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リョコウバト

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はじめにお読みください。
https://note.com/autumn_deer/n/nb34ec3d760a7
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リョコウバト
  
客:
こんばんは
 
店主:
いらっしゃいませ…あ、今日はいらっしゃらないのかと思っていましたよ。
 
客:
ちょっと仕事のトラブルで来れないかと思っていたけどね。腹も減ったし、もうここに顔を出すのは日課のようなもんだから
 
店主:
日課とは、嬉しいですね。今日もおまかせでよろしいですか?
 
客:
もちろん、おまかせで!
 
店主:
お待たせしました。チキンソテーにジャガイモのスープ、サラダと季節のフルーツです
 
客:
いただきまーす!
ここのチキンソテー大好きなんだ。しかも、スープや付け合わせの野菜も、ひとつひとつの素材の味が段違いに美味いんだよなあ!
んーたまらん!柔らかいのにジューシーで、肉のうま味がすごいんだよ!

・・・ふう、うまかった、ごちそうさま。
美味しいものを食べると一日の疲れが癒されるー
 
店主:
お下げしますね、食後はどうされます?コーヒーか、それともなにか飲みますか?
 
客:
そうだなぁ…今日はちょっと仕事もハードで疲れたし。ちょっと飲んで帰ろうかな
 
店主:
どうぞ。自家製リカーです、ストレートがお好みでしたよね?
 
客:
ああ、これはソーダや水で割ったりするのはもったいない。氷ですら余計だよ
 
店主:
しかし、お客さまが毎日顔を出してくださるようになって、もう五年ほど経ちますか
 
客:
そうだね、実は僕は五年前に離婚してさ。
新しい町と新しい仕事で再出発しようとこの町に来たんだ。それまで自炊もしたことなかったから、近所にこの店があって本当に助かったよ。
・・・色々あって頼る身内もいないし、さすがに意気消沈していたけど、ここの飯が美味しすぎて他で食べられなくなって…
おかげでこの五年でちょっと太ってしまったけどね、あはは

店主:
そう言ってくださるのは嬉しい限りですが、お身体に障るほど食べすぎないようにしてくださいね。
 
客:
美味しいものはつい食べすぎちゃうからなぁ。
でも!前に教えてくれたスポーツジムも最近はちゃんと行くようにしているし
 
店主:
頑張ってるみたいですねぇ、ジムってなかなか続かないものですが
 
客:
そうなんだよなぁ、でも体調管理もしてくれる人もいないしさ。自分で頑張らないと
…そういえばマスターも離婚経験者でしたっけ?
 
店主:
はい、ちょうどこの店を立ち上げて二年ほどたった頃だったでしょうか。
妻にもずいぶん無理をさせていたので、ある日出て行ってしまって
 
客:
ああ!そうだったんですか、無神経に聞いてしまって申し訳ない。
 
店主:
いえいえ、いいんですよ。
失踪届は出したのですが、それっきり連絡もなく、行方もわからない。実は今日、七年たって認定死亡を申請していたのが受理されたんです。だから私も今日は一つの区切りというか、ね
 
客:
…そうだったんですか
…じゃ、じゃあマスターも一杯どうですか?お祝い…っていうのも変…か、過去に献杯して区切りをつけて、ってことで。
 
店主:
そうですね、いただきましょう!
 
店主:
では
 
客:
過去に!
 
店主:
ええ、過去に
 
客:
献杯…
 
客:
しかし、このリカーも本当にうまい
 
店主:
ありがとうございます。このリカー、自分では久しぶりに飲みますが…
うん、やはりいい。寝かせて深みと香りが増したようだ。
実はこれ、材料がなかなか手に入りづらくて、もう在庫があまりないんですよ。
 
客:
そうかぁ、こだわりの材料なんですね。さすがだな。
もちろん、マスターの腕も間違いないけど、料理の素材にもかなりこだわっていますもんね。
 
店主:
…お客さま
…リョコウバト、ってご存じですか?
 
客:
リョコウバト…鳩?
あの鳥の、鳩ですか?
まさかそれがこのリカーの材料??
 
店主:
いやいや!鳩の酒なんて聞いたことないでしょう?ははは!
 
客:
ですよね、びっくりしました、あはは
 
店主:
一八〇〇年代にアメリカに生息していた鳩なんですがね、
味があまりに美味くて乱獲されてしまい、一八一四年に動物園で保護していた最後の一羽が絶滅したんです。万が一、リョコウバトがこのリカーの材料だったとしたら、それこそ幻の酒になってしまいますね
 
客:
へぇ、そんな鳥がいたんですね。でも、美味しすぎて絶滅って、どんなに美味しかったんだろう・・・
 
店主:
でしょう?気になりますよね!
私も元々食べることが好きで料理人の道へ入ったので、その話を知って気になって仕方がなかった時期がありまして。鳩はフレンチでも扱いますし。
…こんな話、つまらないですかね?
 
客:
いやいや!聞かせてください!
 
店主:
では、聞きながらもう一杯どうぞ。これは私から。
 
客:
ああ、ありがとうございます。
 
店主:
普通の食用鳩をどう調理してもこれという味にたどりつけず、あれこれと試した結果、自分で食用鳩を飼育し始めてしまったのですよ。
鳩は、日本ではあまり食材として一般的でもないし、入手しづらいというのもあったし。
餌を工夫したり、適度な運動をさせて脂肪と筋肉量とのバランスを考えたり…。
 
客:
ええ、すごい。研究者の域ですね。
 
店主:
そんな鳩学者のような生活に妻も疲れてしまったんじゃないかな。
寝ても覚めても鳩の事ばかりだったし、しかもその鳩を最後は絞めて食べるのですから。
 
客:
確かに、生き物を絞めて食べる、というのは本来当たり前の事だけど、
今の時代の女性はそういう機会もないし。
奥さん、受け入れられなかったんですね。
 
店主:
今となっては申し訳なかったとは思っているんですけどね、さすがに。
 
客:
リョコウバトがマスターの味の探求の原点だったのかぁ。
 
店主:
しかしまぁ、今はもうリョコウバトの味を追い求めるのはやめましたよ。
けれど、その頃の『素材の味を育てる研究』が、今のメニューにも活きているんではないかと思っています。
ひとつ後悔しているとすれば…
私の作った料理をうまそうに食べてくれていた妻に、もう私の料理を食べてもらうことはできないことかなぁ…。
 
客:
…『素材の味を育てる研究』ってどんなことですか?
 
