バイト先の社員

私はよくバイト先で雑談をする。
もちろん仕事はきちんとしている。
土日に比べると割と暇な平日で、社員も少し暇そうにしているときに、客の目にはつかない裏で雑談をしている。
忙しいときはお互いに察して雑談もすぐに終わってしまうし、仕事で必要な会話しかしない。
それでも、私は社員との雑談を少し楽しみにしている。

社員の中で一人、私が話しやすい人がいる。
どことなく雰囲気が自分と似ている人だ。
聞かれたら答えるけど、基本的に自分からは話さない。
どんなことでも話を聞いた上で、否定はせずに受け入れてくれる。
ぱっと見は真面目そうに見えるのもあり、バイトを始めた当初はどんな人なのかわからずに少し距離を置いていた。
おそらく、半年以上はその社員に対して人見知りをしていたと思う。
そしてその期間、社員も仕事の用事以外で私に話しかけてくることはほとんどなかった。

何がきっかけで話すようになったのかは覚えていない。
いつの間にか、私が一番話す社員がその人になっていた。
他の人たちと話しているときに「社員さんだったらこの人が一番話しやすい」と言うと、ほぼ確実に「え、そうなの？」と言われる。
きっと、人によって感じ方が違う社員なのだろう。
プライベートにはあまり深入りせず、適度な距離を保ってくれるその社員が、私と合っているだけなのだと思う。
見た目が若いその社員は、年齢を知るまで三十代前半くらいだと思っていた。
実際の年齢を聞いて本当に驚いた。四十歳だった。

いろんな話を聞いていて、面白いなと思ったのは社員のこれまでの経歴だった。
まず、このスーパー銭湯の社員をする前は地下鉄で働いていたらしい。地下鉄の駅員をしていたのだそうだ。
この辺りで地下鉄といえば……と考えると、頭のいい人だったのだろうなあ、と感じた。都内の地下鉄だろう。

何でその地下鉄を辞めたのかというと、仕事がしんどかったらしい。
電車が遅延した際にホームにいると、囲まれてしまって戻れなくなる。
何人ものお客さんに一気に詰め寄られて、「私は一人しかいないので順番に話してくださいね」と思いながら客を宥めていたらしい。
遅延証明書を配っていたら、箱を投げつけられたり。
それは確かにしんどい仕事だろうなあ……と。
「公共の場での仕事は大変ですよ。変な人も来ますから。市役所の窓口とかも。だってみんな行きますもん」と。言葉の説得力が段違い。笑

どうして転職先がスーパー銭湯だったかというと、友達に誘われたという面も大きかったらしい。
現在店舗にいる他の社員の一人が、その友達らしい。
友達と言われてみればなるほど、確かに雰囲気が少し似ていてわからなくもないような気はする。
「スーパー銭湯に来る客層はある程度限られているから、地下鉄よりはマシ」という理由で転職を決めたそうだ。
それも、言われてみたら納得する理由で。

そんな社員は、昔はかなり不良に近いような人だったらしい。
金髪に染めてみたり、なんかいろいろとやっていたそうだ。詳しい話はしてくれなかったものの。
「昔の写真を見せたら引かれると思いますよ。もう目つきからして違いますから」と言われ。少し興味はあったものの、あまり話したくもなさそうだったのでそれ以上は触れなかった。
他のパートさんたちからの話も考えると、どうやら地元が池袋のあたりらしい。
あの辺りの地域は治安があまり良くなかったような……と考えれば、そんな感じだったのも少しは納得がいく。
今の雰囲気からは想像できない話に、かなり意外性を感じた。
この話を知っている他のパートさんたちからは「怒らせたら一番怖い社員はこの人だと思う」と言われている。
今は穏和な雰囲気だから、怒っているのは確かに見たことがない。怖そうだ。

そんな社員に、私はちょくちょく人生相談のようなものをしている。
就活のことだとか、家のことだとか。どんな話でも聞いてくれるから何でも話してしまっている節がある。
私の嫌なところには踏み込んでこない社員だから、安心しているということもある。
十五分就活の話をしていたときは、さすがにお互いに「そろそろ仕事しますか……」と解散をしたり。
この間は久しぶりにシフトが重なって、会うのは一ヶ月ぶりくらいかなあ……と思っていたら、社員からも「〇〇さんはなんか久しぶりのような気がします」と言われ。
同じことを思ってたんだなあ、と少し嬉しくなったり。
そもそも何で社員とバイトなのにそんなに会わないことがあるんだ？　とも思ったけど。たまにそんなことがあるバイト先。
社員も私もいつも通りのシフト回数入ってるのに、会わないときは本当に会わない。

個人的には大学のゼミの教授よりも身近な大人だと思っている。教授の方が会う機会が少ないので。
社員と教授に同じ話をしたときの反応の違いでも、やはり社員の方が信頼できる大人だなあと思ったり。
社員が私のことをどう思っているのかはあまりわからないけど、ふと出る言葉の節々からそれなりに信用してくれているらしいことはわかる。
この社員と出会えただけでも、今のバイト先で働いていてよかったなあと思う。