十二等分の星空

ハローハローこんにちわ!

今日は、Twitterで少し話した、占星術におけるサインの話をするよ。

まず、西洋の占星術でサインというと、宮と呼ばれるもの、特に黄道十二宮のことをここでは指すよ。

記号だとかのニュアンスで使われることは無いですよね。

前提として、この「サイン」というやつは「星座」ではありません。
星座と書いてある本があったら、燃やして捨てましょう。
これは大いなる誤解の元凶で、その誤解を助長する害悪です。

さて、「サイン」は「星座」ではないという現実は、地球の歳差運動・・・地球の自転の回転軸がゆっくりグルグルと移動してるという現実と組み合わさって更なる議論を呼んでいます。

昔は「サイン」と「星座」の大体の位置が合致していたかもしれませんが、現代では「サイン」と「星座」の方向が一致していないからですね。

そこで現代では、このサインというやつに関して以下の二つの流派が互いにdisりあっています。

・実際の星座に合わせるべきだよ派(サイデリアル)
・古典的なやり方のままでいいよ派(トロピカル)

僕はトロピカル派ですが、例に漏れず「サイデリアル派は適当な事言いやがって」と思っております。

o0(そもそも、現代の実際の占いは、実際の天体の影響を読むわけではなく、星の位置というランダムな要素を使ってアイディア出しをするだけのものなので、空におけるサインの位置がどうこうとかいう要素を変化させても本質的に意味がない

さて、そんな占星術の基礎パーツの一つなのに設定がグラグラしている「サイン」に関して、今回は掘り下げてみようと思います。

サインに関する基礎の確認

さて、サインの基本設定を確認しておきましょう。

サインの基本設定
・特に占星術で使用される概念
・黄道帯を12等分したもの
・1つのサインは30°
・白羊宮〜双魚宮まで、それぞれ星座に因んだ名前がついている
・白羊宮の始点は春分の日に関係する

んじゃ、このサインというのは一体なんなのでしょうか?
星座と何か関係があるのでしょうか?

というわけで、いつも通り起源に立ち返ることで「サイン」のコンセプトはなんだったのかを確認してみましょう。

調査方針

この辺の考え方をよく聞かれるので、少し詳し目に書いておこうと思います。

占星術に関する調べごとをする場合は、まず占星術の歴史をざっくりと把握しておく必要があります。

BC1800くらい〜
古代バビロニア期

BC500〜くらい
エジプト、ギリシャ、ローマ期
テトラビブロス(AD150)

AD600くらい〜
イスラム期
Introductorium in Astronomiam(AD848)

AD1100くらい〜
中世ヨーロッパ期
Liber Astronomiae(AD1277)

AD1600くらい〜
ルネサンス期
クリスチャン・アストロロジー(1647)

AD1800くらい〜
近代

このくらいのスケール感で捉えて、
各時代の代表的な本を読んだり、その時代に関する研究論文を読んだりして、
その時代での認識を確認しながら回答を探していくイメージです。

僕の場合は、クリスチャンアストロロジーかテトラビブロスかをチェックして、問題の年代を絞り込むパターンが多いです。

今回は占星術の基礎の基礎に関わる部分なので、古い部分にあたりをつけて調べていけば良いでしょう。

テトラビブロスをチェックしよう

さて、というわけで、テトラビブロスではサインに関してどのように記載されているでしょうか?

チャプター12にはこんなことが記載されていますね。

したがって、黄道帯全体の始まりは、春分点から始まる白羊宮であると考えられる。春の湿気は黄道十二宮の最初の始まりを形成し、それはすべての動物の生命の始まりに類似しており、動物の生命はその最初の年齢において主に湿気に満ちている。夏は2番目で、その活力と熱さにおいて、動物の第2の年齢と一致する。また、人生の最盛期が過ぎ、衰えが進む時期は、主に乾燥に富み、秋に相当する。そして、老年期の最後の時期、崩壊に向けて急ぐ時期は、主に寒く冬に相当する。