店主:
そうそう。結局、肉の味は餌の質に左右されると思い、その餌の野菜の質に納得がいかなくて、自分で栽培しはじめ、ついにはその野菜を育てる肥料まで自作しましてね。
 
客:
すごい、こだわりというか、執念というか…。
 
店主:
そう!まず、一番大事なのは『肥料』これが大変でした!
これは、この肥料自体が美味いことが重要でそれで育てた野菜、その美味い野菜を食った鶏や豚や牛、それの糞尿でまた、たい肥を作り果樹に与えていくんです。その美味い果樹の葉や実でまた肥料を作り足し、また野菜に与え…繰り返していくと…
 
客:
それって!
どんどん美味さが濃縮されていくループだ!
 
店主:
正解!ご褒美にもう一杯どうぞ。
 
客:
そんな話を聞かされたら、飲むしかないじゃないですか。
 
店主:
はい、どうぞ。
今は小さいながらも、町から離れた場所に畑を借りて、鶏を飼い果樹を植え、その美味濃縮ループをだんだんと形成できてきました。
うちで出している野菜も、鶏や卵も果物もそこで採れたものなんですよ。
さすがに、鳩は一般的なメニューには向かないし、豚や牛の飼育には手が回らないので鶏が限界ですね、ははは

客:
だから、鶏肉のメニューばかりなのか。
じゃあ、このリカーはその果物を使っているんですね?それは…美味いわけだなぁ…
いやちょっと感動しました。聞けば聞くほど、このリカーが一段と美味く感じる。いわば美味濃縮ループ食物連鎖の頂点のエキスってことじゃないですか!
 
店主:
それをわかってくれるのが、嬉しいですね。さぁもう一杯どうですか?
 
客:
いやいや、今日は疲れているから酔いのまわりが…まぁ明日は休みだからもう少しならいいか…
 
店主:
そうですね、うちの畑で採れた果物を使うのですが、果樹に与える肥料で果物の風味が変わってしまうんですよ。そのちょっとした肥料の材料がなかなか手に入らなくてね。ここ数年肥料を与えられず、味が落ちてきた気がしてリカーを仕込んでないんです。
土も、定期的に土壌改良をしていかないとだんだん痩せていってしまうらしいです。土までいじり出して、もう何屋なんだかわからなくなってきますね、ははは。

そんなわけで、このリカーはもうメニューに載せられる量は残ってないので
今日は大判振る舞いですよ。
 
客:
土壌改良…!どこまでも突き進みますねぇ、いや、かっこいいですよ、そのこだわり。
しかし、残念だな、もうしばらく飲めなくなってしまうのか。
…肥料の材料、早く手に入るといいですね。
 
店主:
…来年の果実がなるころには間に合うんじゃないかなぁ。
 
客:
それは楽しみだ…あ…あれ、やっぱりちょっと飲みすぎたかな
……眠くなってきた
…ちょっとだけここで寝てしまいそ…う…
 
店主:
……妻に言われてね、鳩たちを処分したんですよ。
気持ち悪いって。そうしないと出ていくというから。
処分した鳩の残骸を果樹の下に埋めたんです。

そして実った果物を妻に食べさせたら、今年の果物は今までで一番美味しいというので、種明かしをしたんです。あの美味いものを食った鳩が養分になった果物だから美味いのだと。
それを聞いた妻は、食べたものを吐いて、泣いて怒って出ていこうとしたんです。

止めました、
彼女にいて欲しかったので。

気が付いたら『私の作った美味い料理を食べてきた彼女』が足元に倒れていて、ただの肉塊になっていた。

私はいつも仕事でしているように丁寧に血抜きをして、手早く解体して、肉の部位を分割し、冷凍し、内臓や液体や食用にならない部分は果樹の土に埋めた。いつもの作業だ。
冷凍庫に入りきらない肉を焼いて試食した。

その肉は私が人生で食してきたものの中で一番美味かったんです。
美味い肉だった。
貪り食った。

…これは…何の肉だったっけ?

鳩か?
いや鳩は妻が嫌がってもう処分したんだった。

妻にもこの美味い肉を食べさせてやりたい。とてもおいしそうに食べるんですよ。
それを見ているのが好きだった。
なのに妻は出て行ってしまったんですよ。せっかく鳩を処分したというのに。

あなたが私の料理やリカーをとても美味しそうに味わってくれるのをいつも見ていたんですよ。
料理が出来上がっても一番味わって欲しい人はいつもいなくなる。
…鳩も、妻も、あなたも…
でもね、その食材を口にするたびその人の事を強く思い出すことになるんです。
 
客: …すみません…ちょっと、うとうとして…なんの話でし…え、身体が動かな…い?
 
店主: 五年間、私の料理だけを食べ続けてそろそろいい頃合いじゃないかとね、思うんですよ。
…妻もね、そのくらいだった。
 
客: あ……あ……肥料の材料って…
 
店主: …おやすみなさい。そこで眠るといい。
あ、今日のお会計は結構です
 
ーー終ーー



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