ゆっこりんさんは今日も前向きに日々を過ごしている。


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