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電子書籍、はじめました。

青のベルベット/嵩夜あや

kindleで電子書籍を販売開始しました。
ちょっとファンタジー入りの、女学園ものです。
kindleの方でも冒頭だけのお試しも出来ますので、よろしければ読んでみて下さい。
値段もお手頃に、ハンバーガーよりは安いです。

お手にとって頂ければ幸いです。
ではすこしだけ、冒頭部分のお試しです――。


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この白草(しらくさ)女学園高等学校には、ひとつの都市伝説が存在している。

それは、美しい一人の女生徒の伝説──。
彼女は、制服の上から白衣を羽織っていて。
彼女は、在学中にしか姿を見ることが出来なくて。
そして、彼女のことを見た者は、卒業するとそのことを忘れてしまうのだという。

皆忘れてしまうなら、何故彼女は伝説になっているのか……ですって?
――もちろん、それこそが都市伝説の都市伝説たる所以じゃない!


プロローグ

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます……」
 ――今日は、入学式。
 下ろし立ての制服は、みな未だ身体に馴染んでいなくて、なんともいえないお仕着せの雰囲気を漂わせている。
「多数のご来賓のご臨席を頂きまして、本年も白草女学園高等学校、入学式をこのように厳粛に挙行できますことは本校にとってこの上ない慶びです……」
 壇上の学園長先生は、なかなか貫禄のある、きちっとしたスーツを着た美しい女性。
 穏やかな表情に厳しい声色、恩威並び行う、というのは、きっとこういう感じ。
 さて、私にとっての問題は……目下学園長の挨拶よりも、この後に待つ教室での出逢いの方にあるといって良かった。
 なにしろ私は、中学では名うての孤独少女であったわけで、高校デビューとは云わないまでも、せめて友人を数人くらいは確保したい……そんな希望を抱いているのだけれど。

「…………はぁ」
 まあ、そんな私の夢も、ものの三十分と経たずに灰燼と帰したわけですが。
 え、それはなんでかって? まあ周囲をご覧頂きたい。
「一緒のクラスになってラッキーだったね」
「ホントだよね! まさかここで逢うとはさすがに予想外だったけど」
「あれ? 割と狙い通りのクラス分けって感じになってる?」
「うん、そうみたい……こんだけ知ってる顔が並んでればね」
 お判り頂けるだろうか……なんとクラスにいるほとんど総ての生徒が、何らかの知り合い同士という恐ろしい『ご近所付き合い設定』がなされているクラスなのだ。
 これは、入って行き辛い空気が醸し出されてるなあ……随分と。
「とほほ……」
 取り敢えず、音楽でも聴いて気分を落ち着けることにしようかな……。
 鞄から、少し年代遅れのCDプレイヤーを取り出すと、イヤフォンを付ける。
 曲を聴きながら、楽しそうに邂逅を味わっている新しいクラスメイトたちを眺める。
 ――うん。別に、それが悪いってことじゃないんだよね。
 
「……ん?」
 ぼんやりと曲を聴いていたら、不意に肩を叩かれた。
 そこには……ちょっと背の低い、見覚えのないショートボブの女の子。
「私?」
 イヤフォンを外すと、微かに音が漏れ出して流れる……それを聞いて、彼女は笑う。
「もしかして、ジャックラット聴いてる?」
「え、うん……良く判ったね。耳良いんだ」
 私はCDを止めると、蓋を開けてディスクを見せる。
「珍しいね、CDプレイヤーなんてさ」
「あ、うん……なんとなくCDで聴くの、好きなんだよね……」
「そうなんだ。あたしもね、CDで聴くの、好きだよ」
 そう云われると、不思議と私も嬉しくなる。
「なんか、冷めた顔してたから、声掛けようかどうしようか……迷ったんだけどね」
「えっ……わたし? そんな顔、してた」
 ああ、やっぱり最初から諦めるような顔をしているから駄目なのだろうか。
 ……友だち、出来ないわけだよね。
「あたし、嶋原(しまはら)みなと……よろしく」
「……私、早乙女朱紗(さおとめあがさ)。よろしくね」
「へっ……なに、名前……」
 うっ……まあ、やっぱり訊き返されるよね……。
「『アガサ』なの。ご、ごめんね……変な名前で」
「あはは、へえ……アガサか。なんか外人みたいで恰好良いじゃない」
 私は、えへへ――と、照れ笑いすることしか出来なかった。
「よろしく、朱紗……これから、仲良くしてね」
 差し伸べられる、手……少し大きめのカーディガンから覗く、可愛い指。
「うん、よろしくね……」
 それが、私と……みなととの出逢いだった。


