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ミッチェルトン・スコット チーム買収騒動を考える

突然巻き起こり、決着を迎えたミッチェルトン・スコットのチーム買収騒動。
一体何が起こったのか、情報をまとめるとともに考察してみました。

(1)経緯

① 6月12日:新タイトルスポンサーを迎えることを発表

ミッチェルトン・スコットから「マヌエラ財団」が2020シーズン再開時よりタイトルスポンサーに就任し、チーム名を「チーム・マヌエラフンダシオン」に変更、ジャージデザインも刷新されることが報じられる。
次年度以降の継続的なスポンサー契約を匂わせるアナウンスにファンは安堵した。

② 6月18日:突然の白紙撤回

6月5日にマヌエラ財団と予備的合意書を交わしたが、その後交渉が進展しないことが判明、スポンサー契約が白紙になったと発表される。現チームオーナーのゲリー・ライアン氏が少なくとも2021年までは支援を継続、男女チームとも現行ジャージでレース再開に臨むことになった。
あわせて、世界的なコロナ禍によるレース中断以降70%カットとなっている選手とスタッフのサラリーも、8月のワールドツアーレース再開後は100%支払われると伝えられた。

③ 7月1日:チームは新体制へ

元バーレーン・マクラーレン ゼネラル・マネージャー(GM)のブレント・コープランド氏がGMに、チームの商業顧問を務めてきたダラー・マッケイド氏がオーナーのライアン氏との直接連絡役を担うチェアマン(会長)に就く新体制に移行することが発表される。
2012年のチーム立ち上げ時からGMを務めてきたシェイン・バナン氏は「新たな挑戦に進む」とチームからの離脱が示唆されている。

本件に関わる公式アナウンスは、この3点のみである。
これだけでは全容が見えないので、海外メディアの情報を補足しつつ何があったのか考察してみたい。

(2)マヌエラ財団とは

今回の騒動はミッチェルトン・スコットとマヌエラ財団の契約に関するものだ。
資金難にあえぐチームを救うために颯爽と現れた新スポンサー、マヌエラ財団―ところがファンのみならず、ジャーナリスト達も彼らが何者なのかよく知らなかったのである。

マヌエラ財団はスペインの実業家フランシスコ・フエルタス夫妻がソーシャルワーカーの支援を目的として2020年10月4日に立ち上げる非営利団体。拠点はスペイン・グラナダで、全ての活動はフエルタス夫妻の資金で賄われる。情報はこれだけで、潤沢な資金とサイクリングへの情熱を持つ人物がロードレース界を支援するのかと思われた。

しかしフエルタス氏が手掛ける事業はスペイン・アンダルシア地方に留まり、支援しているU23のロードチームやMTBチームも「地元のチーム」といった様相。サッカーチームへのスポンサー料が支払えず撤退したことがあるなど、ワールドツアーチームを長期的に支援できる財力があるようには思えない。

イスラエル・スタートアップネイションのシルヴァン・アダムス氏やチームイネオスのジム・ラドクリフ氏に比べると、フエルタス氏の資金力には疑問符が付く。

後に彼らが求めていたのはスポンサーの立場ではなく現時点で19のみ存在するUCIワールドツアーチームのライセンスであり、モビスターに次ぐ第2のスペイン籍のワールドツアーチームだったことが発覚するのだが、チームをどのように存続させていくつもりだったかはわからないままである。

(3)マヌエラ財団の言い分

公式報は少ないが、実はマヌエラ財団側がメディアの取材に応じており、彼らの主張については多くの情報が出回っている。

ミッチェルトン・スコットからの契約撤回が発表された時点のマヌエラ財団の言い分は以下の通り。

・最初からマヌエラ財団はUCIワールドツアーチームを所有するために行動していた。
・元ジロ・デ・イタリア王者でスペイン在住のステファノ・ガルゼッリ氏が橋渡し役となり、資金難に悩むミッチェルトン・スコットのGMバナン氏とアルバロ・クレスピ氏に接触。
・2021シーズンからチームを買収する前提で交渉を進めていたところ、ミッチェルトン側から2020シーズン途中からのタイトルスポンサー契約を持ちかけられたため、応じた。
・バナン氏が所有するチームのマネジメント会社ニュー・グローバル・サイクリングの買収は完了しており、選手やスタッフの契約もマヌエラ財団側が所有している。
・UCIワールドツアーチームライセンスもバナン氏が所有しており、ライアン氏は契約に関係がない。

