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大学受験の季節に - みすず学苑の文体について


 大学受験の季節。今年は拡大する新型コロナウイルスの影響もあって受験生の方々の気苦労も察せられますが、同時に新聞各紙にごぞって掲出される予備校の広告も風物詩です。その中で毎年注目してしまうのはやはり、「怒濤の合格力!」の「みすず学苑」。
 電車内になかば笑いのテロのように仕掛けられている奇抜広告でも知られる当学苑ですが、ここ数年の経年変化を見てみると、そのメインビジュアルの「ヤマトタケル」は、メガネサル(2016年)→ヤマトタケピコノミコト(2017年)→ヤマトタケカッパノミコト(2018年)→ヤマトタケル(2019年。いったん基本に戻る笑)→ヤマトタケル・ジュニア(2020年。新時代)というふうに、微妙に世相を取り込みながら虚空に向かってマイナーチェンジを繰り替えしているのがわかります(すべて朝日新聞上の全面広告より)。他方、落ち着いた大人の4人組「チーム未完成」のメンバー、「みつこ」の名前は、スナックみつこ(2014年)→MITSUKO LONDON(2015年)→みっちゃんインポッシブル(2016年)→ミツコッコー(2017年)→げっちゃん(2018年) →ゲッツ(2019年)→みつこじゃない Na Nai(2020年)とメインチェンジしていますから輪廻転生具合はこちらのほうが高いのですが、ヤマトタケル周辺に散らかるダイバーシティすぎなキャラにはあえて突っ込まずに、それらビジュアルをぐるりと囲む「合格体験談」を、日曜の昼下がり、丹念にドリップしたコーヒーでも飲みながら熟読するのがおすすめです。じっくり読むと、みすず学苑の特徴としては、事務の人がコスプレで、満点合格すると景品(ケーキなどの模様)がもらえる「コマンドテスト」があり、ポリス姿のスタッフが見回る「学習道場」もあるなど、すこぶる愉快軽快な状況が伝わってくるのですが、1科目20名前後という少人数・担当制での親身な指導に合格者のみなさん、感謝しておられるようです。が、熟読すると、それ以外にも重要なサインがいくつかあります。
 まずは、合格者全員に共通する文体。具体的にいえば、頻出する「〜のです」+「『い』抜き」文体です。

 「みんな友だちなので、わいわい言いながら盛り上がるのです。また満点ならプレゼントがもらえるし、不合格なら居残りなのです。それで、みんなも盛り上がって、頑張ろうと思うのです」
(東京学芸大学2019年現役合格の都内私立高の女性)

 「僕は英語が嫌いで、とにかくできなかったのです。〔二文省略〕しかし、みすず学苑に通った1年間で、偏差値は67まで伸びたのです」
(千葉大学2017年現役合格の県立高校の男性)

 「授業のない日も、みすずの自習室で課題をこなしました。友だちも、そうしてたのです」
(東京外国語大学2019年現役合格の県立高校の女性)

 「ここで、予習復習や、カレッジタイムの課題をやってたのです」
(早稲田大学2019年浪人合格の私立高校の男性)

……というように。そしてこれは、学苑長の半田晴久氏(または深見東州氏、又の名を戸渡阿見。たちばな出版の代表であり、「ギャグ爆発の宗教家」であり「現代のルネッサンスマン」であり「進撃の阪神」)が新聞上に無造作に連発する広告の文体と同じで、それは半田-深見文体、とでも呼びたくなるほど個性的なものなのです。

「今年は、先着1500人にお弁当とケーキとドンペリが出ます。
お弁当とケーキは、毎日違います。
そして、30万円以上買うと、ガラポンで巨大な千両箱が当たります。
中には、豪華な電気製品が入ってるのです。
これはサンタに招かれ、宮殿に行くトキメキです。
年末大売出しと、クリスマスが合体した、夢のファンタジーなのです」

(「クリスマス絵画コンサート・ジュエリー・時計展示会!!」の朝日新聞上の広告。2018年12月16日。ちなみにこのときのゲストは、藤岡弘、とニコラス・ケイジ。「※ドンペリが、モエ・エ・シャンドンになる事もあります。」と注意書きあり)

……ブレてない、のです。なので、これらの合格体験記は実はすべて同一のライターがいちから書いているのでは?と勘ぐるのですが、「いや、合格した学生から話を聞いたライターがまとめる際、記述の癖がつい出てしまっただけ」という見方も成り立ちそうです。が、実際はそうとも言えない、書き手の人格というか世界観のようなものが抑えきれずにじみ出てしまっています。さらに詳しく、合格体験談を読んでいきましょう。

