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給料をピンハネされた話・其の①

おっおっおっ( ੭ ˙ᗜ˙ )੭
おつおつおつ( ੭ ˙ᗜ˙ )੭

乙かれしゃまー、あっさじーんだお( ੭ ˙ᗜ˙ )੭

というわけで、お久しぶりです。

季節の変わり目になると、心身ともに変調をきたす方も多いですが、皆様はお変わりなくお過ごしでしょうか。

私はと言いますと、まあ上記の挨拶を見て頂ければわかる通り、少々心の方をやられてしまっております。

もう博打に注ぎ込む金がないお・・・。

え? それは季節の変わり目とか関係ないだろって?

はい、ではさっそく本題に入りたいと思います。

今回のお話は、私が某新聞屋に住み込みで働いていた時のエピソードになります。

いや、もうここがね、まともじゃない環境で働くことも多かった私の目から見ても、ぶっちぎりでブラックな職場でしてね(^ω^)

では、さっそく参ります。


1.夢の求人票


8年前のある日、私は突然会社をクビになった。

当時就労していたのはそこその名の知れた警備会社だったのだが、近年は経営が覚束なくなり、ついには大幅に人員を整理しなければならなくなったのである。

上層部でどのような話し合いがあったかは定かではないが、とにかくその「整理される人間」の中に私も含まれていたわけだ。

まあ、それは仕方ないといえば仕方ないのだが、一つ問題があった。

ーー金がねえよ・・・

会社から通達を受けた帰り路、私は頭を抱えた。
はっきり言って、貯金がない。ゼロである。

まあ、それはいい(?)として、困ったのは解雇通知が月末だったことである。

もう来月からは来なくていいよというわけだが、それはつまり来月の給与が入ってこないことを意味する(その会社は給与が当月払いだった)。

では、来月必ずいるお金は、どうしたら良いのか。

必ずいる金と聞いて思い浮かぶものは人それぞれだろうが、私の頭に真っ先に浮かんだのは「家賃」の二文字だった。

大家にどうしても払えないので待ってくださいと頼むか?
だが、それでなくとも家賃を滞納しがちな私の懇願など、聞き入れてくれるだろうか。

最悪は、即アパートから出て行けという最後通牒を突きつけられてしまうのではないか。

そう思うと、居ても立ってもいられない。
私は翌日からハローワークに通い、血眼になって求人を探した。

ーーどこかに当月払いの求人はないか

だが、なかなか見つからない。
たまに発見できたかと思えば、タッチの差ですでに採用者が決まっていたり、面接までこぎつければ当日に不採用通知が来たり。

そんな按配で、二週間ほどが無為に経過する。

さすがにまずいと思った私は、これまでと方針を変えて、まったく経験したことのない分野にも職探しの幅を広げてみることにした。

とりあえず求人検索機の「配達・配送業」のチェックボックスに印を入れて、更新する。

すると、モニターに一つの求人票が現れた。

ーー月収30万保証。ワンルームマンション完備。月残業時間1時間程度。給与の前借り応相談

私は食い入るように画面を見つめる。

そこに映し出されていた条件は、これまで私がメインで調べていた警備業とは比較にならないほど高待遇であった。

特に給与の前借りができるという点。
今の私が喉から手が出るほど、欲している条件だ。

ーー新聞専売所スタッフ? いったいどんな仕事だ?

私の脳裏に、街中でたまに見かけるカブに乗った新聞配達員の姿が浮かぶ。

正直、詳しいことはまったくわからなかったが、なんとなく自分にもできそうな仕事に思えた。

ーーよし。これにするか!

求人票をプリントアウトする頃には、私の胸は決まっていた。

もし面接がうまくいったら、アパートを引き払ってこの新聞専売所とやらで住み込みで働く。とりあえずこの計画でいこう。

私は求人票のコピーを持って、求職相談窓口へいそいそと向かった。

この時点で、おいしい話がそう転がっているわけがないと疑問ぐらいは持つべきだったのだが、いかんせん、私の頭はようやく今の状況から抜け出せるという安堵感でいっぱいだったのである。


