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いつもの夏が、足りない。

場所を決めて。
テントを建てて。
テーブルと椅子を広げて。

まだ朝8時だけど、もう飲んじゃおう。

「乾杯!」

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2016年、春。

新入社員だったわたしたちは、会社の研修施設でひたすら研修を受ける日々。クラスごとに分けられての座学とPC実習がメインで、さながら学校の授業のようだったのを覚えている。

たしか、あれは5月の中旬ぐらい。

クラス内では何度か席替えがあった。このときにわたしの隣になったのは、いままで話したことのなかったとある男子。わたしはずっとその彼と話してみたいと思っていた。LINEのアイコンがわたしの好きなバンドのキャラクターだったからである。

彼はきっと、話が合いそうだ。

その見込みは正解だった。アイコンになっているバンドの話から始まり、好きな曲だの、ライブの話だので休憩中はいろいろ盛り上がった。
その流れから、夏フェスの話になる。

「夏フェスとか、行ってみたいんだよね」

「いいじゃん、行こうよ」

このやりとりから、ずっと続く夏が始まった。

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その直後に前の席の男子も夏フェス参加に興味を示し、さらにもうひとりクラスの男子が加わり、4人で初めての夏フェスに行くことになった。

最後に加わった彼は、研修の試験のため横浜駅に向かう電車の中でたまたま話題に加わったことから参加が決まったのだけ、なぜか鮮明に覚えている。フェスに興味あるけど曲全然わかんない、って言ってたのも覚えている。

チケットがまだ取れそうだったことと、邦ロック好きが2人いたことから、ROCK IN JAPAN FESTIVALに行くことに決定。チケットを取り、会場への行き方を調べる。ネットの情報を頼りに、当日の動きや持ち物を調べて調達する。ほとんどは研修終わりにビールを飲みながら居酒屋で決めていた気がする。ビールは美味い。

そしてやってきた、初めての、4人で行く夏フェス。

1年目の夏は課題だらけだった。

会場入りの時間、テント選び、テントの場所取り、各々の行動把握、はぐれたときの再合流、運転分担、暑さ対策、費用分担...

経験値のない4人にはいろいろと足りなかった。

でも、本当に楽しかった。
大人になったら、社会に出たら、こんな青春みたいなこと、もうないと思ってた。
でも、青春は、そこに、ひたちなかに、あったんだと。

「来年も、行こうぜ」
この一言が出るまでに、さほど時間はかからなかった。

来年はこれを持ってこう。
何時には着くようにしよう。
そのためには前日ここに集合しよう。
当日のうちに考えても、1ヶ月後にはだいたいぜんぶ忘れている。次の準備をするころには去年の反省点などまるで覚えちゃいない。

それでも毎年行っていれば慣れてくるものである。テントとかクーラーボックスとか一通りの持ち込み機材は揃い、チケットの手配もレンタカーの手続きも慣れてきた。邦ロックの曲がわかんないなんて言ってたやつも、いつの間にか積極的に飛び跳ねるライブキッズになっていた。最近はBiSHにハマっているらしい。毎年なにかしらアップデートしながら、4人の夏はやってくる。

ずっと続くと信じていた。

誰かが転勤しても、
誰かが結婚しても、
誰かが会社を辞めても、
誰かに子供が産まれても、
おっさんおばさんになっても、
ずっとずっと、続くと信じていた。

実際1人が名古屋に転勤し、わたしが転職したが、ずっと続いている。いやむしろ増えている。
名古屋転勤をきっかけに、名古屋のフェスにも毎年行くようになったからだ。

4月はじめの金曜に名古屋入りして、土曜日にYON FES、日曜日に花見、が2年目からの定番になった。
鶴舞公園の桜の下でレジャーシートを広げて、みんなで乾杯して飲むお酒はただただ最高でしかない。

年2回のフェスは、4人の恒例行事になっていた。
去年の夏は欲張ってロッキンに3日間参戦した。疲れたけど最高に楽しかった。

5年目の夏も、いつも通りやってくると、信じて疑っていなかった。

しかし。

5月中旬、2020年のROCK IN JAPAN FESTIVALの中止が発表された。皮肉にも、夏フェス毎年参戦を始めた4年前のあのときと、ほとんど同じ時期。

延期予定となっていた2020年のYON FESも、結局6月に中止が発表された。

ぼくたちの夏は、いったん4年で途切れてしまった。

3日間参戦なのをいいことに、最終日以外は朝8時から夜7時までビールを飲み倒した。何度も何度も乾杯した。
PARK STAGE大トリだったフジファブリックのライブを聴きながら、「曲の通り最後の花火だね」なんて言ってた。
去年の夏の出来事も、はるか昔のように感じてしまう。

それぐらい、遠い夏になってしまった。

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2020年6月。
名古屋に行ったやつの結婚式があるはずだった時期だ。もちろんそれも延期になってしまった。

4人で、オンライン飲みをした。
それぞれの家をつないで、それぞれが缶ビールを持って、乾杯。

でも、どこかさみしいし、なんかせつない。
手に持っているのは中ジョッキじゃなくて缶ビールし、目の前にいるのはいつもの3人じゃなくてモニター画面越しの3人だ。

「乾杯!」

オンライン飲み自体は楽しかったし、久々に話すので話題は尽きず盛り上がった。

でもやっぱり足りない。何かが足りない。

あの夏が、いつもの夏が、足りない。

この時期だったら本当は、チケットを取って、レンタカーの時間とか集合時間とか、全部決めてる段階のはずだった。
それが、足りないんだ。

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場所を決めて。
テントを建てて。
テーブルと椅子を広げて。

「乾杯!」

またいつものように、4人で乾杯できることを、心から願っている。

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