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「エーリヒ・ケストナー ~消された名前~」(仮)準備稿 その1

「エーリヒ・ケストナー ~消された名前~」(仮)

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作:鈴木アツト

2020年7月1日版 準備稿
※戯曲の内容は、公演時には変わる可能性があります。

登場人物
〇エーリヒ・ケストナー(男):大学生であり新聞記者。後に、小説家。
〇ハンス・オットー(男):ケストナーの同級生。俳優。
〇ヴェルナー・ブーレ(男):ケストナーの同級生。後に映画監督。
〇ルイーゼロッテ・エンデルレ(女):中学生。後に、出版社勤務。
〇エーバーハルト・シュミット(男):パン屋の少年。後に、映画プロデューサー。
〇ヴァルター・トリアー(男):ユダヤ人のイラストレーター。
〇レニ・リーフェンシュタール(女):ダンサー。後に、映画監督。

第1場 1923年12月頭・ライプツィヒ・カフェバー

ドイツの地方都市ライプツィヒの、とある劇場に隣接したカフェバー。狭い店内。上手奥から下手前へと、斜めに四台のテーブルが一メートルずつ離れて置かれている。下手奥には客用のコート掛けがある。上手奥のさらに奥が店の出入り口へ、下手前のほうはカウンターへつながっているが、客席からは見えない。

≪物語の途中からを紹介します。≫

   ロッテ、店の外に出ていく。

ケストナー なんなんだ?あの女。
ハンス 勢いがあっていいじゃない。
ケストナー 勢い? 無礼なだけじゃないか。せっかく社長に紹介してあげるって言ってんのに。
ハンス あの子の言うことも一理あるよ。
ケストナー どんな一理だよ。
ハンス 背伸びして、誰かが始めなきゃ世の中は変わらない。きな臭いこの国の空気を誰かが喚起しなきゃ。
ケストナー 、、、
ハンス エーリヒ、一緒に集会に行かないか?
ケストナー 集会?
ハンス 共産党の。明日、ライプツィヒでも集まりがあるらしいんだ。
ケストナー まさか、お前、共産党に入党したのか?
ハンス まだしてない。でも来年にはするつもりだ。
ケストナー おい、いつから俳優じゃなくて政治家を目指すことにしたんだよ?
ハンス 俳優が政治に興味を持っちゃいけないかい?
ケストナー いけないね。俳優は、作家の言葉をまっすぐに観客に伝えるのが仕事だ。なのにその俳優の思想が偏っていてどうする? 色がついた頭で、まっすぐな台詞を吐けんのか?
ハンス 俳優だって一人の市民だ。労働者だよ。自分自身の言葉を持っている。エーリヒ、俺はドイツをなんとかしたいだけなんだ。
ケストナー 急に話が大きくなったな。
ハンス これは真面目な話だ。この国には、階級の壁がある。君だってわかるだろ?
ケストナー 、、、
ハンス さっきのあの子、ロッテ。野心も向上心もある子が、もっと勉強を続けたいと思っても、中学卒業したら働かなきゃいけない。あの子の勉強を阻む壁はなんだ?
ケストナー やめろよ。俺に階級がなんだ、革命がなんだって説教すんのは。金持ちと貧乏人の壁のことなら、俺のほうがお前よりわかってる。うちがどれだけ貧乏だったか知ってるだろ?
ハンス 、、、
ケストナー 俺だってドイツをなんとかしたい。でも、だからといって共産党には入らない。俺に言わせりゃ、共産主義者の言葉こそ信じられないよ。あの人たちは階級の壁を壊そうとしてるくせに、言葉で新しい壁を作ってる。下部構造なんて洒落た言葉を覚えるよりも、俺は母さんの赤カブスープにがっついていたい。
ハンス 、、、
ケストナー 悪くとるなよ。俺は社民党(社会民主党)にだって入らない。群れるのが好きじゃないんだ。
ハンス 人間は、連帯することで、社会を変えてきた生き物だよ。昔も今も。
ケストナー ヴェルナーも誘ったのか?
ハンス いや、あいつは社民党員だから。
ケストナー やれやれ。
ハンス エーリヒ、俺はマルクスを読んで共産党に魅かれたわけじゃない。この世の中を変えたいって信じて、行動してる人たちの姿に魅かれたんだよ。
ケストナー 、、、
ハンス 君の言うとおり、うちは貧乏じゃなかったし、劇場のお客のほとんどは金持ちだ。自分が誇らしいよ、きらびやかなシャンデリアと真っ赤な絨毯の劇場で、舞台に立てていることは。でも時々思うんだよ。金がある人のためだけに演劇をしてていいのかって。もし、この世から階級なんてものが無くなったら、誰もが演劇を楽しめるんじゃないのかって。
ケストナー 、、、お前がうらやましいよ。
ハンス え?
ケストナー 自分の道がはっきりしてる。
ハンス 皮肉か?
ケストナー 皮肉じゃないって。
ハンス 君だって、大学生の身分で、新聞に自分の文章が掲載されてる。すごいじゃないか。
ケストナー 自分が何になりたいのか、、、わからないんだ。作家になるべきか? ジャーナリストなのか? それとも、、、舞台の演出家にはなれないだろうか?って。
ハンス 演出家?
ケストナー 芝居が好きなんだ。だから劇評を書いてる。芝居が、、、でも俺は俳優じゃない。覚えてるだろ? 学芸会の時の俺の演技。俳優は無理だよ。じゃあ、どうする? 劇作家か? それも演出家か?
ハンス 、、、
ケストナー 答えを出せないまま。他人が読みたそうな雑文を書いたら褒められちゃった。それで流されるように新聞でエッセイを書いたり、時事批評したり、、、俺は何になりたいんだ?