Ⅰ.ブラックレター・デイ

「――ごめん、アガサ!」
 彼女は、そう云って走り去ってしまった。
 
 ……いや、確かにたったそれだけのことなんだけどさ。
 とは云え、だからこそ……この空疎な、何とも云えない虚しさがたまらなかった。
「ゴメンで済んだら警察は要らないってんだよ、このスットコドッコイがー……って、何の科白だっけ」
 無表情に、勢いもなくそんな棒読みが口から飛び出し……まあ、私は誰も居ない渡り廊下にひとり取り残されてしまったわけなのだけれど。
 
 友情などというものも、恋の前には――しかも、『成就寸前の初恋』などというかくも甘酸っぱい存在の前には、まったく以て無力としか云いようがない。
「……なんだ。私、自分で解ってるんじゃないのよ」
 そういうものだって解っているのなら、別にこんなにご機嫌斜めにならなくてもいいのでは。
「でも、何だか妙に許し難い、と云うか……むむむ」

 ――そうなのだ。
 人間、頭で理解していてもそれを許容したり、理解したり、はたまた納得したりするっていうのは全然別のこと。偉い人とか心理学者だってきっとそう云ってくれている筈。だから私が今ここでモヤモヤした気分を霽らせずにいるのは仕方のないことだ。そうだ、そう決めた。
「そうよっ! ゴメンで済んだら警察は要らないんだからね!! みなとの阿呆ーっ!!」
 周囲に人が居ないのを確かめて、今度はちょっと激し目に、感情を乗っけて高々と罵倒を吐いてみる……うん。ちょっとは気が済んだような気がするな。
「さて、と」
 取り敢えずモヤモヤは吐き出したものの……さて、これからどうしたものか。

 私、朱紗は本日……友だちのみなとと一緒にCDの新譜を見に行く予定、だったんだけど。この間新しく出来た「彼氏」からお誘いのメールが飛んで来た、とのことで急遽予定はドタキャン。独り虚しく私だけガッコに残された……と云うわけ。
「まあ、出逢いの少ない女子校生活だし? そういう意味では温かく見守ってあげたい……と、思わないでもないんだけどなあ」
 だがしかし『みなとの幸せを見守ること』と、『約束をすっぽかされること』は同列に語られるべきことではないと思うわけですよ神さま。うん、これは僻みなんかじゃない……と思うんだけど。その辺の基準はどのあたりにあるのだろうか。
 
 ――それにしても、このまま帰ったのでは芸がない。
 いや、別に日常生活に芸があろうが無かろうが、そんなことはどうでも良い。それは私だってそう思うが――今の私には置き去りにされた悔しさと、これから幸せな数時間を過ごすであろうみなとに対する、ささやかな対抗意識が働いているのだ。
「何か、普段と違うことでもして……って云っても、ここガッコだしな」
 むむっ、初手から敗戦ムードだな、私の対抗意識――だけどここで挫けるのも悔しいし。
「うん。せめて自分で納得出来るくらいには無駄な足掻きをしてみようじゃない」
 そう思って、私は学校の中を散策することにした……。

