超短編小説まとめ

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夏菜

 夏菜はとても背が高くて、いつも青いワンピースを着ていた。そして、少し不機嫌そうだった。  夏菜のことを初めて実際に見たのは、僕が小学三年生の夏休みだった。それまで夏菜は噂の中の存在でしかなかったのだ。 「毎年夏祭りの時だけ現れる女がいるらしいぜ」  駐車場の小石を車道にぶん投げ…

ワスレナヅカ

 ぎこちない動きで、ボールを蹴る足。その人から送られてくるボール、それを小さな僕は必死に追いかける。僕が必死になって追いかけるほど、その人はケラケラと声を出して笑った。僕はそれが嬉しくて、わざと大げさに走ってみたり、転んでみたりする。  次第に泥だらけになってゆき、気づけば日は山…

傘立て

 ハッと気がつくと降りる駅の一つ前の駅を発車したところだった。イヤホンからは相変わらず、さして聴きたくもない曲がダラダラと流れている。電車の中でいつの間に意識を失っていたようだ。窓の外はすっかり日が落ちて、地平線の方にかろうじて光が覗いていた。今日もまた遅くなってしまった。  気…

秋に舞う

 秋は、見つめていた。容赦なく流れ去る車の群れ。そして、それらを見下ろしながらどこまでも宙を舞った。  秋は二十一歳である。一浪して東京郊外の中堅大学に進学し、来年で大学生活三年目を迎える。ただし、三年生として、ではない。なぜなら、二年生後期の必修科目を落とし、留年が確定したから…

コンビニの好きなところ

 どんなに重要だと思っていたり、自分に影響を与えた出来事も、生活の中で思い出すことはほとんどない場合が多い。僕がコンビニまでの道のりで考えていたことは、今日の夕飯のことと、明後日の授業の課題のことと、もうすぐ始まる就活のことだ。  自動ドアが開くと、店員の気の抜けた挨拶が聞こえる…

髪の毛

「あと一回髪を切ったら、さよなら」  彼女は、長い髪の毛先を自分の眼の前に持ち上げて、僕に示しながらそう言った。彼女の瞳は、ファストフード店の窓から差し込む強すぎる光を反射して光っていた。毛先にわずかに残る、金色。これがなくなったらもう別れる、そう彼女は宣言したのだった。僕はズー…