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058. ワークと仕事

ブッダゆかりの地の調査から帰国すると、麻原教祖は聖地で「頭陀修行」をするために、四十名ほどの弟子を連れて再びギッジャクータ山へと向かった。

七月はじめのインドの気温は四〇度を越え、湿度は日本並みという過酷な暑さだった。「頭陀修行」は、宿泊していたバンガローからギッジャクータ山までの六キロを経行(きんひん)し、山頂で、お香、果物、歌、踊りの供養、合い間に説法を聴いて、夜間から早朝にかけて瞑想修行をするというものだった。私は修行に来ているという意識はまったくなく、取材班として良い写真を撮ることしか頭になかった。

日本では教祖を撮影する機会は支部で説法しているときしかなく、いつもぱっとしない室内写真しか撮れなかった。でも、海外なら教祖も行動的になり、さまざまな表情が撮れる。なにより太陽光の下で異国の風景を背景にして自由にカメラが向けられるのだから、良い写真が撮れるチャンスはたくさんあるはずだと思った。

バンガローに着いて修行がはじまると、すぐに私が思い描いていた修行イメージとは違うことに頭を抱えた。
まず、帽子がいけない。炎天下の経行に必要なのはわかるが、一行がかぶっている白い帽子は被服班が手作りしたもので、比較的大きく作られたつばには張りがなく、汗をかくにつれてどんどん垂れ下がってきて顔が隠れてしまうのだ。その姿はとても写真にならない。そして、初日はどしゃぶりの雨に降られて、濡れて垂れ下がった帽子とTシャツ姿のメンバーは、「聖地での修行」というイメージにはほど遠いものだった。

「写真、どう?」

編集部のスッカー師が写真がうまく撮れているか心配して聞いてきた。

「うーん。現像してみないとなんとも言えませんが…どうもこれというものが…」

経行する姿、ギッジャクータ山に登って山頂で供養する姿、説法を聴く弟子たち、私はいろんな角度から一行の修行をひととおり撮っていたが、それだけではなにか物足りないような気がしていた。

「全体を俯瞰するような絵が一枚ほしいんです。だからギッジャクータ山の隣の山、あそこへ登って山頂で修行している様子を上から撮りたいんです」

私は隣の高い山を指差して言った。
スッカー師はちょっと面食らったようだった。ギッジャクータ山では、いつ説法がはじまるか、いつイニシエーションがはじまるかわからない。だから、ずっと教祖の側にいなければと思うのが普通の弟子なのだが、そのときの私は撮影に没頭していて、教祖も被写体でしかなかった。

「あの隣の山に登って撮ってきます。この状況を一枚で説明できる写真が、どうしても必要だから」

そう言うと、スッカー師は渋々許可を出した。私は重いカメラバッグを肩にかけて隣の山へと続く道を一目散に駆け登って行った。
息を切らしながら三十分も登っただろうか、木々が途切れて少しひらけた場所に出たので、下をのぞいて見ると、案の定そこからギッジャクータ山の様子が手に取るように見えた。

「わぉ…」

大勢の白いTシャツを着たメンバーのなかに、ピンクやオレンジ色のクルタを着ている人たちもちらほら見える。その中心に、白い帽子をかぶって赤紫色のクルタを着た教祖の姿が指先ほどの大きさにはっきりと見えていた。

「やった! これこそ求めていた一枚だ…」

私は眼下に見える教祖と弟子たちの一団を広角レンズで数枚撮った。
「山の周囲は潅木が広がっている緑の原野だったんだなあ…」
ギッジャクータ山では、教祖の一挙手一投足を気にかけていたので、周囲の風景もじっくり見ていなかった。ここからは全体が実によく見えた。私は自分の目のつけどころの鋭さに内心にんまりとしながら、しばらくみんなの様子を見下ろしていた。動く姿は見えても声は聞こえてこなかったので、教祖と弟子たちが何だかとても遠くに感じられた。

そして、急いでギッジャクータ山へ戻ると、しばらくしてスッカー師は教祖にこう言われた。

「これから全員バンガローへ戻るが、取材班だけここに残って夜の瞑想時間まで荷物番をしなさい」

昨日は荷物番を残すことはなかったのだから、修行者意識のない取材班を教祖がわざと山に置き去りにしたのは明らかだった。古参のスッカー師は、すぐに自分たちがグルの意思を外してしまっていたことに気づいて、がっくりと肩を落としていたが、私は絶対に必要だと考えていたイメージどおりの写真が撮れたことに大いに満足していた。

自分の価値観でワーク(奉仕)をしてもエゴは落ちない、グルの意思を考えながらワークをすればエゴから離れる。教祖は弟子がどういう意識でワークをしているのかをよく見ていた。しかし、私は良い写真を撮ろうと努力したことを今も後悔していない。良い写真が撮れたからといって、給料が出るわけでも、ほめられるわけでも、私の名前が写真に載るわけでもない。
でも、純粋な思いで仕事をしていたら、いつかきっと純粋なものへと導かれるのではないだろうか?


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