「白羊宮は春分点から始まる」という定義がされています。

また、チャプター14を参照すると、

夏至後の最初の30度が蟹座のサインを構成し、冬至後の最初の30度が山羊座のサインを構成している。

と記載されており、サインは30°という基本ルールが用いられていることが分かります。

さて、これら2つの記述を参照すれば、テトラビブロスの時代に関して以下の点が考察可能です。

・黄道十二宮の始まりは白羊宮だった
・白羊宮の始点は春分点だった
・サインは30°は既に基本設定だった
・実際の星座との関連性は記載されていない
・黄道を4つの区分に分けて、四季と生命活動を関連づけて考えていた

というわけで、この時点で既にサインは実際の星座とは無関係に春分点から30°刻みで配置されているものだったわけですね。

あと、黄道を4つの区分に分けているところで気づいてほしいのですが、
1つずつ火のサイン、土のサイン、風のサイン、水のサイン、・・・、みたな順番で設定されておらず、
ざっくり4等分して、春のサイン×3、夏のサイン×3、秋のサイン×3、冬のサイン×3、という感じで認識されています。

実際の星座とは無関係だという更なる根拠は、テトラビブロスの構成から得られます。

チャプター1〜3:前提の説明
チャプター4〜8:惑星の説明
チャプター9〜13:恒星・星座の説明
チャプター14〜:サインの説明

チャプター14は先のテキストのある部分ですね。
あのような前提的なテキストが、個別の星座の説明の後に存在している点は大いに考慮すべきでしょう。

また、チャプター25には以下のような一文も記載されています。

しかし、次のような点には注意が必要であり、省略してはならない。
サインの始点、そしてタームの始点は、分点と至点から取ることになっている。
この法則は、この分野の専門家が明確に述べているだけでなく、常に用いられてきたように、彼らの性質、影響、相性は、分点と至点からもたらされる以外にはないということは、先に明らかにした通りである。
また、もし他の始まりを用いるのならば、予言の理論からサインの性質を除外する必要があるか、あるいはサインを運用することによる誤りを避けることができないだろう。なぜなら、その影響力に依存している空間と距離の規則性が、侵され、壊されてしまうからである。

すなわち、
サインの性質とは、それが割り当てられた空間と互いの距離とに起因するものである
ということが明示されていますね。

したがって、テトラビブロスにおいては、
実際の空にある星座とは無関係に、黄道を12等分にぶった切って、
春夏秋冬のどの辺りなのかという点を特に重要視している、
ということはほとんど明確です。

もちろん、プトレイマイオスが熱心なトロピカル派で、サイデリアル派を打倒せんと頑張っていた可能性も無にしもあらずですが。
そんな派閥戦争やってるほど、識者はいなかっただろうという気はします。

更なる疑問

さて、そうすると、テトラビブロスの時代にはサインは割と一般的に使われていたわけですね。
当たり前っちゃ当たり前ですが。

そうなると、
・サインはどこから生まれてきたのか、
・何で無関係な星座の名前がついているのか、
・なんでそんなに数学的なのか
という疑問も生まれてきますね。

というわけで、今度はバビロニア期に関する研究を調べてみることにしましょう。

余談ですが、12という数字が出てくるパターンは一年間の月の満ち欠けの回数=12ヵ月に起因することがほとんどです。
サインも天体に関する概念なので、まぁカレンダー関連案件だろうなというのはざっくりアタリをつけておいてもいいでしょう。

ところで、カレンダーに関するガセビアのせいでちょっと話がこじれるパターンが多いので、
先にその話をしましょう。

余談:カレンダーとカエサルとアウグストゥス

カエサルとアウグストゥスという自己顕示欲ヤバい系の皇帝が自分の名前の月をぶち込んだせいで、オクトーバーはオクト(8番目)なのに10月になってしまった。

という話をよく聞きますが、明らかにガセです。

なぜなら、オクトーバーは明確に8番目の月だからです。

何をよくわからんことを・・・という人も多いかと思いますので、
まずは問題の1人、カエサルの作ったユリウス歴(BC45)を見てみましょう。

1月 Januarius 31日
2月 Februarius 28日
3月 Martius 31日
4月 Aprilis 30日
5月 Maius 31日
6月 Junius 30日
7月 Julius 31日
8月 Augustus 31日
9月 September 30日
10月 October 31日
11月 November 30日
12月 December 31日

