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雑草エンジニアの回想録⑪人事部2話

私が20代の頃は、自分の頑張りに応じて正社員の報酬は右肩上がりで、青天井の広がりのある世界だと信じていた。

昇給・賃上げ・ボーナス

正社員として1年間を通して頑張り、結果を出した時に働きに似合う報酬を得たいと誰しもが思う当然の権利です。社員の年収を左右するような会社の制度の多くは、全社員が敏感に反応し様々な意見を持たれるので、社員の給料に関する仕組み作りに携わる者は、非常にきめ細やかな言動・考えが求められます。

1.過酷な業務命令

2000年4月に人事部に異動し、採用活動を主業務としていた自分に、突然切れ味ある専務と総務部の部長から業務命令が下りた。

人事制度を改革せよ

50年の人生で大小様々な案件に従事させて頂き、身体が本当に壊れる位なプレッシャーと戦ってきましたが、その人生の中で上位ベスト10に入る位に過度なプレッシャーを受けた業務だった。

結論から言わせて頂くと私にはやりきれなかった。

2.問題となる残業代

私が採用担当者として活動して半年を経過した頃には、社員数は250名位まで増えていた。その上で、前任者が設定した27~28万円の給与額が会社の規模や取引先、売上から考察すると基本給やボーナスの支払いには耐えられるのですが、残業が過度に発生した時に利益が吹き飛ぶだけでなく、会社が赤字になるケースが多発していた。

IT業界では、常に過度な残業による残業代のコストをどこの会社が負担するのかという問題が常に付きまといます。一流企業で年俸制で運営している企業でさえ、従業員の過剰な稼働問題が常に頭を悩ませる。

2024年現在では、過重労働で従業員が精神的・肉体的に追い詰められる事を事前に予防するために、36協定を厳守して法に定められた残業時間を厳守し、コンプライアンスに反しない姿勢が以前より厳しくなってきました。

それでも、エンドユーザーに近い立場や情シス部門や責任のある立場の者達は、自分の管理している業務遂行のためには徹夜も辞さずという文化が未だに存在する。


3.連鎖する残業

 当時の総務部長からリーダーや社員達に過度な残業は会社の利益が減り、赤字が増えるので控えて欲しい通達をだしていた。それでも、大手メーカや大手SIerの現場にいる社員達の多くは、過酷な労働条件で対応していた。その理由は、エンドユーザーの担当者やプライマリーベンダーのプロパーは、終電ギリギリもしくはタクシー帰りになるまで仕事をしていたので、芋づる式に2次請け・3次請けも現場に残らざるをえないと言う事だった。

 そりゃそうだろう。現場で周囲の関係者が目にクマを作り、1日3~5時間しか寝れていない状態を継続している人達がマジョリティを占めていたら、どんなに優秀なチームでも定時に帰りますとは言いにくい。

 自分達のチームや自分達の担当分が高品質でオンスケで保てていたとしても、規模の大きいプロジェクトでは次から次へと業務が湧いてくる。
 ※.実際にはエンドユーザー、プライマリーベンダー、関係者が論理性に著しくかけて、コミュニケーションロスによる出戻りが多いケースが殆どなのですが、IT業界の現場では理想ばかりを言ってられない。

エンドユーザーやプライマリーベンダーは、一流企業の社員だけあって多忙な業務に似合う待遇を受けている。それは年収であったり、福利厚生であったり、上流工程から参入できていたり、代休や有休の消化と多岐に渡り、大企業で長く在籍する事によりキャリアとしても形成されやすい。

逆に2次請け3次請け以下は、労働条件に似合う待遇が得にくい。

4.下請けの厳しさ

1次請け  100万/人月
2次請け   80万/人月
3次請け   64万/人月
4次請け   51万/人月

商流を流れる事に2割を利益とリスクマネジメント代、営業費として確保した場合には、当初エンドユーザーが1人月100万円で契約した1人のエンジニアの予算が、3次請け企業になると36%も減額されて発注される。

更にこの金額が直接社員に支払われるのではなく、会社の粗利を確保された上で社会保険・厚生年金などの会社負担分と個人負担分の凡そ32%強が国に持っていかれます。

エンドユーザー側では最低100万円/人月の予算で発注して頂いても、下請け業者の社員が受け取る金額は3~4割程度減らされた売上なので、必然的に3次請け以下の待遇が低くならざるを得ない。

只でさえ一次請け企業や二次請け企業の待遇より低いにも関わらず、残業リスクを減らすための人事考課や人事システムの改善は、社員を引き留める理由が無くなる事が容易に予想できた。

5.給料テーブル

私が25~26歳の頃に総務部部長や役員のみが閲覧できる会社の給料テーブルを見せて頂いた。この時の衝撃は、凄まじかった。

エンジニアの現場の頑張りやお客様の高い評価、そして技術者としてスキルアップを継続していれば、青天井右肩上がりに昇給すると思っていた自分には、夢の無い給料テーブルだった。

何せ上限が階級によって異なるが最大40~45万円が天井だった。
これだと、階級最大値の階級になったとしても年収600万円前後が良い所だろう。会社内の人事考課で最大階級を得た社員が、これでは夢が無い。

2024年現在の日本社会において、国民負担率が高すぎて若い人達が積極的に野心的に稼ごうとする意欲を削ぐような状態が、そのまま当時の自社にあった。

6.人事制度改革の難しさ

人事制度の改革や、企業のコストカットのための部課署の統廃合、人件費削減による待遇を下げる行為は、どのような会社規模でも困難を極める。
 そのような痛みを伴う改革は、役員権限を持つ者でなければ務まらない。