「……解ってはいたけれど、何も無いところよね」
 普段ゴミ捨てくらいしか来ることのない裏庭――なんて云うと、みんなブロック塀に挟まれた狭細しい空間を想像するかも知れないけれど。こと、うちの学校に限って云うならば、この学園の裏庭は半ば「森」と云っても過言ではない。
 まるで公園か何かのように散歩道やらベンチやらが整備されている上に、結構な面積がある。自転車通学の子とかは、この遥か先の裏門近くに自転車置き場があって、自転車で通学しても遅刻しかねないって愚痴を――あー。まあ、それくらいこの裏庭は広いってことだ。
「うわ……何これ、すごい……」
 そんな広大な裏庭の奥、半ば諦めかけていた私の目の前に、突然見たこともない白亜の建物が出現した。
 別に突然出て来たとか、そういうことではなくて……単に私が初めてここに来たってだけなんだろうけれど。今風とは程遠いその建物の威容に――何かを思い出し掛けていた。
 擬洋風……とでも云うのか、歴史ものの舞台に登場しそうな、そんな白くて洒落た建物だった。云い方が悪いかも知れないけれど、国会議事堂を小っちゃく、人が住める感じにしたような――そんな雰囲気だ。

「ガッコの中にこんな建物があったなんて」
 入り口にはギリシャの神殿のような柱。あれよりも全然細いけど、屋根を支える部分には彫刻も彫られているし……すごく何と云うか、荘厳な感じがする。
「あ……記念館。そうだ」
 入口の屋根に小さく彫られた「白草記念館」の文字――そこまで来て、やっと私はこの建物が何なのかを思い出した。
 うちの学校――白草女学園高等学校って云うんだけど、そもそもの名前の由来はひとりの女性医師のエピソードを由来としている。
 日本に於ける西洋医療の草創期……って、何時なのかとか私は全然知らないんだけど。まあその女医さんは、片白草という草から眼病の為の薬を造り出そうとして、その研究に生涯を賭けたんだとかなんとか。その偉業を讃え、そんな女性を輩出すべく、この学園の名前に白草という名が付けられたのです――って、云ってた。確か学園長か理事長だと思う。朝礼か何かで。
「そうか……じゃあ、その女医さんを記念して造られた建物なのか」
 随分綺麗にしてあるけれど、中には入れるのかな……?

「――ここに、何かご用かしら?」

「わっ!?」
 入口の扉に恐る恐る手を掛けようとしたその瞬間だったから、自分でもどうかと思うような素っ頓狂な声を上げると、私は慌てて後ろを振り向いた。
「あのっ……えっ…………?」
 次の瞬間、眼に飛び込んできた風景を……私は一瞬、正しく理解することが出来なかった。
 ふわりと揺れる純白のシルエット。最初、まるで幽霊のように儚げに見えたそれは白衣で……科学者が研究室で着るそれが、微風にあおられてふわりと靡いていたのだった。
 何故それで幽霊に見えたかって、その原因はこの人の風貌の所為なのだと思う――それがあまりにも、人間(ひと)から懸け離れた存在のように思えてしまったから。
 濡れ羽色っていう表現がある。ひとえに日本人女性の黒髪が美しい時に使われる――その時にしか登場しない名詞。それはきっと、この人の髪の為にあるに違いない……そう思わずにいられない、腰に届こうかという長くて美しい、そしてしなやかで真っ直ぐな黒い髪。もうシャンプーのコマーシャルなんて目じゃないくらいに。
 その奥で、強い眼力(めぢから)を感じさせるのに、ゆったりと優しい光を湛えているやや細めの瞳。そして艶やかに架かる長い睫毛、すっと伸びた鼻筋……なんて見蕩れていると、その下にある柔らかそうだけれど少し薄い、そして心持ち小さめな唇から――うっすらと神秘的な微笑みがこぼれていた。その表情は、まるで西洋絵画に描かれた聖女のような優雅さで。

