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「逆噴射」参加作品(含プラクティス、2019~)

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自作の参加作品のまとめです。 本選作品ではないプラクティスも含んでいます。
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記事一覧

アシナガさんが呼んでる

アシナガさんが呼んでる

 目的地まであと数十メートルという所まで来て、先輩は俺を放り出してどこかへ行ってしまった。
「あの黄土色の屋根の家だ。周囲を良く見ておけ」
【害虫駆除】としか教えられていないのに特殊道具のひとつも持たずにここまで連れて来た挙句、初出勤にして初案件の新人をポイだ。

 閑静な住宅地のど真ん中に溶け込むように建っている黄土色の屋根の一軒家。
 ぐるりと一周しても「巣」らしきものは見当たらないし、駆除し

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夕焼け食堂車

夕焼け食堂車

 いつもよりやけに夕焼けが赤く感じる帰り道、思いがけず目の前に【天使の梯子停留所】が現れた。数年ぶりだ。
 雲の切れ間から滑り降りてきたのは真っ黒な蒸気機関車。真正面にオレンジ色のエンブレムが存在感を主張している。
 空を駆ける蒸気機関車は、この街に伝わる都市伝説のひとつだ。
 名を、【夕焼け食堂車】という。

 車掌に案内され車両中央の見晴らしの良い席につくと、シェフが待ってましたと言わんばかり

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窓側席のプチ・ソルシエール

窓側席のプチ・ソルシエール

 今日のグリーン席争奪戦には無事勝利した。

 座席をすこし倒して一息ついたところで、ぞくぞくと席が埋まっていく。あっという間に、車内は家族連れや旅行客の賑やかな談笑と、サラリーマンが駅弁をあけるあの独特なにおいで満たされた。

 数駅過ぎたところで、父親とその娘であろう少女が席を探して通路を歩いてきた。だが辺りを見回しても座席は満席で、父親がやっと見つけた一人分の座席に娘を座らせようとしていたと

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おいしいお肉の創りかた

おいしいお肉の創りかた

 諸君、僕は肉が好きだ。

 好きなものを好きなときに好きなだけ食べたいという願望に、どうして理由が要るだろうか?

 この世界には『魔法』が存在する。

 人々は地に空に海に充たされたこの不思議な力を自在に操り、暮らしを豊かにするために創意工夫を重ねてきた。
 社会にその力を還元する機関も発展し、魔法学研究者がその役割を果たすようになってから数百年。
 僕も例に漏れずその一人であったが、目的は専

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ヤツはただひとこと、【フォン】と啼いた。

ヤツはただひとこと、【フォン】と啼いた。

「もう我慢ならん!俺はやるぞ!」

 先日導入されたばかりの最新のAI搭載の戦闘兵器が、今では我が物顔で戦場の指揮を執っている。
 新たな戦力に司令官はご満悦のようで、最近は戦いのたびにその兵器のみを連れていくのだ。

「見ろ!あの歩兵達の顔を」

 罫線ノートが円卓の隅を見やった。様々な背格好の筆記用具たちには、最早戦場に赴く力強い士気は感じられない。

「古株から若造まで、司令の意思を前線で忠

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キッテ・ドリームツアー

キッテ・ドリームツアー

 安物の日本酒の瓶と、さっきコンビニへ走って買ってきたイカの燻製。
 明日は会社も休みだから、ちょっとばかし羽目をはずして一人酒を楽しんだって誰にも怒られない。

 私はそれらを風呂敷に包み、深夜零時を待ってからーーー
 幸せの詰まったそれをぎゅうっと抱き締めて、床についた。

 気がつくと私が立っていたのは小高い丘。
 雲ひとつない快晴、風も心地良い。
 そして、この満開の桜の樹!

 私の腕の

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家に帰れば毛玉があるんだから

 いつだったか、『家に帰れば生ハムの原木があるから』云々の一節がネットで流行ったことがあった。
 例に漏れず、自分も大多数にマウントをとれるものが家にないかと考えたところ、ひとつだけ思い当たるものがある。

 毛玉。

 そう、文字通り毛の玉である。
 家に帰ればころころと転がって出迎えてくれ、仕事でささくれた心をそのふわふわで癒してくれる。
 餌もいらない、特別掃除もしなくていい(むしろそのふわ

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