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「百鬼夜行絵巻」

「百鬼夜行絵巻」
大徳寺真珠庵


みなさん「百鬼夜行」ってご存知です?私は椎名林檎オタクなのですが「椎名林檎と彼奴等がゆく 百鬼夜行2015」というライブで最前列の神席が当たり、その上神セトリ過ぎてずっと泣いてたのでほぼ記憶がありません(あかんやん)。


と開始早々脱線しましたが、「百鬼夜行」というのは平安時代、妖怪や鬼が夜中にうろうろ行進しているのを見かけてしまうと死んでしまうらしく(笑)、日頃からお経を唱えてると大丈夫だよ!妖怪たち逃げて行くよ!っていう仏教を広めるために唱えられたお話の1つ出そうです。

悪いことしたら鉄のくちばしを持った鳥に脳みそつつかれる地獄にいくとかいろんな地獄を描いた国宝「地獄草子」をトーハクで見た時も思ったけど、めちゃくちゃ怖いことが起きるから仏を信じようね仏教徒になろうね作戦で作られた話、だいたい容赦なくてほんまおもしろい。ユーモアが爆発しているし、信仰心の深い方が布教のために想像力の限界までひねり出してお話を考えてたのかなと想像するとなんだか愛しい。

病自体を鬼として表現する話もあったりして、教養のない一般の人たちにイメージしてもらいやすいようにの工夫(目に見えないものを何かに例えて想像しやすくする)なんやろうけど「擬人化」されることが多いから、それがいちいちかわいいなぁと思っています。



しかしこの「百鬼夜行絵巻」、仏教の教えを広めるために描かれたものなのか、どういう役割でどう鑑賞されてたかはわかっていないそうです。ですが室町時代から(研究が進めば鎌倉時代のものも出てくる可能性あり)これをテーマにした絵巻物はたくさん描かれていて、過去に描かれた絵巻を模写した全く同じ構図のものや妖怪さんたちの順番が違ったりする似たようなものなど色々残っています。

その中でも現存する最も有名な絵巻がこの「真珠庵本」と呼ばれるもので、土佐光信が描いたと言われています。

真珠庵本に描かれている妖怪たちは、鍋や釜などの台所用品や仏具や草履や傘やハサミなど、日常使われていたものが付喪神(つくもがみ:器物は100年経つと神や精霊が宿って人をたぶらかすと言われている)や鬼になったものです。粗末に扱われ、捨てられた祟り的な感じで行進しているらしい。ものを大切に扱いましょうの意味もあるそう。サスティナブルやん。



遠藤は妖怪ビギナーなのでめちゃくちゃ妖怪や鬼に詳しいわけではないのですが、この真珠庵本は本物を一度見てみたいと思っていたもので、どうしても見たくてサッて京都に帰ってスッと見てきました。
会期が前期後期と別れているのですが、今回は絵巻の前半を鑑賞することができました。念願叶って本当に本当に嬉しかったです。




この特別展は約45分間、真珠庵の中をガイドさんと一緒に周っていく感じになってて、私が伺った時は他に5名いらっしゃったのでそのメンバーで見てまわりました。真珠庵には現代を生きる作家さんたちが手がけられた襖絵などがいくつかあり、その解説などもされるので、遠藤は別にそこには一切興味がなかったので(失礼)ずっと妖怪たちを愛でていたかったのですが、進行の都合上、「百鬼夜行絵巻」を見れたのはほんの数分…。

しかしながらこの数分間、最高でした!!まさかこんな至近距離で見れると思ってなかった!!ってぐらいの距離で、しかも私はキモいオタクなので単眼鏡を常に装備しているのでそれで隅々まで見ることができました。1筆も見逃したくない…。絵師の心を感じたい…。

まず目に飛び込んでくるのは室町時代に描かれたとは思えない圧倒的に鮮やかな色彩。えええええええ綺麗〜〜〜〜と馬鹿でかい声で言ってしまうほどに綺麗でした(うるせぇ)。印刷物や画面で見る発色と全然違い、青!赤!緑!の美しさに膝から崩れ落ちそうなほどの衝撃。忘れられないあの美しい色。

