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サラリーマンをやっていて一番苦しかった時の話

苦しかった時の話をしようか。

メガバンクが次々に合併していくような時期、私は某メガバンクに入行した。当時、日本の金融機関は法人ビジネスは成熟しているものの、リテール分野は全くの未成熟と言われており、純粋に面白そうだったから、私は総合職でリテールを選んだ。

世の中はゼロ金利の真っただ中で、銀行の中でも「これからはデットじゃない!エクイティの時代だ!」なんてことが盛んに言われてた時だった。
銀行窓販投資信託の黎明期。グロソブなどの毎月分配型の外国債券が売れに売れた。そしてお客様が儲かった。仕組債型の投資信託など、「販売特設会場」を設けて案内していたほどだ。

また、あの時こそ配属ガチャと言って良かったと思う。
合併した側とされた側の銀行の支店では、新人教育課程が余りに違ったからだ。合併した側の銀行の支店は預金為替⇒窓口での口座開設+運用⇒住宅ローン⇒融資全般といった形で、整えられており、年次の近い先輩も多い。
合併された側の支店は、まず年の近い先輩はいない。カリキュラムを実行する体制は無く、新人教育は支店の裁量に任されていた。

私は合併された側の銀行の支店に配属され、入行以来融資業務に携わることなく、6年目で異動した支店で、初めて融資業務を担当した。

そこで地獄を見た。

当時、当行ではリテールの地位が余り高くなかった。法人では出世ができない人がドロップアウトする形でリテールの役席やマネジメントになってるケースも多くあった(端からリテール一本でやろうと入行してきた人には大変失礼な話…)。
また、法人の方がリテールよりもベース給料が高かった、ということもある。リテールは何かと下に見られがちだった。
1年目の泊まり込み研修で、同期から「リテールってドブさらいでしょ」と言われたこともある。1年目の小僧がそんなことを言うんだから、要するにそんなようなことを言う先輩上司が周りに多くいた、ということなんだろう。
法人からリテールに配属されることには何の希望も感じられなかっただろう。むしろ屈辱、都落ちのような感覚になるのではないだろうか。優秀な法人部門から、レベルの低いリテール部門へ。
だが実はそういう「優秀な」人達もまた、自分が培ったスキルや人脈が、落下傘で降りてきた先のリテールの環境では中々発揮できず、苦しんでおられたようにも見えた。

リテール支店の構成員は特徴がある。まず店舗を運営する事務方の人数が多い。事務方には契約社員も多く、結婚して早々に退職する為、特に出世を望まない女性行員も多くいる。また、営業の男性であっても、昇進を完全に諦めてしまっている人も少なくない(当たり前だ)。
男性の割合が多く、出世欲もあり、人事にも関心の高い法人支店では、マネジメントが「右!」と言えば全員が右を向く。
リテール支店の運営は法人支店のそれに比べて、構成員の属性が多岐に渡るという点で、遙かに難しく、法人と個人は全く異なる組織と言っても良かった。
リテール支店では支店長が「右!」と言っても「なんで?」とか、すぐに不満を言う。事務が分からないと陰口を叩かれ、店内ルールを頑なに守らされる。そんな今までと勝手が違うことに大きなストレスがあっただろう。捌け口が必要だったと思う。

そんな中で「6年目で初めて融資業務をする」彼らの常識ではありえない無能な私がのこのこやってきたのだ。 抵当権やローンなど、「銀行に入ったんだから、言葉くらい聞いたことあるだろう」「銀行員なんだから当然分かるだろう」と思われることがある。
分からない。全く。触れたことも無い。
入行店の上司からは運用一本で行くんだ!なんてゲキを入れられ、勉強するなら運用の勉強していた。
ゼロからのスタートを何とか挽回したいと思うが、そもそもマニュアルは持って帰れない。
融資はOJTで覚えるのが普通だった。
私は6年目のプレーヤーなので、OJTを受ける選択は無い。
ほどなくして融資総括からこの言葉を言われるようになった。

「6年目にもなってこんな初歩的なことも分からないの?」

私は一つの(おそらくは簡単な)仕事を終わらせるのに、先輩・後輩・事務スタッフさんが呼吸を置いたタイミングで恥を忍んで聞き、調べ、必死でやった。
それ以上に「今まで融資やっていないのは俺の責任ではないのに」と思い悩むことも多かった。なぜそんなことを言われなければならないのだろう?

