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超短編小説まとめ

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3分以内に読める超短編小説のまとめ
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夏菜

 夏菜はとても背が高くて、いつも青いワンピースを着ていた。そして、少し不機嫌そうだった。  夏菜のことを初めて実際に見たのは、僕が小学三年生の夏休みだった。それまで夏菜は噂の中の存在でしかなかったのだ。 「毎年夏祭りの時だけ現れる女がいるらしいぜ」  駐車場の小石を車道にぶん投げながら、友達は言った。 「えー、だれ?」 「わかんないけど」 「おばけかもよ」 「ヒィー」  車が通り過ぎて、排気ガスの匂いがする。僕たちは汚れた手足をコンクリートに投げ出して、ぼーっと1日の終

ワスレナヅカ

 ぎこちない動きで、ボールを蹴る足。その人から送られてくるボール、それを小さな僕は必死に追いかける。僕が必死になって追いかけるほど、その人はケラケラと声を出して笑った。僕はそれが嬉しくて、わざと大げさに走ってみたり、転んでみたりする。  次第に泥だらけになってゆき、気づけば日は山々の彼方に沈もうとしていた。ボールがなかなか送られてこないのでふと顔をあげると、その人はもうそこには居なかった。残されたのは、力なく転がるサッカーボールの、長く伸びた影だけだった。 「かーさん?」

傘立て

 ハッと気がつくと降りる駅の一つ前の駅を発車したところだった。イヤホンからは相変わらず、さして聴きたくもない曲がダラダラと流れている。電車の中でいつの間に意識を失っていたようだ。窓の外はすっかり日が落ちて、地平線の方にかろうじて光が覗いていた。今日もまた遅くなってしまった。  気分に反して、今週中にやらなければいけない課題がたまっている。そういうのをなんとなく棚に上げたまま、今日もだらだらと友達と話し込んでしまった。  こうして電車に揺られる間はいつも、帰ってからやることの

秋に舞う

 秋は、見つめていた。容赦なく流れ去る車の群れ。そして、それらを見下ろしながらどこまでも宙を舞った。  秋は二十一歳である。一浪して東京郊外の中堅大学に進学し、来年で大学生活三年目を迎える。ただし、三年生として、ではない。なぜなら、二年生後期の必修科目を落とし、留年が確定したからである。間もなく、「本当の」二年生としての生活が終わろうとしていた。  秋は以前から、ふとした瞬間にあらゆる「流れ」から取り残されている感覚を覚えていた。高校生の時、模擬試験に二日連続で遅刻したり、

コンビニの好きなところ

 どんなに重要だと思っていたり、自分に影響を与えた出来事も、生活の中で思い出すことはほとんどない場合が多い。僕がコンビニまでの道のりで考えていたことは、今日の夕飯のことと、明後日の授業の課題のことと、もうすぐ始まる就活のことだ。  自動ドアが開くと、店員の気の抜けた挨拶が聞こえる。時計の短針は十時を過ぎようとしている。  コンビニの陳列棚に並べられたカップ麺をなんとなく眺めている。ふと我に帰り、横着してはいけないと思う。確か冷蔵庫にはキャベツと、ダンボールに父が送ってくれたジ

髪の毛

「あと一回髪を切ったら、さよなら」  彼女は、長い髪の毛先を自分の眼の前に持ち上げて、僕に示しながらそう言った。彼女の瞳は、ファストフード店の窓から差し込む強すぎる光を反射して光っていた。毛先にわずかに残る、金色。これがなくなったらもう別れる、そう彼女は宣言したのだった。僕はズーーと音を立ててシェイクの残りを吸い上げながら、その瞬間を見届けた。  僕らが付き合い始めてすぐに、彼女は金髪に染めた。 「そんなことする必要あるのかな……お互いもういいなら、すぐにでもいいじゃん」