見出し画像

『天使の翼』第7章(11)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 聖堂の奥、身廊へと歩みを進めるうちに、敵地に乗り込んだわたしの気持ちも少しは落ち着いてきた。それほどこの聖堂の荘厳なスケールは圧倒的で、もし何もなければ、星々をめぐる巡礼の旅人にでもなったような無垢な心映えになれたろう……
 ナルテックスのさらに倍はあろうかという目も眩むようなドーム屋根の高みから、光の柱――ナルテックスのときよりも太くて本数は少ない――が、暗く冷え冷えとした身廊の巨大空間へと射し込んでいる。わたしは、聖堂には、何一つ偶像に類したものが置かれていないことに気付いた。代わりにこの光の柱が、唯一の宗教的な象徴であるかのようだ……この人をして自然と宗教的な瞑想へと誘う空間は、わたしのような信仰心に欠ける者をも――『天使』がそのようなことを告白してはいけないのだが――、何か敬虔な気持ちにさせずにはおかなかった……
 と、シャルルが、わたしのかけた手の指を優しく彼の腕から引き離して、つつと前へ進み出た。
 わたしは、シャルルに倣って、折りしも通りかかった修道女、シスターに頭を下げた。
 「僕らは、旅を生業とする吟遊詩人の姉弟シャンタルとチャールズと申します。もしやここへ来れば、かの高名なる大司教猊下のミサに与れるやも知れぬと思ったのですが?」 
 頭巾に縁取られた面を上げた修道女は、意外と若く目鼻立ちのすっきりとした美しい女性だった。背も高い。彼女は、突然話しかけられてか、硬い表情ながらも、答えてくれた。
 「これはこれは、チャールズ様とシャンタル様。わたくしは、聖堂係のジェーンと申します――」
 何と透き通った声質だろう。でも、とても小さな声で、わたしとシャルルは、思わずシスターの方へと体を傾けた程だ。
 「――旅のお二人には申し訳ないことですが、大司教様は年に数度、それこそ思い出したようにしかミサを執り行われません……」
 そこで、言い過ぎたと思ったのか――
 「何しろ帝国宰相閣下でもいらっしゃいますから……」
 彼女の声は、消え入るようにしぼんでしまい、彼女自身、そのまま立ち去ろうとした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?