なかなか、今のカレンダーと似たような感じに見えますね。

月の名前は時代と皇帝の気分でコロコロと変わっていったそうですが、このころからカエサルの名前とそれを継いだアウグストゥスの名前は入れられていたようです。
なので、自分の名前を月の名前にした、までは本当っぽいです。

んじゃ、6月と7月の元々はどんな名前だったのかな?ということで、
今度は、ユリウス歴よりも昔のヌマ歴(BC713)を調べてみましょう。

1月 Martius 31日
2月 Aprilis 29日
3月 Maius 31日
4月 Junius 29日
5月 Quintilis 31日
6月 Sextilis 29日
7月 September 29日
8月 October 31日
9月 November 29日
10月 December 29日
11月 Januarius 29日
12月 Februarius 28日

セクティリスとセプテンバーだったわけで……
ユリウス歴でいうところの3月から始まって、2月で終わっていますね?

そう、この頃は、春から1年が始まっていたわけです。

なので、春の始まりのマルティウスから数えて8番目の月がオクトーバーな訳です。
これは占星術をやっていると非常にしっくりくる話ですよね?

あと、2月が半端な日数なのも、一番最後の月だから端数調整に使われていたからっぽいのがわかりますね。

ところで、古代ローマは一年任期の執政官を2人ほど年の初めに選んで、その執政官の名前をもらって「ナンチャラさんとカンチャラさんの年」と呼んでいました。
ところが、BC153年、ヒスパニアで起こってる反乱に対処する都合、執政官の交代を2ヶ月早めて早めの対応を試みたわけです。
そのため、その年は旧11月(元1月)から始まることになったわけですが、任期一年縛りの魔力に囚われてしまってなし崩し的に一年の始まりが旧11月(ヤヌアリウス)になってしまったわけです。

カエサルもそれを踏まえて改暦したので、今みたいな形になってるわけですね。

んで、先のトリビアのどこがガセなのかというと、
「7月と8月が挿入されたせいで2ヶ月ずれた」
わけではなく
「政治的な都合で2ヶ月前倒しになった」
のが正しいといいたい訳です。

そもそも、カレンダー、大抵の場合、農耕文化と強く結びついていますから、
春にスタート、春分にスタート、とかの方が自然なんですよね。

バビロニアの粘土板を調べよう

さて、サインの話に帰ってきてバビロニアの粘土板の研究者はなんと言っているのか調べてみましょう。

例えば、粘土板なんかは大英博物館等のデータベースに行くといい資料が見つかることがあります。

例えば、このタブレットのコメントを見ると、

十二のサインと十二の月を同一視している

とされています。

丁寧に、バビロニア期の月の名前と星座、それと現代の星座ではどこに対応するかのリストまで載せています。

1 Nisanu:Hired man:Aries
2 Ajaru: Stars:Pleiades
2 Ajaru: Bull of heaven:Taurus
3 Simanu:True shepherd of Anu:Orion
3 Simanu:Great twins:Gemini
4 Du’uzu:Crab:Cancer
5 Abu:Lion:Leo
6 Ululu:Barley-stalk:Virgo
7 Tashritu:Balance:Libra
8 Arahsamna: Scorpion:Scorpio
9 Kislimu:Pabilsag (god):Sagittarius
10 Tebetu:Goat-fish:Capricorn
11 Shabatu:Giant:Aquarius
12 Adaru:Field:Pegasus
12 Adaru:Tails:Pisces

