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ここで星や雨を浴びながら

流れ星宛て交わして惚けたまま部屋を出て、屋上に上がると雨が降ってきた。コップが上から下へ僅かにふるえ、なまぬるい水に一滴の雨が混ざる。ここより暗いところからこの地上を目指して降ってきた一滴ずつを浴びる。しずかに腰掛けてひとりきりで雨を浴びられる場所があることがうれしい。ああ、ひとりでいるならば窓も屋根もいらないのだ。

(半端な田舎に住んでいて、山も田畑も川も虫も鳥も風も野花もぬかるみも雪道も夕焼けも近しかったけれどその中で年若い女がひとりで佇んでいることは異物でしかなかった。このやるせなさがわかるだろうか。きっと、ごく限定的にしか伝わらないだろう。だからこそ、そうしている誰かを穏やかな目で見ることのできなかった自分の小ささをわたしはどの町にいても忘れてはいけない。)

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問いたいこともなく、話すべきこともない。
理解や認識、受け容れるという仕草は言葉のかたちをしていない。
確かめるまでもなく、試す必要もなく、そもそも疑うことすら忘れるような、そんなところに本は転がっていない。
誰もいないここにみんないる。
なにもないここにすべてある。
そんなところにポストはなく、もちろんWiFiも飛んでいない。
言葉がいらないところではわたしもあなたもわからなくなる。
自分と自分じゃないだれかのことの境目を確かめようがなくなる。
言葉が、いらなくなる。

夕陽を見ている視界の隅に入り込む自分の体との距離感がわからない。
薄ら寒い心地になり肩を抱いた腕の内側に鼻を埋める。肌のにおい、衣服のにおい。夜がやってくる。
なあ、わたしなんてものはふるえなくなったら終わりだ。
そこに在ったものと書いて顕れるものが同じではないからこそ、この目を借りているあいだは、書かれたものと出逢うために書きたい。言葉にする必要のないすべての前で、わたしがわたしであるあいだは、誰のためでもなくわたしのために。

書きながら眠って起きたらこの体の乗り心地を取り戻していた。


ここで起きていること。
ここで出逢い言葉を交わし別れてゆくこと。
それら以上に大事なことは、ない。
わたしにとってここはそういうところ。

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