   ケストナー、ハンスに答えを求めるように、彼を見つめる。

ハンス エーリヒ、俳優は他の誰かになれると思うか?
ケストナー どういう意味だ? 他の誰かになるのが俳優の仕事じゃ、、、
ハンス 確かに、役という仮面はある。作品によってその仮面を付け替えはする。でも観客は、その仮面の下が見たいんだ。そこに、本当の俺自身がいなかったら、観客は感動してくれないんだ。
ケストナー 、、、
ハンス ジャンルはなんだっていいよ。 君自身を書け。君が君自身を書いたものを、俺は読みたい。
ケストナー 、、、
ハンス なあんてな。俺も人に見せられる俺自身なんて、まだ持ってないんだ。どっちが先にそれを持てるか、勝負だな。
ケストナー 、、、

   ヴェルナー、戻って来る。

ケストナー どうだった?
ヴェルナー 、、、
ケストナー 会えたのか?
ヴェルナー パンを渡したら、すごい喜んでくれた。それで、、、
ケストナー それで?
ヴェルナー エーリヒ、俺は恋に落ちた!
ケストナー はい?
ヴェルナー なんで誘ってくれなかった? なんで一緒に連れてってくれなかった? 俺、彼女のダンス見てないから、感想を聞かれて、嘘ついちゃったよ。まるで今見たかのように、あなたのダンスは新世界だって。
ケストナー それ、俺の、、、
ヴェルナー 女性的なのに、どこか英雄を想起させる、肉体のしなやかさがありました!って。おまけに、つい、新ライプツィヒ新聞の記者だって、言っちゃって。
ケストナー お前ねえ、、、
ヴェルナー 劇評書いてるって言ったら、もっと詳しく感想聞きたいって。これから会ってくれるらしい。着替えたらここに来る。エーリヒ、俺どうしたらいい?
ケストナー 知るか。
ヴェルナー 緊張で震える。ただでさえ、女性経験が少ないのに。
ケストナー 少ないっていうか、あったのか?
ヴェルナー 真面目に聞いてくれよ。あんな美人、どうやって相手にしたらいいかわかんないよ。しかも、本当は記者じゃないのに。
ケストナー まず褒めろ。
ヴェルナー うん。
ケストナー それも大胆に。
ヴェルナー 大胆に?
ケストナー 美人に対して、男は往々にして気後れする。あれぐらいの美人だと、「どうせ恋人いるんだろうなあ」って口説く前に諦める男が大半だ。だから意外に、積極的なアプローチに弱いもんなのよ。
ヴェルナー なるほど。
ケストナー それから、彼女みたいなタイプの女は、、、仕事を褒めろ。ダンスを褒めるんだ。自分の仕事を熱烈に評価してくれる男にグッと来ないはずがない。
ヴェルナー 例えば、何て言って褒めればいい?
ケストナー 考えろよ、それぐらい。
ヴェルナー エーリヒ!
ケストナー あなたは、優雅さと可憐さを併せ持った驚くべき才能の持ち主だ。その優雅さはまるで薔薇のようで、その可憐さはまるでエーデルワイスのようで。
ヴェルナー あなたは、優雅さと可憐さを併せ持った驚くべき才能の持ち主だ。その優雅さはまるで薔薇のようで、その可憐さはまるでエーデルワイスのようで。これいい!
ケストナー しかも、あなたの踊りの中には高貴な魂を感じる。
ヴェルナー しかも、あなたの踊りの中には高貴な魂を感じる。
ケストナー それは、到達できないものに挑戦する英雄的な魂なんです。
ヴェルナー それは、到達できないものに挑戦する英雄的な魂なんです。いい!すごくいいじゃない!
ハンス 台詞に囚われるな。
ヴェルナー え?
ハンス 台詞どおりに喋るんだけれども、流れを押さえつつ、衝動に身を任せるんだ。
ケストナー たしかに。
ヴェルナー え?どういう意味?
ケストナー 女を口説くのは、俳優が観客の心を掴むようなものかもしれない。つまり、いい演技ってのは、自由な演技なんだ。ヴェルナー、先言った流れを押さえつつ、衝動に身を任せてみろ。即興を効かせんだ。
ヴェルナー 即興?わかった。

   毛皮のコートに、真っ赤な帽子をかぶったレニ・リーフェンシュタール(21歳)が、店の中に入って来る。その顔は自信に満ち溢れていて、赤い口紅が艶やかに光っている。

ケストナー 来た!
ハンス あれが?
ケストナー (頷いて)レニ・リーフェンシュタール。
ヴェルナー 、、、
ケストナー ヴェルナー(と言って、ヴェルナーの背中を押す。)
ハンス・ケストナー (小声で)頑張れ!

