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『天使の翼』第7章(9)~吟遊詩人デイテのネバーエンディング・アドベンチャー~

 ナルテックスは、玄関廊というより、それ自体が身廊本体と言ってよい程の広大な空間だった。天井はあくまで高く、遥かに小さく見える多数の天窓から、早朝のまだか弱い光が、無数の細長い柱をなして射し込んでいる……その窓ガラスには何らかの仕掛けがあるに違いなかった――光の柱は、まるでそれ自身の力学で天井を支えてでもいるように、垂直に射し降ろしているのだ。
 シャルルの顔と体は、丁度その光の柱に差し掛かって、幻のように浮き上がって見えた。
 わたしが意図の分からぬ質問に軽々しく答える女性ではないと知っているシャルルは、微かに笑みを見せると、光の柱から出てきた。
 「公爵の前で歌うような事態になった時、曲がりなりにも音楽に造詣の深い公爵だ、いくら姿・名前を変えていても、君の声を聴いた瞬間、前にポート・オブ・ポート・シルキーズで聴いた君の姿を思い出さないだろうか?――もちろん、君の歌を聴いたという前提でだけれど」
 うかつにも、そのことは考えていなかった。
 「分かるに違いないわ!」
 ――わたしは、自分の声に自信がある。個性的なことにも……
 打ちのめされた思いのわたしは、シャルルの次の言葉を待った。
 意外にも彼は、いたずらっぽい笑みを浮かべている……かわいくもあり、からかわれているような気もする――自慢するわけではないが、わたしと対等に渡り合える男性はそうそういないので、ちょっぴり憎たらしく感じた――

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