見出し画像

最後のコンビニ(短編小説)

私の朝は、4時半から始まる。眠い目をこすりながら布団を出て、週に4日は「ああバイト嫌だなあ」て絶望的な気持ちで服を脱いで、「なんで早朝バイトなんて選んじゃったかなあ」と思いながら歯を磨く。

バイトは5時~8時の3時間。自転車でここから15分ほどのところにある。朝ごはんは食べずに、最低限のメイクを3分で終えて、教科書がぎっしり詰まったカバンを背負って、「電気、戸締りOK」とちゃんと言ってから外に出る。このルーティンがもう2年ほどになる。

昨日は学校の課題を遅くまでやっていたからめちゃくちゃ眠い。たぶん3時間も眠れてない。体が鉛みたいに重い。…ああ、でも今日は品だしをしなくていいんだ。ただレジに3時間たっていればOK。3時間…なんて長いんだろう。考えただけで眠くなる。

私のアルバイト先は、住宅街から少し離れたところにあるコンビニで、オーナーは70歳を過ぎた老夫婦だ。元々やっていた酒屋を辞めて、15年前に今のコンビニになったらしい。

メンバーは、早朝の短時間に私と、朝と昼の時間にパートのおばさんが3人、夕方から夜に大学生のバイトが4人、0時~5時は絶賛募集中だけど応募者がいなくて、今は仕方なく、オーナー夫婦とたまに夜バイトの大学生が入っているそうだ。

人が足りなくて、お店はいつもてんてこまいしている。だけど住宅街の中にある同じチェーンのコンビニのほうが集客も売り上げも上で、それを知っている本部の人はオーナーに向かって好き勝手言ってくるようだ。

「似たような立地でどうして客数がこんなに少ないんですか?」「シーズン物の予約目標が達成できてないじゃないですか」「地域へのアピールが足りないんじゃないですか」

本部の人を一度だけ見かけたことがある。肌つやのいいスポーツマンのようにがっちりした人で、やたらと声が大きい。20代後半の彼は、自分の父親ほど年上のオーナーに向かって、檄を飛ばしていた。しょんぼり肩を落としたオーナーの後ろ姿に、私は「社会は怖いなあ」と甘ったれた感想をもった。

店につくと、店の様子にすこしだけ面食らった。ガランとしていて、壁が白い。いつもなら補充されている品物が、もうほとんどないからだ。このコンビニは、今日閉店する。

今日の11時で終わりにする。そう聞いたのは、1カ月前のことだった。

アルバイトの継続をしたい人は、近所の同じチェーンのコンビニに紹介してくれるとのことだったが、私は断った。それでなくても看護学生は課題が厳しくて、なんとかできそうな早朝にバイトをして少しでも生活費を稼ごうと頑張ってきたけれど、やっぱり朝はつらい。少しバイトを辞めて、学業に専念しようと思っている。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

バックヤードに入ると、オーナーがぼんやりとコーヒーを飲んでいた。いつもなら伝票とにらめっこしているのに、くつろいだ様子だった。

「れみちゃん、2年間ありがとうね」

オーナーの言葉に、「ああ、本当に今日でここなくなっちゃうんだ」と今更ながら思う。
制服を着て、レジに立った。見慣れた景色だったはずなのに、棚に品物がないというだけで、落ち着かない。品物補充しなきゃって思うけど、もう新しく届いている商品はない。

あるのはお菓子とペットボトルのジュースと雑貨品とカップ麺。冷蔵食品は深夜の時点でオーナーがほとんど破棄してしまったらしい。賞味期限を迎えていないものだけが、ポツリポツリと取り残されている。

昨日の朝までは、まだ商品がいつも通りあったから違和感はなかったけれど、空っぽの棚が並ぶ店内になんだかグッとさみしくなった。別にこのバイトや店に思い入れなんて、ないけれど、

ここはもうすぐなくなるんだ。

自動ドアが開いた。いつもやってくるサラリーマンぽい男の人だ。スーツではなく、チノパンにカットソーというラフな姿だけど、だいたい同じ時間帯だから、たぶん通勤途中なんだと思う。いつもペットボトルのお茶と無糖のコーヒーとたまにチョコか飴を買っていくお客さんだった。

彼は、ドアが開くと少し面食らったようにのけぞって、あたりを見回した。戸惑いながらいつもの商品を手に取り、まっすぐにこちらに来た。

「いらっしゃいませー」と声をかけ、商品をスキャンしていく。

「あの、この店なくなるんですか?」おずおずと彼が訊ねた。

始めて彼の声を聞き、こんな声だったんだと驚きつつも、話しかけられたことにこたえる。

「あ、はい。今日の11時に」

「え、今日?」

「はい、今日です」

「それは…」彼は、はあっとため息をついて、「さみしいなあ。この店、ほぼ毎朝きてたから、さみしいよ」

顔を曇らせる彼に、私も思わず答える。

「…はい、そうですね。わたしも寂しいです。」

率直な気持ちだった。朝起きるのが辛くて、眠くて、何度辞めたいなと思ったかわからないけど、この場所は、朝の私の場所だったのだ。

彼はうんうんと頷く。「そうだよね。いままで、ありがとう」

「とんでもないです。こちらこそ、ありがとうございました」

お金をやりとして、品物を渡す。いつもより深めにお辞儀をした。

ガランとした店内を見回すと、急に切なくなる。

思い入れなんてないって思ってたくせに。このコンビはこれまであって当たり前だったのに。このコンビニ存在が、今更ながら愛しい。
あと数時間でこのコンビニはなくなってしまう。私もコンビニ店員じゃなくなる。

ふと目頭が熱くなりそうだったので、私は慌てて目を固くぎゅっとつぶった。まだあと数時間、仕事があるんだ。

おわり








#君のことばに救われた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?