しかしその後、ライアン氏がライセンスを保有していることが判明する。
マヌエラ財団はライアン氏との直接交渉を試みるが、ライアン氏にもバナン氏にもコンタクトが取れない。最終的にはメールでライセンスの買収を持ち掛けるも実現せず、マヌエラ財団によるミッチェルトン・スコット買収は失敗に終わった。

(4)何があったのかを考察する(※一部想像)

登場人物とその関係を整理してみた。
ミッチェルトン・スコットがライアン氏とバナン氏の会社によって共同運営されていることが重要なポイントである。
ライアン氏の会社グリーンエッジ・サイクリングがライセンスを、バナン氏の会社ニュー・グローバル・サイクリングが選手やスタッフの契約、ロジスティクスなどを担っている。

マヌエラ財団

マヌエラ財団は当初「ライセンスはバナン氏が保有している」とメディアに語っていたので、この構造を理解していなかったのではないかと思われる。

マヌエラ財団サイドの主張によれば、財団は6月5日ニュー・グローバル・サイクリングの買収契約を締結、既に2,000万ユーロ(約24億円)を支払い、その後ライアン氏に1,000万ユーロ(約12億円)でライセンス買収を提案したという。

契約内容を実際に確認したわけではないので、ここからは想像になるが、随分とずさんなディールだな、というのが正直な感想である。自分が関係者だったら…と考えるだけで恐ろしい。トップ同士が顔を合わせていない、というのも驚きだ。

通常、こうした企業買収にあたってはデューデリジェンス(事業、法務、会計等の買収監査)を行い、権利関係も精査する。
特に今回の目的はライセンス買収なので、ライセンスの保有者や譲渡の条件などは真っ先に確認するはずだ。交渉はバナン氏とガルゼッリ氏が進めていたようだが、法律面に明るい実務家は不在だったのだろうか。

自分達のポッドキャストでも契約破棄が報じられた直後に今回の件について考察。13分11秒くらいから話しています。
一緒に活動しているイギータグチが法律のプロなので、色々と教えてもらいました。

また、マヌエラ財団はバナン氏が保有するチームのマネジメント会社の買収は完了していると主張していたが、これも実際どうなのかよくわからない。
マヌエラ財団側はチームバスのラッピングを途中まで変更していたそうで、ミッチェルトンからスポンサー契約撤回が報じられた後、その費用をどうしてくれるのかと言っていた。しかし6月5日に合意したとされるのはあくまでも予備的合意書であり、法的な拘束力を持たないことが多い。余程法的拘束力があると誤解するような内容だったのか、それとも勇み足だったのか。

これは推測だが、レース再開までの契約成立を目指し、詳細は後から詰めるつもりが、オーストラリア籍にこだわりを持つライアン氏に待ったをかけられたのではないだろうか。

マヌエラ財団側の交渉役ガルゼッリ氏にはディール成立時の報酬が設定されていただろうから契約へのモチベーションは高かっただろう。また70%のサラリーカットが続いてたバナン氏がチームの将来を大いに憂いていた可能性もある。
2021シーズンは現行のチーム体制を維持し、バナン氏を含む一部のスタッフは一定期間契約を継続する内容でディールが進んでいたという。大いに利害関係のある当事者達が、齟齬に目をつぶって短時間で契約をまとめようと先走ってしまったのではないか。

映画「栄光のマイヨジョーヌ ALL FOR ONE」で描かれていた通り、ミッチェルトン・スコットは初のオーストラリア籍UCIワールドツアーチームとして発足したチームである。

2012年チーム発足からの5年間に密着したドキュメンタリー。ライアン氏もバナン氏も登場する。

そんなチームをスペイン籍に変更し、アイデンティティであるオージーチームの流れを捨てる。
コロナ禍の影響もあるだろうが、それほどの資金難にチームが直面していたかと思うと、やり切れない。

この騒動の決着として、バナン氏はおそらくチームを去ることになる。オーストラリアサイクリング界の発展に長く貢献してきた人物だっただけに、影響は計り知れない。関係者、特にオーストラリア人選手の気持ちを思うと辛いものがある。

ミッチェルトン・スコットはオージーチームとして存続するが、資金難が去ったわけではない。2022年以降のチーム存続を目指し、新たなスポンサーを探すことになる。
一方、マヌエラ財団はUCIワールドツアーチームオーナーになることを諦めず、CCCチームやアスタナに注目していると報じられている。

(5)参考記事等

スペイン語記事については翻訳機の力を借りました。

オーストラリアのメディアだけあり、これまでのバナン氏の経歴や活躍が詳しく報じられています。