ご褒美その2
【 1983(昭和58)年5月 20歳 】
免許を取得した私はミモちゃんに会うため急いで大学へ向かった。大学へ着くと11時45分。午前の授業は12時10分が終了だ。確かミモちゃんは今授業中なので私はロビーで待つことにしたのだが、その途中でミモちゃんの友達に会った。同じ学科の女の子達だ。
「あっ! 玖津木君だ! 久しぶりぃ~。」
「ご無沙汰ぁ。あれ! みんなどうしたの? 授業は?」
「休講だったの。あっそうそう。ミモは玖津木君のアパートに行くって言ってたよ。」
「へっそうなんだ。ありがとう。」
「うん。またね。バイバ~イ。」
そういうことなので急いでアパートに帰り着き、鍵を開けた。
「ただいま。」
と言っても反応がない。
『ミモちゃんがいるはずなのに…。』
と部屋の奥を見ればミモちゃんがいた。ベッドでスヤスヤと眠っている。相変わらずよく寝る娘だと思いそっと近づいた。顔を覗き込む。20cmくらいの距離だ。ミモちゃんの寝息が聞こえてくる。思わず『可愛いな…。』と思いキスをしたら…
「あ…研ちゃん。おはよう。どうしたの…zzz」
贅沢にもキスで目覚めるお姫様っぷりである。
「今帰ったよ。」
「うん。お帰り…。どこに行ってたの…zzz」
「だから。本免だったって。合格したよ!」
「ふ~ん…。おめでとう…zzz。」
「…おーいっ! ミモ! だから合格したって。免許取ったよっ!」
「あ…そうか…昨日話したね…うん…うん…zzz…え…あっ! オメデトーッ! キャーッ! オメデトーッ!」
「おおっ! やっと起きたな。この…。」
「よかったね! よかったね! 頑張ったもんねっ!」
「うん…長かった…。」
「ねえ、免許見せて。」
「うん。ちょっと待ってね…。はい! じゃじゃじゃじゃぁ~んっ!」
「ああ…面白くない。結構まともに写ってるぅ…。」
「何だこら。それが目的か? 貴様のも見せろぉ~っ!」
「キャー! いやいや、ダメーッ! ごめんなさ~い!」
可愛い『眠り姫』ならぬ『寝ぼけ姫』と盛り上がった後、2人はギュッと暫く抱き合って喜んだ。
「ねぇ研ちゃん。お祝いしてあげる。」
「んっ!? 何?」
「お昼ごはん食べに行こ!」
「うん。どこまで?」
「黙って着いて来て。」
実はこの頃、ミモちゃんも原付バイクを持っていた。ミモちゃんは一見大人しそうに見えるが行動派であった。バイクは赤のホンダタクト。同じ原付なのに私のパッソルDXよりも一回り大きく、スピードもグングン出る。当時大人気のバイクだ。私はミモちゃんの後を走った。出雲大社の大鳥居の前を西に進み、ある有名な老舗蕎麦屋の前で止まった。
「ミモ。ここって…。」
「いいじゃない。今日くらい。私がご馳走する。」
「でも。」
「前から一度食べてみたいって言ってたでしょ。」
ミモちゃんがエスコートしてくれたのは、『荒木屋』。創業天明年間、江戸時代から200年以上続く老舗で、出雲そばでは最も古い店だった。間違いなく超有名店で観光客がよく訪れる。当然貧乏学生が来るような店ではなかった。
店に入ればたくさんの観光客がいた。木造で大きな店構えだったが、店内も広くて趣がある。否応なしに『老舗有名店』の雰囲気がそこにあった。店員さんに案内され靴を脱ぎ一番奥の座敷に座った。即座にお茶が運ばれた。早速メニューをガン見する。さすがに学生には安くはない。ミモちゃんと私はお互いの顔を見て、ヒソヒソと…
「い…今なら…まだ帰れるぞ…。」(私)
「うん…でも…お茶…飲んじゃったよ…。」(ミモ)
「うん…しかしそこは…ギリギリセーフじゃないかな…。」
「…いや。いいの…。」
「無理しなくていいじゃない…。」
「いや! いいの! 今日は私がお祝いするのっ!」
ミモちゃんは今一度決心したようだ。それを受けて私もここはミモちゃんの女の意地を見守る決心をした。でもやっぱりそこは学生の身分。メニューの中から質より量を優先した注文をした。『割子そば』2つ。
