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銀龍亭小夜曲 序章 お試し版

PIXIV fanbox にて、小説「銀龍亭小夜曲」を連載更新しております。
https://www.pixiv.net/fanbox/creator/16594
こちらでも、序章部分を公開致しますので、読んでみたいと思って頂けましたならば、fanboxへの登録をお願い致します。
一応、序章のラストまでなら、このnoteでも100円でお読み頂けます。


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「……綺麗な月、だな」
 黒く、冴え冴えとした夜空の青に浮かぶ、白く満ちたまん丸のお月さま。
 肴にするなら、合わせる酒はなんだろう――火酒? いやいや、ここは糖蜜を蒸留した糖酒なんかも良いんじゃないだろうか。清廉な月の光を肴にするなら、喉を通るは真逆に燃えるような、けれど薄っすらと甘い感じのする、そんな酒気こそが好ましい。
「まあ……今にも野垂れ死にしそうになのに、そんなことを考えても詮ないことではある、けど」
 青年は小さく息をつくと、もう動かない身体に、もう一度だけ力を入れてみようと試みたが、それも無駄な足掻きだと悟った。

 冬の終わり。もう間もなく融け始めた雪の下から新しい芽が顔を覗かせる季節だが、地は未だ、その半ばを雪の下へと隠したままで、遅々とした春の訪れを辛抱強く待ち続けている。
 そんな中、青年はようやく見つけた倒木を枕にして、夜露に濡れた草むらの上へ横たわり――ただただ、望まぬ死の到来を待ち続けることしか出来なかった。

「申しわけ、あり、ません……リーナ、さま……」
 地面の下から忍び寄る冷気に、すっかりと麻痺しきった青年の身体は寒さを感じなくなり、そのままうつらうつらと自らの精神を死の眠りへと誘うと――やがて、わずかな抵抗さえも虚しく、その目蓋を閉じさせたのであった。

 レント・クリーブス、二十二歳。
 それはあまりにも無慈悲な、そして早過ぎる人生の終焉への一幕であった……。

「……これ」
 パチリ、何かが弾ける音がして、青年は意識を取り戻す。
(なんだろう……ああ、これ、かがり火……)
 パチ、パチリ……身体にじわりとした熱を感じて、青年はゆっくりと目を開く。
「目は醒めたか? それともお前は屍か? ならば、このまま腹に収めるまでだが」
 綺麗な声。しかし、云っていることはかなり物騒で、身体はまだ動かないものの、青年は心の中でギョッとする。
「い、いき……い……」
「……お、生きているのか。それは運が良い――いや、そうでもないか」
 美しいけれど、淡々としたその声。合わない焦点に目を凝らしながら、青年はその正体を必死に視界に捉えようと足掻いた。
 しかし、焚かれた揺らめく炎に描き出されるその姿を見て、青年の思考は停止した。

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