「……どうかしたのかしら」
 見蕩れて何秒間か経ってしまったのか、扉の前で固まったまま動けなくなってしまった私に、その人はもう一度声を掛けてくれた……のだけれど、その声のあまりの綺麗さの一方で、私の喉はカラカラに渇いて声も出なくなっていて、慌てて唾を飲み込む破目に陥っていた。ぎょっくん、と喉の鳴る音が響くと、さすがの私も恥ずかしさに顔が朱くなってくる。
(って、これじゃ私がただの変態じゃないか……と、取り敢えず落ち着いて、へ、返事!)
 どうしてそんなに自分が取り乱しているのかを今ひとつ自分で理解出来ないまま、私は口を開こうとした……のだけれど。
「わた……わた、私は別に、こここに用事があるわけじゃないんです……っ!!」
 ひえっ、何で私、声が裏返ってるの!? こんなの余計怪しいじゃないのよっ!
「『こここ』……っていうのは、場所を表す言葉としてはちょっと斬新な表現方法ね」
 えっ!? ぎゃー! 私「こ」って三回云った!? もう駄目だわ、恥ずかし過ぎて死ぬ。
「いえ、その……あ、あぁあ……」
 ――時既に遅し。
 相手はやっぱり、おかしそうにクスクスと笑いを堪えているのだった……ううっ。

                   †

「この記念館に誰かが訪ねてくるのは珍しいことなのだけれど――今日は飛び切りだったわね」
「は、はあ……」
 私は結局、彼女の案内で記念館の中へと迎え入れられた。
 室内も外見に違わぬ上品さで、二人が歩く足音を、暗い赤色の絨毯がゆっくりと吸い取って、静謐な空気を壊さないような静かな音へと書き換えてしまう。
 ステンドグラスの嵌め込まれた小窓から、瀟洒な色合いに染まった午後の光がアンティークな室内に降り注いでいるのを見ると、そういうことに無頓着な私ですら、思わず溜息をついてしまうほどの美しい光景が拡がっているのだった。
「綺麗……」
 思わず見蕩れながら、それでも考える……ここは、何の為の建物なんだろう。
「……記念館っていうから、てっきり中は展示物で一杯なのかと思ってたんですけど」
 それは団欒室に見える部屋であったり、応接室のようであったり……とそんな部屋ばかりで、
展示されている資料らしきものは何処にも見当たらなかった。
「ここはね……創立の礎になった女性医師を記念して造られた、特別学習棟なの」
「特別、学習棟……?」
 そこで振り返ったその人を見てようやく気付いたけれど、彼女はどうやら上級生であるようだ。襟章だけ異なっているけれど、白衣の下に私と同じ制服を着ているのが判った。
「学内に於ける成績優秀者は、ここに部屋を持つことを許され……勉強仲間として『ゼミ生』を取ることが許されるの。海外で云うところのソロリティ・ハウスみたいなものかしら」
「そんな制度がこの学校にあったなんて……全然知らなかったです」
 こんな豪華な部屋を使わせてくれるっていうなら、その為に頑張ろうっていう生徒も居るんじゃないだろうか……いや、そもそもそんな制度があることを私も知らなかったんだから、知っている生徒はほとんど居ないってことだよね、それ。
「そうでしょうね。何しろ先生方からの他薦のみで、制度自体は生徒には殆ど知られていないし……何より、ここのところはゼミ室を貸与された人間なんて誰も居ないんですもの」
 ――なるほど、それは知らなくても当たり前だ。
「さ、ここよ……どうぞ入って」
「あ、はい……えっ?」
 その扉の横には、小さく「井内ゼミ」と書かれた銘板がプレート受けに差し込まれていた。

「これって……もしかして」
 まさか目の前に立っている人が――
「ええ……私が」
 そんな特例を受けている張本人だった、なんてことは。
「このゼミの主宰、三年一組の井内紫愛(いうちしあ)よ――ようこそ、井内ゼミナールへ」
 私の驚愕を神妙な表情で余裕に受け止めながら、その人は優雅にそう云って微笑むのだった。


お試しはここまでです。
続きは是非、電子書籍版をお読み頂ければ幸いです。

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