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『観光記』より

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2020年4月生まれの『観光記』の紹介と収録されている言葉を。 (期間限定かもしれません)
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『観光記』について

『観光記』について詩集じゃない本です。 随筆やエッセイから近くて遠いところにある、これは「レポート」です。 2013年から2020年1月に書いたものを詰め込みました。 『観光記』 全55篇収録 104頁 新書判(103×182mm) 4月中旬発売予定 (※noteの記事の中で景色など写真を掲載することがありますが、本文に写真の掲載はありません) これを書いている4月10日現在、私は29歳です。 一週間後この本の発行日を迎え、30歳になります。 20代の内にレポートを提

想像すること

他人に腹を立てているときはだいたい想像力のなさにがっかりしているときのように思う。 「こちらの身にもなってくれよ」 わたしが言う。あなたが言う。あのひとが言う。そのひとが言う。このひとも言わないだけで思っているだろう。そんな想像をする。ニュースの中のひとに。電車で立ち並んだ見知らぬひとに。 「そんなこと想像したことなかった」 その言葉はなんてさびしいのだろう。ひとつの現実を間において、わたしとあなたが別の星にいるかのように聞こえてしまう。返す言葉がわかりあえる共通言語なのかど

未収録三編+アフター観光記

突然のお祝い 『観光記』刊行から2ヶ月が経ちました。 はっと思い立ち、一次選抜会まで残っていた三編を公開します。 「面と点」 「好物放浪記」 「にんげんの好ましいところ(2016初夏)」 です。 「面と点」 いつも真新しいところからはじめられるんだなあと思うとすーっと背筋が伸びてゆく。これからなにをつくろう。なにをつたえよう。どんな風に、ああ、こんな風に。 私はちいさくて、声だって大きくない。腕だって短いし、指は全部足したって20本しかない。 グーグルアースでさ、たっ

「庭に立つ、庭に転がる」より一部

どんな会社や組織も、社会と繋がっているその手が冷えないようにと願っていることを知っている。願い続けて温まりたいのに、健全な願いを持ち続けることの難しさも知っている。どうか、みんな、己が手を温めてからにしてください。 手の冷たさを知っている。それだけで十二分だと思う。何にも属していないことのあてどなさ、それよりも己が手の温かさの先を求めよう。たった一人、手を握ればわかる。わかることでもう一度、ものを作れるから。 花の名前を忘れているときは、花に名前を忘れられているときだという詩

おおきなものに降られながら一滴ずつ濾過する

「どこに降ろうか」と雨のような気持ちで書き出す。 体をなくせる、わたしをなくせる、幾つもの生を得られる、と言うと胡散臭いと思うのは人間の頭。 子へ書いても、木へ書いても、土へ書いても、あなたへ書いても、朝へ書いても、もういないひとへ書いても、紙へ書いても、恋人へ書いても、見知らぬひとへ書いても、雨へ書いても、病を得たひとへ書いても、春へ書いても、友へ書いても、泣くひとへ書いても、うつくしいものへ書いても、眠れないひとへ書いても、見えぬものへ書いても、すべておんなじように幸せ

「ここはひとりでは立ち行かない世界」より一部

あなたがうれしいと私もうれしい。 あなたがかなしいと私もかなしい。 あなたは忘れてしまうけれど私はうれしい。 あなたは捨ててしまうけれど私はかなしい。 適切なよろこび。常識的なかなしみ。不適切な共感。紛い物の感情。 然るべきときに備えておくための愛情なら?然るべき方法で伝えるための言葉なら? あなたは私を良識的なひとだと見なすのだろうか。 向かい合って囲んだテーブルひとつさえ邪魔なのだと言えたことはない。言えるときは、笑ってその逡巡を踏み潰す覚悟ができたときだろう。思い留ま

思い出すのにもってこいの日

電車もバスも高いところからの眺めをくれるので、大きくて硬いものをまじまじと見る。ビルの手触りを想像する。私は、すごく大きくて硬いものがすこし苦手だ。(新幹線乗るのきらいじゃないけれど姿形を見つめているとざわざわする) 大阪駅前にまた大きくて硬いビルが立ち現れていた。この街は人々の思いの圧が強い。期待や愛情が強くて、それを受け止める地盤もある。街はもう人相さえ持ち合わせた、複合的な人間なのだ。部屋を借りて暮らしていることが、なにかから匿われていることにしか感じられなかった5年間

「消える」より一部

それでも生きものなので なにかおおきなものにしがみつきたい夜もあります ここまで書いて これから書こうとしていたことを先に済ませました 靴箱を抱きしめ 玄関扉に頬を擦り寄せ 冷蔵庫を抱きしめ 冷えた窓に頬を擦り寄せ 贈る前の花束を抱き抱えました 抱擁のほんの手前歩幅がうんと小さくなること 腕を広げる仕草がやわらかくなることを眺めながら ここでまだ泣いてしまえないことを抱き寄せました 『観光記』(2020)収録

「言葉がなかったら生きられなかった星」より一部

ひとりでいるとどうして一緒にいたのかがわかる。家族のことも、友だちのことも、恋人のことも、会社のことも、町のことも、国のことも、世界のことも、この星のことも、なんとなくわかる、ううん、わかるような気がする。 もう一度まばたきをすると、あなたやきみのこと、彼や彼女のことを思う自分は今ここでひとりではないということに気づく。ひとりとひとりで一緒にいる。 一緒にいるということがたゆたいながら広がってゆく。 『観光記』(2020)収録

いい

しつらえられた空間ではみんな大きくて立派。そもそもどこにいたってみんな、いい木。悪い木なんていない。たくさんの手が撫ぜてつやつやになった木も、奥で光を浴びてただ立っている木も。みんなひとりで、みんないい木。 (ああその中でもあなたはとても光って見える) 駆け寄り撫ぜた日陰のでこぼこした一本の木を、後から真似るように母子が撫ぜていたのを見た。「ほら、いいこにしてたらね、こはるちゃんはいい子だねえって神さまはわかるからねえ」隣でお参りをしていたこはるちゃんとお母さんだった。どこに