乳がんになった私 #78「手術前日②-アイソトープ注射-」
病院へ到着し、いったん撮影クルーの方々と別れた。
後ほど診察のタイミングで合流し、担当医のS先生を交えて撮影をする予定だ。
今日、まずは真っ先に、“センチネルリンパ節生検”のための注射を打つ。
センチネルリンパ節とは、いくつかある腋の下のリンパ節の中で、乳房内のがん細胞が最初に到達するリンパ節のことを言う。
センチネルリンパ節を手術の際に切除し、手術中に行われる病理検査によって、その場でがん細胞の有無を確認する。
それが、“センチネルリンパ節生検”だ。
センチネルリンパ節にがん細胞が見つかった場合、その先のリンパ節にもがん細胞が広がっている可能性が高いと判断され、“腋窩リンパ節郭清”と言って、腋の下のリンパ節を全て切除しなくてはならない。
逆に、がん細胞が見つからなかった場合は、その先のリンパ節にも転移がないと判断され、腋窩リンパ節郭清をせずに済む。つまり、腋のリンパ節を全て取らずに済むのだ。
私は、乳がんが発覚して右腋リンパ節への転移も確認されていたため、右乳房と同じく、手術前の抗がん剤治療で右腋リンパのがんも消えているかどうか…それを知るための“センチネルリンパ節生検”である。
ちなみに、腋窩リンパ節郭清…リンパ節を全て切除することになると、人によっては、リンパ浮腫と言って腕がぱんぱんにむくんでしまうこともあったり、リンパの巡りが悪いために傷の治りが悪かったり、虫刺されにも気を付けねばならなかったり、皮膚が乾燥しやすかったりと、色々と注意点がある。
その話を聞いた時、ピアノを弾く私は、腕や指がぱんぱんに浮腫むことを不安に思っていた。できれば腋窩リンパ節郭清を免れたい…。腋のがん細胞も消えていてほしいと心から願う。
そして、今から行うのは、明日の手術のために、センチネルリンパ節を特定するための注射だ。
なんと、乳輪に、RI(ラジオアイソトープ)を注射する。微量の放射線だ。
それが腋のリンパ節まで流れて到達し、検出され、センチネルリンパ節の位置が特定出来るというわけだ。
そしてこの注射が…どうやらとても痛いらしい。
“センチネルリンパ節生検”について説明を受け、自分でネットで調べた時に、真っ先に「痛い」と言う言葉が目に入った。
え、みんな、めちゃくちゃ痛がってるー!!!涙
手術はもちろん全身麻酔だが、この注射は麻酔なしでとにかく痛い、と…。
痛みには強い方だと思っているが、やはりこれだけみんなが痛い痛いと言っていると、さすがにビビる。乳輪に注射…!涙
受付を済ませ、母と内田と検査室前の椅子に座って待っていた。
私「この注射めっちゃ痛いらしいよ〜やだなあ。」
すぐに検査技師さんに番号を呼ばれ、小さな部屋に通され、検査着に着替えて待つように言われた。
緊張する…
しばらくすると担当医のS先生がやってきた。
S先生「おはようございます。今日はまずセンチネルリンパ節生検のための注射をします。これがねえ…痛いんだけど、我慢してね。」
ベッドに仰向けの状態で、私は両手の拳をグッと握りしめた。
S先生「じゃあ、注射しますよ。」
あれ…?全然痛くない。
S先生「はい、終わりました。」
私「え、もう終わりました?全然痛くなかったです…!」
S先生「ほんと?みんな痛いって言うんだけどねえ。」
身構えていた分、拍子抜けした。
まあ、普段の腕への注射も、スッと針が刺さって痛くない時と、やたらと痛い時があるから、そんなもんなのかなと思った。
S先生「ところで、今日この後の取材のことで、森さんにいくつか確認しておきたくて。」
昨日の診察の時に画像をどこまで見せるか相談をしたが、それ以外に、妊孕性温存療法のことについてや、パートナーである内田との関係性のことなど、私が取材で何をどこまで話しているのかをS先生に伝えた。
S先生「わかりました、確認できて良かったです。じゃあこの後、お昼を挟んで13時にあそこのエレベーターの前で待ち合わせましょう。他の患者さんがいるから、裏から診察室に入ってもらいます。」
私「あ、裏から入らせてもらえるんですか、ありがたいです…!よろしくお願いします!」
私が病院での取材を受けようか迷っていた理由の一つに、他の患者さんの迷惑になってしまわないかを心配していたので、本当にありがたかった。
そして、S先生がとにかく協力的でいてくださることが嬉しかった。
母と内田と病院の食堂で昼食を取り(チキンカツ定食をペロリ)、13時に待ち合わせ場所へ向かった。
遠くにエレベーター前で待つS先生の姿が見えた。
いつもは診察室で座って待っているS先生が、エレベーターの前に立っている姿はなんだか新鮮だった。
撮影クルーの皆さんも合流し、関係者しか通れない裏口から診察室へ入れてもらった。
居合わせた看護師さんが「普段はこんなとこ入れないからね〜!レアだね!」と笑いかけてくれた。
乳がんだと言われたあの日から、何度も通った、見慣れた診察室での撮影が始まった。
(#79へ続く)
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