「6年目にもなって」というのはほぼ毎日言われていたと思う。苦しみながらも頑張っていると、助けてくれる人も増えてくる。助けが無ければどうなっていたことか。
今振り返れば、穴だらけで、あちこちに頭をぶつけながらもようやく1件の処理を終わらせるような状況だったが、なんとか融資業務を回すことができるようになってきた頃。
1人の融資先が亡くなった。

つい最近異動した、仲の良かった後輩の担当先の佐藤様。
後輩は異動だが後任は来ず人員減の為、私が引き継ぐことになった。
本人90歳で息子さんが60歳。既に本人は介護を受けていた為、息子さんが金融機関取引の窓口になっていたが、前任者はその対応に苦慮していたようだった。 その方の親の、90歳の方が亡くなった。債務引受だ・・・

融資先が亡くなると、債務は相続人全員のものになる。債権者である銀行としてはそのままにしてはおけないので、債務者を相続人代表者1人に定めて、他の人は免責し、融資取引を続けてもらう。それが免責的債務引受。 佐藤様は3人兄弟で兄弟仲は疎遠なようだった。

当時は債務引受に詳しい人が支店はおろか本部にも少なかった。
というのは債務引受はただの事務で、ミスらずにやって0点。ミスがあれば減点。支店の業績評価に響くことから「自分はやらないで後任に任せる方が正解」なことだったから。
ローンの債務引受、担保の債務引受、保証の債務引受、契約書の書き方、現物を送付する手続き、一か所を見て分かる手続きにはなっておらず、一つの手続きだけを見ていると必ず漏れることがある。特にローンはリテール特有の手続きで、整備も後回しだった。
手続きが整備されたのはずっと後のことだ。

そんな状況の中で、融資総括も課長も当然分からない中で、交渉に行け、連絡を取れ、と言われた。帯同を依頼したが、「とりあえずお前で行ってこい」とのこと。行っては報告、話しては報告。
遺言があった為作成された弁護士にも話を聞きに行き、相続手続き中の約定返済が滞らないよう、フォローもした。

ある時、融資総括から「これいつ終わるんだ!」とお叱りを受けた。
2か月ごとに期日管理をしなければならない、その2か月の延長を申請した時のことだ。
後ろでは支店長が聞いていた。随時報告しているので今どうなっているのかは共有しているし、すぐ終わらないことは明白だったのに。
「今すぐ電話して確認して、履歴に入れろ!」と命じられ、私は電話をかけた。コール音16回。留守電になるのかと思いきや、ならなかったので切った。
今度は課長から「つながるまでかけろ!」との指示。私は何度か電話を試みるも、その日佐藤様とは繋がらなかった。

翌日、「電話出られなくてごめんね!」と佐藤様から電話があり、状況を聞き、期日管理を回した。
融資総括はもう興味が無いと言わんばかりの反応だった。
それから2か月くらい経った頃だと思う。
債務引受には他の相続人の署名捺印も必要である為、
佐藤様にその日程を調整してもらっていた。

その日。
外訪中に課長から電話があった。「佐藤様がご来店されてる。だいぶお怒りだ!早く帰って来い!」
お客様と面談中だったが、お詫びの上退出。「どうしたんだろう?何か怒るようなことがあったか?」考えながら支店に戻ると、課長が飛んできた。
応接に連れられると、佐藤様が腕組みして座っていた。
開口一番「おいお前!」最初、自分のことを指して言われたのだと気づかなかった。
「おい○○!」今度は名前を呼ばれた。
「お前は16回も電話を鳴らしやがって!常識の無い奴だ!そんな常識の無い奴がいる銀行と取引したくない!全部▲▲信金に借り換えする!」と言われた。
私の認識とだいぶ違う。
2か月も前の話を?ごめんと仰っていたのに?その後何度も会ってたのに?なぜ…?
絶句していると、課長が「申し訳ありません」と言った。
佐藤様「こいつが電話してきた時、弁護士と兄弟のところに話しに行くところだったんだよ!そんな時にバカみたいに電話してきやがって!何回も鳴らしやがってこのバカが!」
その後のやり取りで覚えているのは、課長が完全に佐藤様側について「いやーそんな電話するなんてね!常識が無いですね!しっかり教えますので。申し訳ありませんね!完済の件も承ります!」みたいに言ってたと思う。
ローンが2億円。借り換えされる。リーマンショック後の郊外店の2億円。
完済されるとその分業績評価がマイナスになる。個人も支店も。だから普通は防衛しなくてはいけない。こちらに非があって怒鳴りこまれて来たお客様に、借り換えを翻意させるのは無理だというのは、防衛しない理由としては十分だった。
完済されるのは私が常識なくバカみたいに電話してお客様を怒らせたせい。
そういうことで片づけられた。
佐藤様の帰り際、誰か金融機関っぽい人が迎えに来てた。 その人は完済日に完済の確認に来た。 ▲▲信金の課長さんだった。

嘘じゃん。怒鳴り込んで断り辛くしたんじゃん。
嘘じゃん。課長も指示してたじゃん。
見抜けなかったから俺のせい。
力が無かったから俺のせい。
俺のせいで俺が地獄を見た話 (ノ∀`)アチャー

長々とお読みいただき、ありがとうございました。

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