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062. 支部活動へ

私は富士山総本部道場にある編集部から、パソコン通信を使った布教活動をする「オウム真理教ネット」に異動することになった。

異動の理由は、編集部での権力闘争に敗れて左遷されたようなものだった。この闘争については、教祖が「TBとTDの戦い」と言って説法で取り上げ、教材にも使われたので出家者ならだれでも知っているかなり不名誉な出来事だ。大まかにいえば、私が成就者として編集部に戻ってしばらくすると、一人の部下が反抗するようになった。言うことをきかせようと、同じ時期に成就したTB正師と結託して戦っているうちに、お互いに嫌悪が増大して、私とTB正師の権力闘争に発展して私が負けたということだった。

成就者といっても煩悩がなくなったわけではないので、なにかのきっかけで嫌悪や愛著などの煩悩に引っかかると、クンダリニー・ヨーガを成就してエネルギーが強くなっているだけに結果は悲惨なものになってしまう。そんなときは法則を学び直し、とらわれている煩悩について思索し、瞑想し、修行して乗り越えていかなくてはならないのだが…。

私が異動になったパソコン通信「オウム真理教ネット」のホストは、世田谷区上町にあるオウム出版営業部が入っていた一軒家の一室にあった。
私はそこでインターネットを通じた入信活動を一人ですることになった。
一九九二年インターネットの黎明期、オウムはいち早くパソコン通信を使って布教活動をはじめていたが、ネットの人口はまだそれほど多くなかったので、閑職にまわされたと思った私のプライドはひどく傷ついた。ただ、編集部で私と権力闘争をして勝利したTB正師が、その後すぐに破戒して下向した(出家をやめた)ことを考えると、上町で一人でこもっていたのは、頭を冷やすにはちょうどよい環境だったのかもしれない。

そして、一か月もすると世田谷道場へ異動するよう指示があった。
クンダリニー・ヨーガの極厳修行を終えたとき、成就者としてワークしたい部署を書いて出すように言われて、私は「道場活動」を希望したのだが、それを聞いた教祖は少し考えて「支部は、まだ早いな…」と却下したことがあった。だから、左遷された私が世田谷道場に配属されたのは意外だった。

信徒時代に通っていた世田谷道場に成就者として配属されるのは、ちょっと誇らしい気持ちがした。そして、成就者として体験談を発表したり、勉強会で信徒さんの前に立って説法をすれば、傷ついていたプライドはすぐによみがえってきた。(ぜんぜん懲りていなかったようだ)

救済の最前線である東京の道場は、多くの信徒や一般の人が出入りして活気があり、富士の閉鎖的な生活とはまったく違っていた。
支部活動の役割ははっきりしていた。お金と人を集めること。集めた人を教化して、修行させることだった。具体的には、「来道させる」「布施を集める」「教学させる」「入信を増やす」「イニシエーションを受けさせる」「出家させる」ことが活動のすべてと言ってもよかった。
支部でワークしている出家者は、布施と入信の結果を出そうと懸命で、それは普通の会社で営業成績を競うことと変わらなかった。

また、編集部で厳密に法則に沿って書くことを教え込まれていた私は、支部ではずいぶん乱暴に法則が説かれているのに驚いた。成就者のなかには、自分の法則を説いているような個性的な人もいてびっくりした。
それでもオウムという強烈なエネルギー磁場のなかでは、「徳を積みましょう」「布施をしましょう」「グルを意識しましょう」「帰依ですよ。帰依」「導きましょう」「カルマですね」「縁がありますね」「解脱するしかない」「救済、救済」などという単純な言葉を繰り返すだけで、人とお金はおもしろいように大きく動いた。

信徒は真理に導きたい友人・知人を成就者である「師」に会わせ、成就者はとにかく入会させ、できるだけ早くイニシエーションを受けさせ、オウムのエネルギーと結びつけようとした。その流れに入りさえすれば、自然に霊的な覚醒が起きることを、成就者はもちろん信徒自身も身をもって経験していた。

私は世田谷道場で、信徒が連れてくるたくさんの人たちの入信案内をするようになり、どういう人がオウムに入って、どういう人が入らないかが、ぼんやりとわかるようになった。
もともと真理を求めている、解脱に興味があるような人は、麻原教祖の本を読んで勝手に入ってきた。そして、人として大地に根を張っていないような感じがする人、世間の枠に入りきれない苦しさを感じているような人はオウムに入ってきた。若い人が多かったが、家庭や仕事を持っていてもそういう人はいる。その人たちに、「修行であなたは変わる」「解脱すればあなたは変わる」という話をして、背中を一押しすると、まるで一陣の風に舞い上げられた木の葉のように、ひゅっとオウムの世界に巻き込まれた。

私は自分とよく似た人を相手に入信案内をしていった。


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