2.音速面接


ーーなにかイメージと違うな

それが、件の新聞専売所を初めて見た私の感想だった。

求人票には、「活気のある賑やかな職場」と記されていたのだが、実際に目の当たりにしたその店は、むしろ真逆の印象であったのだ。

年季の入った、くたびれたビル。外壁の塗装はところどころ剥げ、植物のツタのようなものが絡み付いている。

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なにより建物を取り巻く空気だ。
なんといえばいいのだろう、こう建物自体が暗いオーラを放っているというか。

そこはかとなく嫌な予感を覚えたものの、私はとりあえず敷地内に足を踏み入れた。

店の前は空き地になっており、そこそこ広いスペースが開けている。
端の方にバイクが数台止めてあり、その前で従業員と思しき男がタバコをふかしていた。

「すみません、本日面接を受けさせて頂きますあっさじーんと申します」

私は彼にそう声をかけた。

その従業員はなにもこたえず、紫煙をくゆらせながらじーっと私を見つめ返す。
目が死んでいるという表現を時々耳にするが、男の目はまさにそれだった。
こちらを見る瞳に、意志の光がまるで感じられないのである。

「事務所というのは、こちらの建物の二階でよろしかったでしょうか」

なんだこの人は、と内心思いながらも、言を続ける私。

男は無言のまま、ゆっくり上を示す。
二階で良いということだろうか?

「ありがとうございます」

私は礼を告げると、そそくさと場を後にする。

なんか変な人だったなーと内心小首を傾げたものの、まあどこの職場にも一人二人変わった人はいるだろうとすぐに気を取り直す。

少なくともその時点では、まさかその変な人が一人二人どころではないことなど、微塵も想像がつかなかった。

階段を上がると、開け放たれたままの扉が見えた。
その向こうが事務所らしい。

扉を潜って、室内を一目見た瞬間に、私の中の違和感はさらに大きくなった。

とにかく汚い。そして、乱雑。
机の上はもちろん床や通路にも所狭しと様々な物が溢れており、しかもそれらの物に統一性がない。

いかにも仕事で使う資格書のような本の隣に、ビリーブートキャンプのDVDが平積みになっており、さらにその隣には特大のスヌーピーのぬいぐるみが鎮座しているという具合だ。

そして、臭い。
部屋に入った瞬間、私は反射的に「うっ」とうめいて口元を覆ってしまった。

駅の高架下などでホームレスの近くを通る時に嗅ぐ臭い。
それよりはやや薄いものの、あの臭気が部屋全体に充満していた。

ーーこれ、もう帰った方がいいやつなんじゃないか

私がそう思って踵を返そうとした瞬間、見計らったように誰かの声が響いた。

「はーい、どちらさまですかー?」

声の主を探すと、山のように積まれた書類と書類の合間から女性がこちらをうかがっているのが見えた。

40代前半くらいのいかにも事務然とした見た目の人だ。

「あ、すみません、面接に来た者なのですが」

とこたえる私。

「あー、それじゃ、奥のソファーでお待ち下さい」

女性はそう言うと、衝立で区切られた事務所の一角を手振りで示した。

ここまで来たら、さすがに「やっぱり帰ります」とは言いづらい。

ーー仕方ないから、いちおう面接だけは受けるか

私は床の物を避けながら、渋々奥へと向かう。
室内を進むにつれて、ごーごーという音が耳につき始める。
換気扇の音だろうか。

衝立の向こう側へ行くと、他よりは多少整頓された応接スペースになっていた。
中央の長机を挟む形で、ソファーが2つ置かれている。

一方には、スーツを着た若者が座っていた。硬い表情でかしこまっているところからして、私と同じく面接を受けにきた人らしい。

そして、反対側のソファーにはおっさんが横になっていびきをかいていた。

スネ毛ぼうぼうの剥き出しの足にランニング用のような黒い短パンを履き、上は親父シャツ一丁。

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それが大口を開けて、気持ち良さそうにいびきをかいている。

先程から耳に届くごーごーという音の正体は、目の前のおっさんのいびきだったわけである。

いったいなんだこの人は。事務所に浮浪者でも入り込んでしまったのか?

私は立ち尽くしたまま、呆然とおっさんを眺める。

ーーとりあえず、さっきの事務の人に知らせた方が良くね?