出雲蕎麦の特徴は先ず色が黒っぽいこと。蕎麦の実の外側も一緒に挽くらしい。更科の逆である。またツユをぶっ掛けるタイプだ。トッピングは色々あるが基本は紅葉おろしに薬味ネギ、そして切海苔。割子と呼ばれる20cm弱の丸い皿(寿司桶のような形)に入っている蕎麦にトッピングを乗せツユを回しかけて混ぜていただく。
「はぁ~っ…。美味しぃ…。」(ミモ&私)
でも残念ながら、あっという間に無くなってしまう。ただ、割子は3段なので気を取り直して2枚目へ。因みに一枚目の残ったツユを2枚目にかけ、そこに新しいツユを足していただくのが作法である。偉そうに書いているが店員さんから教えてもらったのである。まあ、材料を無駄にしない合理的な食べ方である。しかしどうしても学生には量が少ない、が、こればかりは無茶な要求なので大人しく引き下がることにする。ただし、味や雰囲気には大満足。思えば私は大の蕎麦好きなのだがこれがきっかけでそうなったのかも知れない。
「あ~っ美味しかった! ご馳走様でした!」
「うん。研ちゃん! おめでとう…。」
「ねえ。ミモ。」
「うん? なに?」
「せっかくだから久しぶりにお参りに行こ!」
「うん。いいね! 行こう!」
私たちは出雲大社の神様にお礼とお願いをしに行った。ます最初に日本一大きい注連縄(しめなわ)で有名な神楽殿に向かった。何度見ても立派な注連縄である。この注連縄にはねじって横たわる部分と、藁を束ねて水平方向に切り揃えた円錐状の形をした部分が3つある。その円錐状のものは大人がある程度ジャンプすると手に届く高さにあり、そこには10円や5円など硬貨が目一杯差し込まれている。一体誰が始めたのかわからないが、そういうものを見ると何故だか同じことをしたくなるので人間とは不思議なものである。
まず私が10円を右手に持ちジャンプする。高さは十分届いているのだが上手く挟まらない。
「ふんっ!」
2回目で成功。しっかりと藁の中に留まった。次はミモちゃんだ。同じように10円を右手に持ちジャンプ。
「んっしょっ! あん、もう…。んっしょっ! …だめぇ…できない…。」
ふむ。確かに一般女性には少し難しい高さだ。それならこうするしかない。肩車だ。少し体重を気にするミモちゃんの抵抗を無視し、半ば強引に実力行使。
「よっこらしょ! どう?」
「いやぁ! もう…恥ずかしいよぉ…。」
「いいから。いいから。」
「重いって思ってるんでしょ。絶対そうでしょ。」
「思ってなんかないよ。それより早くしたら。」
「わかったわよ。もう。えいっ!」
周りの人が見ていたこともあり、ミモちゃんはついつい勢いをつけすぎて手を突っ込んだ。するとその衝撃で、
『ちゃりりりりりぃぃぃ~ん。』
何と十数枚の硬貨が藁の間から一気に落ちてしまった。ミモちゃんは顔を真っ赤にして、
「きゃーどうしよ~。」
「あはははははははははっ!」
「もう…研ちゃんのせいだからね。」
「あはははっ、わかったわかった。」
私たちは硬貨を拾い集め神楽殿のお賽銭箱に入れた。
「こうしたら許してもらえるでしょ。」
「うん。これなら。それにしても恥ずかしかったぁ…。」
「いくらなんでも強すぎたでしょ。」
「うん。やっちゃった。」
ところで、日本人の不思議な癖というか習慣というか…例えば神社やお寺の水のあるところによく硬貨が投げ入れられている。まあ、お賽銭と同じ意味でそうする人が多いのであろう。それは理解できる。しかし街中の商業施設などにある噴水にもお金を投げ入れる人をしばしば見かける。あれは一体何なんのだろう…? 『水が溜まってたらどこでもいいのかよっ!』と思ってしまう。
そして次は本殿だ。出雲大社は、『二礼四拍手一礼』。お賽銭を入れ礼を2回、4回手を打ちお願いをする。お願いが終わったら礼を1回。もう何度か来ているのになかなか覚えられなかった。だいたい、こういう所作にあまり気を取られているとお願いごとに集中できないと思うのは私だけであろうか?
ところで、何をお願いしたかはお互い『秘密』だった。
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