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雑記:優しさと信用をくれた小塚先生のこと

私は小学校6年のときに中学受験に失敗した。
人生で多分初めての大きな挫折で、数日間学校に行かず、ずっと泣き続けた記憶がある。

気持ちが落ち着いて、そろそろ卒業も近いので学校へ行くことも出来るようになったある日、担任だった小塚先生が私を呼び出した。
「あやかちゃん、ちょっと話しましょうか」と。

小塚先生はやさしいお母さんのような先生で、担任になった2年間ずっととても大切に子どもたちを見てくれていた先生だったと思う。
怒られることももちろんあったけど、いつもニコニコして大らかで、今でも記憶に残る大好きな先生だ。

センシティブな学年の生徒をうまくまとめ上げていたのは、そうした生徒からの信頼も厚かったのだと思う。

小塚先生はそれから毎日、私を呼んで一生懸命話を聞いてくれた。
「あやかちゃんはどうしたいの?」「いっぱい頑張ったところを先生は見てたよ」「中学校にいってからもっと楽しいこといっぱいあるよ」など。
繰り返し繰り返し、先生の貴重な時間を使って私の心のケアをしてくれた。

その当時私が住んでいたエリアは正直あまり学力も高くなく
今後進学する公立の学校は荒れていて(驚くけど、長い学ランやロングスカートでスケバン刑事みたいな先輩が本当に沢山いた)両親は学区外の中学へ通わせることも検討していた。

親の言う通りが一番良い。
受験に不合格だった私が見た親の絶望した顔をどうにかできるのは「親のいうことをきくこと」だと思っていたから。

先生は何度も
「あやかちゃんがしたいようにするのが一番いいんだよ」
「先生もお父さん、お母さんに話してあげる」
「大丈夫だから、よく考えて」と何度も何度も繰り返してくれ
泣いて話せなくなるときにもずっとうなずいて「そっかそっか」と聞いてくれた。

私はよくVoicyでも話しているけど、親はずっと親ではなく家でも経営者と暮らしていた感覚で親からの愛情というのは本人たちいわく「お金をこんなにかけたのに」という言葉だった。
それも今大人になれば、そりゃあそうだよね、結構な金額かけてもらったし。とも思うのだけど。

でも正直話を聞いてくれたことってほとんどなくて
怒られないように、親を傷つけないように、ずっとその当時はいたような気がする。

実はこの後高校生になったとき、大好きだった保健室の先生に
「加藤は親の愛情が足りずにここまで頑張ってきたからね」といわれるんだけど、またその話は追って。

私は親の愛情は確かに偏って、今も憎んでいる部分はあるけど
その反面、たくさんの大人たちの愛情を一身に受けて大人になった。
子どもを心から愛してくれる、大切にしてくれる先生との出会いは「大人に愛されること」を今思うと教えてくれたように思う。

今までたくさんの学校の先生とかかわって大人になったけど
大人になった今、大人として子どもたちを思うときにいつも小塚先生のことを思いだす。

優しい気持ちをもって、楽しいことを探して
自由に自分らしく生きていいと教えてくれたのは
12歳の私に心から向き合ってくれた先生に出会えたから。

大人として子どもを大切に、尊重の心をもって接してくれた先生のように
私も人を愛しながら生きていきたいし、その心をきちんと相手につないでいける人でありたい。

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