「「記念受験のつもりで受けてみよう」。銀座の高級ブティックに、ちょっと立ち寄る感じの受験。それが、私の慶応受験だったのです。それが、まさか合格するなんて……。〔中略〕みすず学苑の思い出は、キラキラしてます。特に、英語は合宿に参加した後、別人のように実力がつきました。キラキラ輝く、エリート人間です。〔中略〕家だと、結局集中しないまま、ボヤンと時間が過ぎます」
(慶應義塾大学2017年現役合格の都内私立高校の女性)

(近所の同じ高校の先輩が筑波大に受かったことを受けて)
「「む、む、む、筑波大学! おぬしやるな! なに、同じ高校で! そのうえ、近所に住む!」「それなら…僕にも、やれそうじゃん!」こういう動機で、みすず学苑に入学したのです」
(東北大学2017年浪人合格の都立高校の男性)

「僕は、夏の合宿で英語が飛躍しました。ポニーのような馬に、羽が生えてペガサスになった感じです。〔中略〕今ポニーやリスやウサギの人も、みすずに来れば羽が生え、周囲が驚く伝説の生き物になれます。僕が、そうだったように」
(千葉大学2017年現役合格の県立高校の男性)

「受験メニューをおいしく食べた後、ちゃんと吸収するよう、大腸のビフィズス菌まで育ててくれた感じです。〔中略〕いつもこんな先生の目があるので、大きな刺激や励みになりました。講義が済んだら、講師が消えるミステリーとは違います。〔中略〕ビフィズス菌だけでなく、乳酸菌まで育ててくれた感じです。〔中略〕偏差値も、ドローンのように垂直上昇しました」
(早稲田大学2017年浪人合格の都立高校の男性)

「お陰で、私はシルクのように優しく励まされ、アロマのように心がハイになり、浪人生活は明るく幸せでした」
(慶應義塾大学2017年浪人合格の県立高校の女性)

「たとえるなら、ゾンビの指先に見えた英語長文が、天使のマニキュアに見えるのです。「英語長文さん、いつでもいらっしゃい」の心境です」
(東京工業大学2017年浪人合格の都内私立高校の男性)

 2000年前後に生まれて令和の新時代を生き抜いていく若者とは思えないほど「銀座の高級ブティック」に立ち寄り、そのうえ、「おぬしやるな!」と捨て台詞。やや時代と断層しちゃってるB級的たとえに独特の言語感覚。セレクトショップではなくブティックの並ぶ時代だった銀座でネイルではなくマニキュアをして、いまは毎朝腸内細菌を気にしてドリンクを飲みつつ、日曜昼の「新婚さんいらっしゃい!」(今年で50周年)が毎週楽しみ……なパーソナリティが見え隠れするようです。阪神ファンを感じさせる用例がたくさん載っていた『新明解国語辞典』のように。

 最後に、合格体験談の中央に配置された「学苑長より。」の言葉を少し見てみましょう。

「実は、授業や教材も、100%近く合格する総合指導のために、あえてごはんやパンのように、地味にしてあるのです。つまり、みすず学苑の授業は、本当に成績を伸ばす「理解とプラクティス」がテーマなのです。興味深く、面白く聴かせる講義ではありません。魅力あるおかずやデザートは、合格率であり、偏差値10以上の伸びであり、ワクワクする年間イベントや合格の感動です」

 ごはんやパンを選びし者に災いあれ。救いの門はおかずとデザートに開かれる。「おかず」というワードの総合力におののきつつも、他にもストラテジーが「ストラタジー」になっていたり(2回)、「激良心的な制度があります。」として友人知人の紹介なら入苑金が0円になる「パイレーツ・フレンド・システム!!」があったり、「二次元コードでカンタンにアクセスできます。」とあったりと、急にフレンドリーになってくるパイレーツ・オブ・カリビアンばりの不安感を感じずにはいられないのですが、半田-深見文体の面白さはまだまだ無尽蔵すぎなので今回はこの辺で。
 ちなみに5年前、寄稿いただいた『シルバーアート 老人芸術』ができてお渡しにあがったとき、谷川俊太郎さんに「いま気になっている人はいますか?」と聞くと速攻で「ほら、あの人、深見東州」と答えが返ってきて、さすが日本を代表する詩人だ、と思ったのを覚えています。肝心のその「怒濤の合格力!」(「難関大学進学率」)は近年、93.19%(2016年)→91.07%(2017年)→92.06%(2018年)→93.63%(2019年)と推移しているようですが、今年も怒濤の合格体験談が楽しみです。機会があれば次は深見氏主催の「時計のつかみどり」(HANDA Watch World)や「きびだんご投げ」(ブドウと桃コンサート!!)あたりについて触れたいと思ってるのです。
 あ、みすず学苑のサイトで何かクリックするとプリンが飛び出したりするのでご注意ください!

★これは朝日出版社メルマガ 第45号(2020/02/26発行)に書いたものを一部改稿したものです。DJ KOOからAAAまで、各編集者が好き勝手にコラムを書いている本メルマガへの登録はこちらから!→  https://www.asahipress.com/mailmagazine/

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