そう思って衝立の向こうに顔を出すと、ちょうど例の事務の女性がこちらへ向かってくるところだった。

「すみません」

私が声をかけると、事務員はひょいと私の肩越しに衝立の奥を覗き込んだ。

「所長、面接の人が揃いましたよ」

ん? と私は小首を傾げる。

衝立のこちら側には私を除けば、浮浪者のおっさんと背広姿で畏っている若者しかいない。

消去法的に、若者が所長ということになるが、彼はどう見ても二十歳前後。
下手をすれば、高校を出たての未成年の可能性もあった。

ーーこんな若造が所長なのか?

首を捻る私の耳に、再び女性事務員の声が響く。

「所長!」

すると、例のおっさんのいびきが止まった。
うーん、と伸びをするとゆっくりと起き上がる。

「面接の人ですよ」

再度、繰り返す事務員。

おっさんは目をしょぼしょぼさせてこちらを見た。

「あー・・・面接の人ね」

茫然と立ち尽くす私。

・・・てことは、この小汚いおっさんがここの所長? つまり、一番偉い人なの?

「とりあえず立ってないで座って」

おっさん改め所長は、椅子を示して私をうながす。

私が腰を下ろすと、彼はようやくしっかりと座り直して言った。

「とりあえず履歴書を頂戴」

言われるまま、履歴書を取り出す私と若者。

「体は健康? 持病とか大きな怪我とかはない?」

所長は履歴書には目もくれず、尋ねた。

特にないですとこたえると、彼は次のように尋ねた。

「刑務所に入ってたことある?」

首を振る私と青年。

すると、所長はパンと膝を両手で叩いて、「よっしゃ」と立ち上がった。

「それじゃ、寮に案内するかあ!」

そう言って、衝立の向こうへ姿を消す。

私と若者は顔を見合わせた。

・・・え? 今ので面接終わり?
ていうか、あの人、俺らの履歴書を見てもいないよな?

「おーいなにやってんだ、行くぞお」

所長の声が届いた。
私たちは慌てて、彼の後を追ったのだった。


2.豪邸へGO!


