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061. まぼろしの托鉢修行

オウム真理教で托鉢修行をするという計画が持ち上がったことがある。
一軒一軒まわって食べ物やお金の布施を受ける、いわゆる乞食(こつじき)だ。すぐに立ち消えになったのであまり知られていないが、「托鉢鉢」がサマナ全員に配られたので、托鉢の話は知らなくても托鉢鉢を持っていた人は多いだろう。男性用と女性用でデザインが違うステンレス製の鉢は、どちらも底に梵字のオウム字がプレス加工されたしっかりとした造りだった。
製造したのはCSI――コスミック・サイエンス・インスティチュートで、ときに「コミック・サイエンスか?」と思わせたCSIにしてはなかなかの美しい出来栄えだった。同時に托鉢用の青色の袈裟も試作されたのだが、どういうわけか托鉢修行は立ち消えになり、サマナは配られた鉢をどんぶり代わりに使ったり供物を入れるのに使ったりしていた。

托鉢鉢を見ると「なぜ托鉢修行は立ち消えになったのだろう?」と不思議に思うことがあった。今となっては疑問は解けないが、そのような試みがあったことは書き残しておこうと思う。

一九九一年から、成就者だけを集めた「尊師と集う会」が月一回開催されるようになった。師のなかには、成就して一年、二年と経つうちに向上心を失い、率先して買い食いをしたり、性欲の破戒(*)をしたり、支部道場にいて制服を着用しなくなるなど、意識が堕落する者が出てきて、教祖は成就者を再教育するために法則を説き、個々の質問に答え、指導する機会を設けたのだ。

あるとき、「尊師と集う会」から戻ってきた師が、困った様子でつぶやいた。

「大変なことがはじまることになった…」
「なにがはじまるんですか?」
「托鉢修行…」
「たくはつぅ?」
「ふぅ…富士宮まで歩いていくのかなぁ…東京のほうがお布施は集まるよね…」

困惑しながらも、どこへ行って托鉢しようか考えをめぐらしているようだった。

「サマナもやるんですか?」
「いまのところ師だけ、でもそのうち…」
「えー、そんな修行は嫌だなあ…」

その頃、サマナの性欲の破戒が問題になり、富士では男性も女性も容姿にとらわれないように坊主頭にすることが流行っていた。上長も「修行が進むから」と言って剃髪したばかりだった。

「頭をまるめて托鉢するなんて、まるで南伝大蔵経の世界だな…」と私は思った。

教祖は托鉢修行についてこう言っていた。

「オウムの修行者は足腰が弱いので、ブッダの時代にあったような托鉢修行を取り入れようと思う。ブッダの高弟サーリープッタ尊者が托鉢に行けばたくさんのお布施が集まったというからね。托鉢は修行者の徳のバロメーターにもなる。自分の食い扶持くらいは自分で得るようにしようじゃないか。どうだ、きみたち、楽しい修行だと思わないか」

このとき成就者は、師、正悟師、正大師合わせておそらく一〇〇人前後はいたと思う。托鉢用の袈裟と鉢を作らせていたのだから本気でやるつもりだったのだろう。でも、成就者たちが嫌がったので立ち消えになったに違いない…私は長いことそう思っていたのだが、托鉢修行に行ったことがあるという先輩成就者が詳しいことを教えてくれた。

「師の人たちが托鉢をしたことは、確実に一回はあります。何年だったか覚えていませんが、東京本部にいた師に突然指示があって驚きました。それで、初詣でにぎわう神社仏閣に托鉢に行ったんです。
“徳のある師がたくさんの布施を集める”といわれていたのですが、結果をみると、ダントツでたくさんのお布施を集めたのはV師でした。V師は水商売の女性に人気があって、商売帰りの女性からたくさんの布施が集まったんです。次が坊主頭のB師でした。B師は頭をなでられたと言っていました。長髪だったアーナンダ師は最下位でした。
私はけっこう托鉢を楽しんでしまって、宗教的なことをやっているはずなのに意識はどんどん外側に向いて、修行にはなりませんでしたね。V師が一番というのは、お釈迦様の時代のように宗教的な徳で布施が集まるというより、どう贔屓目に見てもスヴァディスターナ・チャクラ(性エネルギーを司るセンター)のエネルギーが強いためという印象でした。
そのとき托鉢修行をした師が、その後高い確率で性欲の破戒をしているので、そのことが立ち消えになった理由なのかもしれませんね。」

ブッダの時代や、スリランカやタイで行っている托鉢修行を今の日本で取り入れても、人々が托鉢僧を見て「カッコイイ男性だ」「カワイイ娘だ」と思って布施をするなら、出家修行者もそんな意識に巻き込まれてしまう。
教祖は実際に弟子に試させて、現代では托鉢は修行にならないと判断したのかもしれない。

(*)出家修行者は戒律を守ることが修行の土台だった。サマナ同士で恋愛関係になった場合、ザンゲして修行をやりなおすか在家に戻るかどちらかだった。特に、性エネルギーを昇華して達成するクンダリニー・ヨーガの成就者の破戒は、長期間の修行に入るか場合によってはステージ降格など厳しい律が課せられた。

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