社員数100名以下の中小企業であれば、本来は社長と幹部が誠意をもって丁寧に1人1人の社員に向き合って、時間をかけて対応していくのが筋だろう。

SESを理解している方々には理解され易い内容かも知れませんが、現場に出ている社員の評価は本当に難しいです。

  • 営業担当による現場の客先評価

  • チームの場合には、同僚の評判

  • 案件の単価、立場、環境

  • 契約の継続率、リピート率

  • 顧客のランク

  • 自社に対する貢献度(帰社イベント、後輩フォロー、勉強会)

社員がスクスク成長できる優良取引先の優良プロジェクトであれば、各種評価項目は高い値をつけやすい。逆に、炎上案件やシビアな環境の案件に着任した社員は、相対評価が厳しく評価され本人の技量に関係無く高い評価を受け難かったりする。

言葉は悪いかも知れませんが、全てが絡む。

そして、社員それぞれにはそれぞれの稼がなければならない理由がある。

・独身で結婚するための貯蓄をしたい。
・夫婦共働きで子育てをしており、子供に少しでも楽をさせたい。
・食べ盛りの子供が2人いて色々とお金が必要となる。

正社員として入社させた全員に不利益になるような事はできない。

今振り返ると、このような賃金改定はマイナスを含む場合には、普段高給を貰っている社長、役員、部課長から順に進めなければならない。
例えば、以下の感じだろう。
社長 120万円/月 ⇒ 84万円/月  30%カット
役員     60万円/月  ⇒ 48万円/月  20%カット
部長     45万円/月  ⇒ 40.5万円/月  10%カット

このように、上から順に対応していってから初めて正社員の待遇を改善できる。そもそも論だが、基本給を下げられた社員がモチベーションを維持できるかといえば、殆どの場合には無理だろう。

だいだいの場合には、優秀な若手社員から会社に三下半をつき尽きて、条件の良い企業に転職するだろう。

正社員の給料というのは、大きな上昇も見込めない分、不利益になるような事もしてはいけないのが基本だろう。社員間に差をつけるのは、夏冬期末のボーナスで調整するのが一番柔軟性が高いと言える。

7.人事コンサルタント

人事制度の改革には、25~26歳の青年に250名近い正社員のカルマを背負わせるのは無理だと判断した専務は、人事コンサルタントを外部アドバイザーとして契約した。

主な人事制度の改革メンバーは、以下だった。

  • 専務

  • 経理部長

  • 旧採用担当者

  • 人事コンサルタント

人事コンサルタントは、中小企業レベルでは不要だと感じる。
必要なのは、労働基準法を詳しくしている社労士さんで十分であり、具体的な給料テーブルや評価方法のシステムを全て設計できるコンサルタントでなければ、毎月の契約金額だけが吸い上げられる。

2000年当時に紹介された人事コンサルタントは、書籍を何冊か出版する位の方で、非常に高学歴で勤勉な方で面白い人物だったが、責任を取れない人だった。都合の良い局面は、良くしゃべるのだが、具体的な話になると私に責任を持たせるような感じな方だった。

25~26歳の小僧に、社員250名の命運を委ねるかね。しかし。

8.悩める日々

頼りになるのか、ならないのかわからない人事コンサルタント、自社の過去の採用方針によるインフレ気味な給料を設定した総務部長と旧採用担当者。

全員が自分の保身ばかりを考え、現場で過酷な労働をしている社員達の事を考える者が殆ど居ない。私には、1次面接で入社させた200名近い社員達への人生の責任がある。

1次面接で入社した時にかけた彼らへの想いがあるからこそ、身が引き裂かれる位の気持ちだった。毎日が苦悩の日々だった。

人事コンサルタントの書籍も読んだが、具体性に乏しかったので、私が社員人になってから愛用している著者を参考にした。

  • 大前研一

  • 高橋洋一

大前研一氏の著書は、若いビジネスマンの方には是非目を通して欲しい。論理的思考能力やビジネスマンとして必要な発想力が培われます。

9.結末

人事改革は、私が所属していた会社にとって命取りとなった。

IT業界では、他業界とは異なり非常に独立がし易い業界です。業界に3~5年活躍して、業界におけるプロジェクトで毎回高い評価を受け、長い付き合いのできるクライアントからの高い信頼関係を築き上げれば、1~5人でも創業できます。

2024年現在では、少子高齢化を背景に優秀なエンジニアがどこの企業でも不足しがちになり、優秀な人材であれば実績に応じて、独立後直ぐに現場を引き継いで直接取引をする可能性も増えた。

実際に、2000年当時の250名を超えたヘッポコ中小企業を独立したリーダー格の殆どが、50名前後の中小企業を立ち上げている。

新規事業を考えた資本家達と旧幹部が、現場にでる社員を儲けの種と考え、社員や私を軽視し出した頃、即ち人事改革の話が始まり時点では会社は歯車が狂いだしていた

旧採用担当者が採用していた私より前の社員達から、優秀なリーダーから辞めていった。私が採用していた社員も3年以上は踏ん張っていたが、現場の稼働の高さと人事改革の話により、徐々に退職者が出始めた。

企業にとって重要なのは、全社員の働き振りと給料が振り込まれた時に、社員が給料と家族の間でどのような考えで生活されているか、そして社員の嫁や子供達の顔も浮かべられなくては、真の企業・経営者ではない。

次回は、人事部から技術部に戻る話を提供できたらと思います。


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