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フランスから、食関連ニュース 2020.11.18

今週のひとこと

ミシュラン1つ星「カンス」のシェフ・オーナー、アントナン・ボネが「カンス」の並びにオープンした肉屋でいただいたソーセージのパイ包み。ずっしりと中身のつまったソーセージの、味わいとジューシーさを引き出すのに、パイ包みを選択したのだな、と脱帽。

アントナン・ボネの料理を知ったのは、2012年、サンルイ島の目ぬき通りにオープン仕立てのレストラン「セルジャン・ルクルトゥール」にて。人気デザイナーのハイメ・アジョンがインテリアを監修するという宝石箱のような内装で、透き通ったクリスタルのような空間に驚いたものでした。あっという間にミシュランの1つ星に輝いて、世界中からも注目される店に(今は、18年間「ローラン」のシェフを務めたアラン・ペグレ氏が引き継いでいます)。当時のオーナーはセドリック・ノドンでした。ノドンは、パリ3区にある某通りを中心にした界隈の店もすべて手中とし、「Jeune rue/若きストリート」と名付けた。生産者から消費者へというコンセプトで、エスプリを共有したさまざまな店舗が並ぶ商店街を作ろうという構想を打ち立てていたのは、メディアも巻き込んで大きな話題になりました。ボネは右腕としてこの構想をともに進めていましたが、ノドン自身の夢物語は、様々な人々を巻き込みながら空中崩壊に至ります。「自信を持ってすすめられる食材を自ら選んで、それを生産者から消費者へ運ぶ」という思いは、ボネ自身の夢でもあったため、失意の底に。その思いはミッシェル・ブラに90年代に師事し、数年務めた中でも培われたものだったと思います。だからこそ、ノドンと意気投合したはずだった。彼自身がブラについて、「自身の店の周囲ですべての食材を仕入れ、責任を持ってお客に提供することをテーマにし表現した、初めての偉大な料理人」と言っており、彼のエスプリを若い世代として引き継いでいきたいという使命があるのではと感じたことが、心に残っています。ちなみにボネはブラの息子セバスチャンと同世代。そんなこともあったので、途方に暮れていたボネが、4年前にパリ6区に自身の店「カンス」をオープンしたのは、嬉しいニュースでした。

今週のトピックスは今週のひとことに後に記載しています。【A】マラケシュのラグジュアリーホテル「ラ・マモウニア」、ジャン・ジョルジュ・ヴォンゲリスティン氏とピエール・エルメ氏が牽引。【B】新世代を担うショコラティエ、デシュノ氏の新ショップオープン。【C】新コンセプトの陶磁器メーカー、エリゼ宮の次は3つ星アラン・パッサール氏とコラボ。【D】難民自立救援の料理学校2021年設立予定。

さすがブラのエスプリを引き継いだ、ボネの野菜の調理は調味も含め素晴らしい。アスパラガスやズッキーニ、カリフラワー、菊芋、、、ハーブの使い方、季節の旬の野菜、肉魚の組み合わせ方なども、着実で繊細で期待以上でした。ミシュランの1つ星も2年前に獲得しています。その彼が昨年、同じ並びにある老舗の肉屋を買い取って、惣菜も含めた肉屋を始めて、足繁く通っています。ボネの奥様が韓国人で、キムチも「カンス」の料理に取り入れていますが、この肉屋では真空パックにして販売しています。白菜をしっかり株漬けにしたもので、パリでは珍しく丁寧な販売方法のため、常備したい一品に。ジューシーな自家製ソーセージにもキムチ風味を作っています。

この店で、ボネは「生産者から消費者まで」の思いを実現しています。ストレスをかけずに育てたオーガニック肉を生産する生産者のみと取引。このロックダウンでレストランはクローズしなくてはならない状況ですが、惣菜も販売するこの肉屋は、いつ行っても列ができており、繁盛している様子です。ロックダウン中の軽食にもうってつけの、最初に紹介させていただいたパイ包みの中に仕込んでいたのは、ボネと意識を分かち合うオクシタニー地域圏の生産者「メゾン・モンタネ」のソーセージ。季節のサラダ、Mache(マーシュ)がぴったりの惣菜となり、生産者の思いを届ける心のこもった新作でした。

インディペンデントの場合は特に、むやみにではなく、賢く、将来も見据えて二足の草鞋を履くことを厭わない勇気も必要な時代だと感じさせられます。ボネにとっては、失意を経ての、当たり前の展開だったとは思いますが。世界観さえ中心にあり、しっかりと構築されていれば、それを伝える方法は無限にあるのかもしれない。そして「Jeune rue」で一気に注目を浴びるようなプロジェクトを進めなかったからこその、時間をかけて育てていける本物の果実が今彼の手中にあるのだなと。ヴィジョンさえあれば、派手な仕掛けではなく、時間をかけて地道に進めることこそが早道。モグラ叩きをしてしまいがちな、あるいはいずれがモグラ叩きなのかを判断できないこともある自身も反省。鍛錬しなおしています。

それにしてもミッシェル・ブラが、北欧をはじめ、今を馳せる料理人たちに与えた影響は計り知れない。私もいまだに、質問をして彼自身が答えてくれたものの、店にも刻まれた

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