あわやまり

詩人。自分で書いた詩を織り交ぜてエッセイを書きます。新刊「記憶クッキー」(七月堂)こちらから→https://kiokucookie.awayamari.net HP https://awayamari.net

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    • 詩エッセイ

      自作の「詩」を織り交ぜて書いたエッセイ。時には「物語」や「お話」が織り交ぜられることもあります。

    詩エッセイ

    自作の「詩」を織り交ぜて書いたエッセイ。時には「物語」や「お話」が織り交ぜられることもあります。

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    • 8本

    ランドセルに残したパンを入れて帰る

    最近、時代遅れだ、やりすぎだと話題になる学校の校則。 小学校でも中学校でも、理由はあるにしろ、おかしな、あるいは無意味なルールが確かにあった。 わたしが小学生だった頃は「給食を残してはいけない」というのが絶対的ルールだった。食べるのが遅い子や、好き嫌いがある子は、掃除の時間(給食の後が掃除の時間だった)に、教室の後ろに席を寄せた状態の中で、ときには泣きながら食べていたものだ。 あれはほとんど、見せしめみたいだったと、今では思う。 わたしは、体が弱くやせっぽっちだったので、

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    みんなそうだよ、と言われると

    自分が迷っている時、背中を押してくれるような、何か気づきをあたえてくれるような、そんな言葉を求めたりする。そしてあの人はいつも良いアドバイスをくれるから、とか思っていると、その人からは欲しいい言葉はやって来なくて、意外な人が言った一言が心に響く、なんてこともある。 「神様の用意したリュック」それには 言葉がたくさんつまっていて その人に一生のうち必要な 言葉たちが入っている ふとした時に 人生の重要な局面で 神様は誰かに その言葉たちを言わせる そのリュックに もうひと

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    絵本の授業、絵が描けないわたしが何を作るか。

    美術専門学校のとき、映像作品の講評を受け表現方法に迷いが出てきたわたしは(note前の回)、2年生になり「これだ!」という表現方法を出会う。それが「本をつくること」だった。文章を書いて、本にすること。 それは、何年生でも受講出来る授業で「絵本工房」という名前だった。わたしは、絵が描けないにもかかわらず、絵本が好きだったので、ついとってしまった。でもいざ初回の授業前になって、 「どうしよう、絵なんて描けない」 と焦っていた。そう、わたしは美術専門学校に入ったけれど、絵が描けな

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    8ミリフィルムの作品を見て言われたこと。

    何かを作りたい、ということははっきりしていたが、どういう風に作るかを模索していた美術専門学校時代。 毎回各授業、各課題が終わる最後に講評がある。講評とは、自分が作った作品を先生とクラスのみんなの前で見てもらい、自分の意図やコンセプトをプレゼンすること。そして、先生から(あるいはクラスの誰かから)作品に対してコメントやアドバイス、ときには酷評をいただく。美術系の学校ならこれを避けては通れない。講評の度緊張し、みんなの作品のすごさや先生のコメントに、大変落ち込むものだった。

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