さて、キュレイターのコメントでは星座とサインが混同されていますが、
十二の月に星座の名前が割り振られているという話がしたいのかなと思います。

さて、この辺りの物証を一つ一つ探している研究者は、まぁ世の中に入るだろうということで、
いくつかの論文を探してみると、多くの研究者の間で以下の合意がとられていることが分かるかと思います。

・サインの概念は暦の概念と共に発展した
・太陽、月、天体の通り道を12等分することは12ヶ月に対応する
・1つのサインが30°であることは、1ヶ月がおよそ30日であることに対応する

つまり、「太陽が白羊宮の1°にある日」といえば「1月の1日」であることと大体同じ意味になる訳ですね。

また、有名なMUL.APIN粘土板というやつには黄道に存在する星座に関する記述があります。
これはMUL.MUL、つまりプレアデスから始まって17〜18個の星座がリストアップされているとされています。

サインの数は12ですが、黄道帯に属する星座は17〜18と数が合わないですね。
12になるように何個かの星座を無視した、
と考えるよりも
12の月に対応するように、いくつかの星座の名前を拝借した
と考える方が妥当に思えます。

研究者によると、バビロニアの粘土板に記載されているサインの呼称には大きく分けて以下の3パターンあるのだそうです。

①月の名前で呼んでいる
②ナンバリングして呼んでいる
③星座の名前で呼んでいる

このような呼称のバラつきと、各命名規則に照らし合わせて考えれば、

黄道を十二の区分にわける為の概念というのが先にあり、
その名称は後付けである、

ということはかなり明確です。

先のテトラビブロスで指摘したように、

実際の空にある星座とは無関係に、黄道を12等分にぶった切って、
春夏秋冬のどの辺りなのかという点を特に重要視している、

という特徴とも合致しますね。

あと、地味に、数の概念、十二の月の概念、星座の概念よりは後発の発明っぽい感じがします。

つまり、
本来サインというのは実際の天の星座とはなんの関係もない、ある種の座標系でしかない訳です。

白羊宮のことをエリアAと、金牛宮はエリアBという感じでも全然問題ない訳です。

それでも何故星座の名前が与えられたのかといえば、
私感ですが、おそらくは季節感と方角のイメージとを共有しやすいものだったからでしょう。

まとめ

サインとは、
・黄道を12等分したもの

以上の意味を持ちません。

実際の星座の名前を拝借している都合、当然星座とサインとの間に名前の一致が見られますが、
名前が同じだけの本質的に無関係の概念です。

サインという概念は、本質的には座標系です。
また、カレンダーと結びついて発展してきているため、対応する季節のイメージと密接に関係しているのは確かです。

なのでぶっちゃけた話、12等分する必要すらありません。

「どの位置にあるか」ということだけが大事なのです。

なので、

Q:2つのサインの境界線上に惑星がある場合は、どっちのサインに属しているとみなされますか!?

という質問を受けることがありますが、

A:12に区切れば境界線上にあるかもしれませんが、その方向にあるということだけ分かればいいです。
深夜の24時は、今日の24時なのか、明日の0時なのかくらいの違いしかありません。
季節的にはどっちも夏です。熱いです。

ということになります。

そもそも、白羊宮に属してると羊っぽい性質が・・・というのはかなり後発の概念です。
まぁ面倒くさいのでその話はまたの機会にしましょう。

サインのコンセプト的には、
星が夏のエリアにいるとめっちゃ活発になるんだろうな
くらいの運用で良いんじゃないでしょうか。

したがって、サイデリアルの主張である、
現代の星座の位置とずれているからそれに合わせるべし!
というやつは、本質的に無意味な訳です。

実際の天の星座と季節感を密接に感じる人はやっても良いんじゃないでしょうか?くらいの変更ですね。
二次元グラフのx軸とy軸の縦横を入れ替えたいって程度の話な訳ですね。

まぁこの辺の分野、現代かぶれが本質を無視して、現代的な要素を無駄にねじ込み続けて出来上がった悲しきクリーチャーみたいなもんなので、
サイデリアルだけ否定しても意味ないんですけどね。

それではまた!

アディオス=アミーゴ!!

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