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なんで「幸せじゃないといけない」みたいな世の中なんですか?

みなさんこんばんは。トータルビューティーデザイナーの原綾子です。

今日もおつかれさまでした。

さて本日より、#standfm 内の「はらあやこボイス」という番組で話していることを文字化してテキストベースでお届けしようと決めました。

いきなりスタートさせます。笑

基本的に、stand.fmは毎日投稿をしていますので、生活の隙間時間に
ながら聴きが望ましい方は音声ベースの方が向いているかなと思います。
↓↓↓↓↓
ちなみに、はらあやこボイス最新投稿Vol.99 はここからどうぞ♫

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さて早速始めます。
この番組は、哲学的な内容がほとんどなので考えることが好きな人が集ってくれる場所になっています。

それぞれの捉え方で聴いていただけたら嬉しいです。


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さて本日は、はらあやこボイスVol.3ということで、
初めてのレター返信をしていこうと思います。

すでにいくつか届いているレターの中で、「これは!」と思う内容があったのでご紹介していきたいと思います!

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《本日題材にするレターは、「なんで幸せじゃないといけないみたいな世の中なんですか?」
ということでこちらが届いております。
もうめちゃくちゃ哲学的な質問ですよね。
このレターの送り主はきっと哲学者なのでしょう。

では早速ね、このいただいたレターに対して、
今日はちょっと哲学的なお話しになってくると思いますけれども

そもそも幸せになることって私はめっちゃくちゃ簡単だと思っているんですね。
今幸せかどうかって、自分で決めているので笑

うん

だからね、そもそも幸せになること自体が簡単だよねっていうことに気づいていると
このね、いただいたレターのこの内容にもね、答えが見えてくるのかなと思います。

私はこの幸せについて哲学している時っていうのは、まず、一本の線を思い浮かべています。
その一本の線の中間地点に自分が立っているようなイメージなんです。

その線の中間地点から
右を見た時には、幸せがあったとする
今度は左を見た時には、不幸せがあると
仮定して物事を捉えているんですね。

だから自分が右を見ているのか、左を見ているのか
その今いる場所からどっちを見ているかで、
すでに心の反応だったり感触っていうのも変わってくる訳なんですよね。

現在地から右を見ればそこに幸せがあるとわかっているので、右を見れば幸せになってくるんですね。で、その逆も然りなんですね。
(当たり前のことを言っています笑)

だから幸せってめちゃくちゃ簡単なんだよねっていうこと。
幸せを得ることは実はEasyだよねということが見えてきます。


例えば、戦後からちょっと前までの時代は「モノをつくる時代」だったので
モノを得ることが幸せだと思われていた時代だったんですよね。

例えば、家にテレビが届いたぞとか冷蔵庫を持っているとか
モノに幸せが直結しているような時代が続きました。

現代はどうかというと、「モノからコト」に移行していって
「コトそのものと自分の関係性」というところが見え隠れしているそういう時代なんですよね。

だからモノを得ることが幸せっていうこれは、もう違う感覚になってきているんですよね。

(もちろん人によるんですが…)

ハイブランドをたくさん持っていることが幸せかどうかと聞かれたら
「いや、私はそこに全然幸せを感じないよ」という人たちもかなり増えているわけですね。

うん

さらに突っ込むと「自分の外側の世界に幸せを求めている」と
これはいつまで経っても幸せを継続していくということがなかなか難しいモノゴトの見方なんですよね。

うん

例えば、誰かが自分のことを評価してくれたとか
さらに私はミスユニバースの日本代表になった経歴もあるのでミスユニバースに例えると

「ミスユニバース日本代表になれた」とか「なれなかった」とか

こういうことで自分の幸せが左右してしまう世界線で生きていくと
なかなかね、幸せを継続することが難しい状態になってくるわけですね。

なので、自分の外側の世界に幸せを求めるというよりは
「自分が一本の線の中間地点に立っていて、そこから幸せの方向を見ているのか、不幸せの方向を見ているのか」
ここの判断基準でジャッジしていくと、幸せってもう今すぐ得られるものなので、これでいいのではないかと私は思っているんですね。


はい、では、いただいたレターに戻るのですが、
「なんで幸せじゃないといけないみたいな世の中なんですか?」
っていうこの質問に関しては、
別に幸せじゃないといけないって誰も決めていない訳ですよね。
このように世の中を解釈しているということなので、全然幸せじゃなくていいわけです。

うん

なので、自分が不幸せの方向を見ていても、それ自体が悪いわけでもない訳ですよね。

なので全然、幸せを得てもいいし、不幸せを得てもいい、
これすら自由なのでだから全然どっちでもいいですよね。

ただ、幸せを得ることって「簡単だよ」っていうこの事実をわかっていれば

どっちでも好きな方を取れる訳です。

"幸せが欲しい"ならば、幸せの方向をみればいいし
"不幸せってなんだっけ?ちょっと感触を思い出したいな"と思うならば、
不幸せの方向に舵を切ればいい訳ですよ

うん

なので幸せを得る、不幸せを得る、これすらも自分で舵取りが可能で
"自由だよね"っていうところに行きつけたら
この「なんで幸せじゃないといけないみたいな世の中なのか?」ということもどうでもよくなる訳です。

ふふふふ

あとね、世の中的な幸せを言われることがたまにあるんですよ。

例えば「結婚」とか。

結婚している人が幸せを掴んでいて、結婚していない人がいつまでも幸せじゃないみたいな
そういう世の中の見方があったとしたら

これはまさに自分の外の世界で物事を見ているし、誰かの視点を気にしながらその世界で生きているという訳ですよね。

別に、結婚をして幸せな人もいれば、不幸せな人もいるし
結婚をしていなくて幸せな人もいれば、不幸せな人もいる訳なので

状況や物事の起きていることって"ほぼ関係ない"んですね。

だからその事象の中で自分がどっちの方向をみているかって、本当にまさにこれですべてが完結してしまうので、そういうことをじっくり哲学していくとまさに、
幸せ縛りではなく、本当に自由な世界がそこに広がっていて

だからこそ自分の解釈も、より複合的にね 視点を増やしていきたいなぁとか、
まさに正解がない世界だよねっていうことも見えてくるので、
これが「哲学の面白さ」なんですよね。

う〜〜〜ん

私自身がこの哲学にのめり込んでいるのも、
まさに自由な世界であるということがわかってきたからです。

ただね、バンっと座ってその場で脳内で思考しているだけでいかようにも「楽しい」とか「辛い」とか「苦しい」とか「驚き」とか
いろんな感情を得られるので、
なんかね、座っているだけでたくさんの感情が手に入ってしまう自分の世界。

これまじでね、すごいなと思うんですね。

今日お題にさせていただいたこのレターは、
まさに私の哲学を深掘りしてくれるすごくいい題材だったので、今日はこれをね、ご紹介させていただきました。

みなさんも「これについて話してもらいたいな」というようなことがあれば
ぜひぜひ質問やコメントやDMなど、お待ちしています。


ということで、本日はね、まさに哲学の話になりましたけれども
こんな感じでですね、私の脳内の話をこれからもしていきたいなと思っておりますので

哲学者の方や哲学好きの皆さん、考えることが好きな方も、
ぜひ楽しみにしていてください!

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。

はらあやこボイス note版でした📖

それではまた

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