父が教えてくれた「本」の話

・まえがき

「おうち時間」が増えて、本を読むことが多くなった。
小説、エッセイ、雑誌、漫画など色々。
たまたま、私の好きな芸能人は文才のある人が多く、彼らの作品にも手を出している。

ある時、自分について考えていると、「言葉を大切に出来て、適切な武器として使える人」を好む傾向があった。
でも、どうしてこんなにも「本」にのめり込んだのかを考えたら、「父」の存在が大きいと思う。

・主題に移るまえに

私の父は10年程前、がんで他界している。
細かい病名に関して言うつもりは無いが、かなり幼い頃から入退院を繰り返していた。

外だけ見たら、可哀想に思う人もいるだろう。

しかし、私はそのように思われることがすごく悔しかったことを、今でも思い出す。

確かに、父との思い出は小学校に上がるくらいまでのことが圧倒的だ。
それでも、父から学んだことは沢山あった。

・私の父について

父は三兄弟の1番上。
大学では経済学を専攻していたらしい。
そして、中学校の社会科教諭を夢見て、教員免許を取得していた。

しかし、父は教師になっていない。

もともと、父方の家は工場であり、そちらの手伝いをすることになったとのこと。

数年だったのち、地方公務員として中途で入社した。

どんなことをしていたかは、あまり分からない。
ただ、仕事から帰ってきた父から、ほんのり煙草の匂いがしていたことを思い出す。

・私が「本」と出会った時のはなし

父の仕事で、唯一覚えている仕事がある。
それは、図書館で勤務していたことだ。どうやら、知らないうちに司書の資格も取っていたらしい。

仕事柄、土日の勤務が多くなっていた。
だから、私たち家族は毎週末になると、父の職場である図書館に遊びに行っていた。

乗り物酔いが激しい私だったが、父に会いに行くために電車に揺られている時間は、なんだか心地が良かったことを覚えている。

図書館に辿り着くと、父はよく来館者の親子達に絵本の読み聞かせをしていた。
その声は、いつもより優しさを纏っていた。

絵本の読み聞かせが終わり、休憩時間になると、私を書庫に連れていってくれた。普段は、許可を得ないと入れない場所であるはずなのに、果たして良かったのだろうかと今になって思う。

そこで、本について教えてもらった、

という訳ではなかった。

父と私は、書庫でかくれんぼをして遊んでいた。それでも、本だらけの空間で過ごすことになった私は、全力で楽しんでいた。

書庫は確かに埃臭さもあったが、おもちゃ箱の中に入れた気分だった。
小説、絵本、学術書など、夢が凝縮されたような場所であった。

傍から見れば、明らかにおかしい「本」との出会い方をしている。

しかし、この体験が無ければ、読書量は減っていたと自認している。

文字や本について分かり始めると、図書館に遊びに行くたびに、絵本や伝記を手に取って読んでいた。
本を読みきれず駄々をこね、なかなか帰らないなんていうこともあったらしい。

仕事から帰ってきた父に聞いたことがある。
「どうして、学校の先生にならないで、図書館で働いているの?」
恐らく5歳くらいのときに投げた質問だった。

父は恐らくこんなことを言っていた。
「本というものは、人々の知識の結晶であって、夢が詰まっている。」
「先生として知識を教えることも出来たと思う。ただ、本そのものの価値を提供する仕事をしたいと思って、図書館にいるんだよ。」

5歳だった私には、もう少し分かりやすく言っていたと思うが、こんな感じのことを言っていたはずだ。

しばらくすると、図書館勤務が終わり、地方公務員としての職務に戻っていた。

母から聞くと、父が図書館にいたのは1年弱だったらしいが、体調を崩さない限り、家族で毎週通っていたという。

電車で大学へ向かっていた時、窓越しに父が務めていた図書館を見ることがある。

なぜなら、そこが、私を作ってくれた場所だから。

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深謝。
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文系大学生/歳相応になれない21歳。 好きなのは青いものと光るもの。ゆっくりと生きています。
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