   ヴェルナー、黙ってケストナーたちに頷き、レニのほうに近づいていく。 

ヴェルナー リーフェンシュタールさん?
レニ はい。
ヴェルナー 僕です。先程、楽屋にパンを届けたのは。
レニ ご馳走さまでした。あのう、少しお話しよろしいでしょうか?
ヴェルナー どうぞ。ここに座わりましょう。

   レニとヴェルナー、ケストナーたちと少し離れたテーブルに座る。ヴェルナー、レニに見とれてしまう。

レニ 何か?
ヴェルナー いや、その、あなたは、優雅さと可憐さを併せ持った驚くべき才能だ。その優雅さはまるで薔薇のようで、その可憐さはまるでエーデルワイスのようで。
レニ (微笑んで)ありがとうございます。
ケストナー まんまじゃねえか。
ハンス しっ!
ヴェルナー しかも、あなたの踊りの中には高貴な魂を感じる。それは、到達できないものに挑戦する英雄的な魂なんです。
レニ 素晴らしい批評だわ。
ヴェルナー (笑って)はい。
レニ あなたはどなたなんでしたっけ?
ヴェルナー え?
レニ 新ライプツィヒ新聞の記者だって。
ヴェルナー はい。新ライプツィヒ新聞の、ヴェルナー・ブーレです。
レニ 新ライプツィヒ新聞の劇評担当は、エーリヒ・ケストナーさんという方だったような。
ヴェルナー え?
レニ 劇評は怖い。キャリアを築きもするし、破壊もする。だから、各新聞の劇評担当の名前ぐらいチェックしてます。
ヴェルナー 、、、すみません。
レニ ケストナーさんのお友だち?
ヴェルナー はい。実は、あいつが、、、

   と言って、ヴェルナー、ケストナーを呼ぶ。ケストナー、ヴェルナーと入れ替わるように、レニの前に行き、

ケストナー はじめまして。エーリヒ・ケストナーです。
レニ レニ・リーフェンシュタールです。お若いんですね。
ケストナー あなたも。
レニ 最初から、ご本人と話したかったわ。
ケストナー すみません。僕の友人があなたに一目惚れしちゃって、それで。
レニ 光栄ですけど、私、肉体が美しくない方には興味がないんです。
ケストナー ははは。僕もチビなんだけどな。
レニ そうですね。ですから、男としての興味は持ってないです。
ケストナー ほう。
レニ 劇評、書いてくださるんですよね?
ケストナー 書くでしょうね。
レニ 是非、お願いします。私、偉大な存在になりたいの。そのお手伝いをしてもらいたいんです。
ケストナー 、、、
レニ 年が明けたら、外国での公演。チューリッヒ、そして、プラハを周るんです。いい劇評を集めたいの。それがあれば、お客さんもたくさん入るでしょうから。たとえ、地方新聞の劇評でもね。
ケストナー ライプツィヒを馬鹿にしてるんですか?
レニ 心配してるんです。ベルリンでは受けたのに、新しい感性が地方じゃ理解されないってことはよくあるでしょ?
ケストナー 、、、
レニ ケストナーさんはライプツィヒ出身?
ケストナー ドレスデンです。
レニ ねえ、いつかベルリンに来てください。ドイツ中の才能が集まっているのは、やっぱりベルリンよ。もし、あなたに何かの才能があるなら、それはベルリンで咲くんですよ。
ケストナー あなたのようにですか?レニ。
レニ  、、、そうです。
ケストナー 、、、
レニ じゃあ、私そろそろ。夜汽車でベルリンに戻らなきゃいけないの。明日から次の町だから。ケルン、デュッセルドルフ、フランクフルトで観客が待ってて。
ケストナー 年が明けたら海外公演。
レニ そう。
ケストナー 、、、
レニ じゃあ、いつかベルリンで。

   レニは、ケストナーの上着の胸ポケットに何かを入れる。

レニ さよなら。

   レニ、店の外に出ていく。

ハンス 気の強そうな女だな。ヴェルナー、振られてよかったよ。
ヴェルナー エーリヒ、何もらったんだよ?
ケストナー (ポケットから取り出して)名刺だよ。
ヴェルナー 名刺?
ケストナー やる。
ヴェルナー (ケストナーから、レニの名刺を受け取り)あ、ありがとう。
ケストナー くっそー、ベルリンかあ。
ハンス ベルリンだよ。

   ハンス、店の奥へ行く。

ケストナー ベルリン。
ヴェルナー え?何?どうしたの?

   ハンス、ビールジョッキを三つ持ってきて、

ハンス とりあえず、飲むぞ!

   ハンス、ビールジョッキを、ケストナーとヴェルナーに渡す。

ハンス では、僕らの再会を祝して、
三人 乾杯!

   暗転。「三文オペラ」(1928年初演)の「人間の努力のむなさしの歌」が聞えてくる。

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