そして繊細な超細筆で描かれた金の線。いろんな妖怪に肉眼で見えるか見えないかぐらいの金がさっさっさっとめちゃくちゃいいニュアンスで施されててそれのおかげで妖怪なのにどことなく品が生まれてて天才かよ…妖怪様ありがとう…って崇め奉ったし、その中でもお箏の妖怪の弦が金で描かれているのですが、弦が絡まってる部分のときめきの大放出さがもう…すんでのところで鼻血を抑えました。

そして何よりそれぞれの妖怪のユーモアさの素晴らしさよ。1妖怪ずつ(単位がわからへん)の容姿の奇抜さやお茶目さが悶絶級に可愛いのはもちろん、ポージングというか動作が不思議なんです。一切文章が描かれていない絵巻なので、ストーリーは各自の想像に委ねられているのですが、難易度が高い。ありきたりな流れでは一切なくて、妖怪同士がコミュニケーションを取ってたりするのですが、なにを話しているのか全然わからんし、逃げてたり振り返ってたり、行進といえども全員前を向いてるわけでもなく上や下やあっちこっちフラフラしてて、その縦横無尽さにこれが絵巻の紙の枠中に描かれていることを忘れてしまいそうにもなりました。
想像する時間が足りなかったので、パンフレットを見返しながらじっくり想像してみようと思います。




さて、遠藤のお気に入りの妖怪は笙(しょう)の妖怪。天狗のような鼻と背中に羽が生えているのですが、その羽がめちゃくちゃ天使。鳥の羽というよりも西洋画の天使のような羽で、西洋と東洋の美が無意識に交わっているような気がして興奮しました。あとお歯黒中の醜女の妖怪の右後ろにいるしもぶくれのブサイク(言い方)。几帳からこそっとのぞいてるそのブサイクの目が福笑いレベルにガッタガタでもうそれが!とんでもなくきゅーんっ!可愛かったです…!!

ていうかどの妖怪も信じられへんくらいうまい。ほんまにうまい人の線ってほんまにうまいよな(語彙力)
下絵とか描いてるんやろか?線の1本1本が信じられへんくらい匠やった。誰やねん土佐光信って。ほんまあんた最高やわ(乾杯)

あと、土佐派や琳派の絵師が描く鬼とかの筋肉ムキムキさって、皮膚のアウトライン自体が波打ちまくってる線で表現されてる気がするんやけど、力強さの中に陽炎みたいな虚ろさも感じられてそれがめちゃくちゃ好きやなぁって改めて思いました。ちなみに北斎の描く鬼の筋肉はKINNIKU!!って感じ。




と、そんな感じで短時間の間に両目を見開いて脳みそフル回転して鑑賞していたのですが、他の方はあんまり凝視されるタイプの人たちではなかったので、スタスタと次の部屋に行かれてしまい、え…!もう…!お待ちくだされ…!って感じだったので遠藤は解説の方の誘導を無視し、妖怪部屋に残って怒られるまでギリギリまで粘りました(迷惑な客の典型なので真似しないでください)。
その誰もいない雑音の無いタイミングでこの作品とじっくりと対峙できた時に、妖怪たちの声?効果音?行進の音楽?が聞こえてきたような気がして、もう遠藤大満足。とんでもない愛しさでいっぱいになりました。らぶ百鬼夜行。



というわけで、今回の展示、実は超レアだったのですが、いつもは京都国立博物館に寄託されてるもので美術館内でしか拝見できない代物なのですが、今回初めて真珠庵の中で特別公開されるというまたとない機会だったのです…!
「なんで真珠庵で公開されることになったんですか!!!」って大きな声で質問したら(うるせぇ)、「そういう声がたくさんあったからだと思います」って回答くださいました!妖怪ラバーたち最高!わかってる…!!作品って美術館で見るより、その作品がもともとある場所で見る方がオーラが違って断!然!いいんです…!!大徳寺に流れる空気、降り注ぐ太陽の光、秋の京都の温度など、それらを味方にした作品の生き生きした姿よ、はぁ、まじで贅沢。室町時代にタイムスリップしたような気分で鑑賞できたこと、ずっと忘れない…!!!
さて、後期も行こうかな。

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めっちゃいい天気やった。

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美味しい鴨南蛮そば食べた


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