「いやー、いいところに来てくれたよ」

所長はハンドルを握りながら、朗らかに笑った。

「本当に人手不足でねえ。明日からでも働けるからな」

小型ワゴンの中である。
あの面接(?)のあと、我々二人は所長に促されてこの車に乗り込み、彼の運転で会社の寮へと向かっている所だった。

「ところで、君、なんか目が変だね」

不意に所長が助手席に座る私に言った。

ーー目が変? 目付きのことだろうか。
たしかに視力が悪いため、目を眇めることが多いが・・・

「なんていうか、この世じゃないところを見てるよ」

「はあ・・・」

このようなよくわからない話を時々ふられながら、10分ほど車に揺られただろうか。
不意にワゴンが停止した。

「はいとうちゃーく」

かるーいノリで所長が告げる。

私と若者が車から降りると、目の前に築50年くらいの古びた木造家屋の姿があった。

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「ここがうちのマンションだよ」

所長が告げる。

・・・・・・・・・。

いやいやいや、これどう見ても、アパートだよね? というか、こんなにボロくて古いアパート、見たこともないんだが・・・

茫然と立ち尽くす私たち二人をにこやかに見つめる所長。

「それじゃ中を案内するよ」

と告げて、颯爽と今にも崩れそうな建築物に入ってゆく。

相変わらず、茫然としつつも、彼の後を追う我々。

「今の時間帯は朝刊を配り終えて、従業員がみんな寝てるから静かにね」

そう言うと、ミシミシ床を軋ませながら、所長が廊下を歩いてゆく。

とりあえず薄暗い。
天井には裸電球がかなりの間を置いてぶら下がっていた。
床も壁も煤け、ところどころにある窓は汚れが酷過ぎてほとんど外の光を通さない。

私は、まるで戦後の闇市にでも迷い込んだような錯覚を覚えた。

「ここが洗濯場ね」

所長がそう言いながら、左手のドアを開けた。
その瞬間、私は思わず顔をしかめる。凄まじいカビ臭さが襲ってきたからだ。

スペースは6畳ほどだろうか。
壁際の一角に古びた洗濯機と乾燥機が置かれている。

そして、対角線上の一角に、人が1人入れるくらいの細長いボックス上の物が据えられていた。ちょうど一昔前に町でよく見かけた、公衆電話ボックスのような感じだ。

「あそこでシャワーが浴びれるから。一回200円ね」

所長がボックスを指差して告げる。
言われてみれば、たしかに上部にシャワーが付いているが、それにしても狭い。

ていうか、どう見てもシャワーを浴びたら部屋が水浸しになりそうだ。
床のいろいろな箇所が緑色に覆われているが、そりゃあ苔も生すだろう。

この時点で、私の隣にいる若者の目からは、だいぶ生気が失せていた。

所長は我々の様子には頓着せず、廊下の先へと進んでゆく。

左手は壁、右手は各居室ヘの扉が並んでいる。
それにしても、廊下に入った時からいやな臭いが鼻をつくのだが、なぜだろうか。
まるで、トイレの中にいるかのようだ。

その理由は程なく判明した。

左手に不意にある物が現れた。
男性用小便器。男なら誰でも見たことのある陶器でできたその物体が、いきなり何の脈絡もなく、廊下の壁際に「でーん」と姿を現したのだ。

仕切りなどは何もない。まるで、壁から便器が生えているかのように、ふてぶてしく鎮座している。

「所長、これは?」

思わず、問いかける私。

「ん? トイレだよ。見たことないの?」

ーーそうじゃねえよボケ!

私は危うく出かかった言葉を辛うじて飲み込む。

なんか小便くせえと思ったら、ションベンそのものじゃん・・・

私と若者が、呆然とその赤茶けた陶器の物体を眺めていると、所長は明るい口調で廊下の一番奥を示した。

「あっちには大きい方のできるトイレもあるから」

私は彼の指す方に目を向けながら、思わず尋ねる。

「・・・そちらも、こう剥き出しというか、仕切り的な物がないのでしょうか」

「いやいや、ちゃんとした個室だよお」

朗らかに笑いながら、そんなことあるわけないよおと否定する所長。

「ただ鍵が付いてないから、使うときは気を付けてね」

その場で立ち尽くす私と若者。

ーーそろそろ回れ右して、ダッシュで逃げるか?

さすがの私も心の中でそんな押し引きを始めたが、所長はやはり我々のことなど目もくれず、鍵を取り出して、小便器の対面のドアを開いた。

「はい、ここが◯◯マンションの105号室でーす」

まだマンションと言い張るのかと内心驚愕したが(しかし、あとでネットで調べてみたら、たしかに『◯◯マンション』と記されていた)、私は部屋の中を見てさらに驚いた。

扉を開けると履物がかろうじて二つ置けるくらいのスペースの間口があり、その向こうがすぐに部屋だった。

はっきり言って、とてつもなく狭い。

入り口から奥まで大股で二歩ぐらい、幅は部屋の真ん中に立って両手を伸ばしたら、左右の掌が余裕で壁に付くぐらいである。

右の壁際に簡易ベッドが置かれているが、それで部屋の3分の2を占めており、あとは身体を斜めにしてかろうじて歩ける程度のスペースしかない。

申し訳程度の小さな窓に鉄格子が付いていなかったら、独房と勘違いするような造りだ。

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「とりあえず、こことあとは奥の一部屋が空いてるから、好きな方を選んでね」

所長が告げる。

「家賃は3万・・・・・・うーん、4万が給与から天引きされるから」

いやいや、その空いてる二部屋って、どっちも便所の前だよね? ていうか、なにげにいま3万から4万に家賃を釣り上げなかったか?

「それじゃ、とりあえず事務所に戻って、手続きをしちゃいますかあ♪」

所長がパンと手を叩いて明朗な声を上げた。

・・・無理だ。こんなの人間の住むところじゃない。

私は慌てて、次のように告げる。

「・・・すみません、今日は印鑑とか忘れちゃいまして。明日、改めてうかがわせて頂きます」

もちろん、完全無欠に嘘だ。

結局、その日は所長に駅まで車で送ってもらい、解散という運びになったのだが、まあお察しの通り、私と一緒に面接を受けた青年は以後二度と姿を見せることはなかった(笑)

私?

まあこちらも聡明なる読者の皆様には察しが付くかと思われるが、その月の家賃を支払う目処が立たず、夜逃げ同然に美しい小便器付きの豪邸にお引越しすることと、あいなったのであった。

⇒QED Continued

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