好きと言う気持ち

ウィーンに引っ越して一週間ちょっと経った。特に何も期待してなかったけど街の空気があってるのかなんか知らないが気持ちは少し明るい。とはいえ全然作業は進まないしほとんどボーッとしているだけなのだが、もう少しで抜け出さればいいなと思う。

好きと言う気持ちについて改めて考えていた。ずっと人と自分を比べる癖が抜けなくて、何かを好きな人の「好き」を見て、好きとはどうあるべきなのかが知りたかった。自分の感覚と他人の情熱の差をみては、私は何も好きなものがないなと思っていた。

結局納得できる答えは自分の中にしかなくて、他人を鏡にして自分をみることはできても、完全に自分と同じような「好き」の感覚を持っている人は誰もいない。いつもこんな文章を書いていてどっかで聞いたことがあるような言葉だなと思って嫌になる。

私の好きの気持ちは弱いと思っていた。別にこれがないと死ぬって言うものなんて一つもない。いつでも全部捨ててどこへでも行ける。ずっと昔から大切にしているものだって、無くなったら困るけど、無くなったって別に生きていける自信がある。

「好き」の気持ちは掴みどころがないので、好きな「もの」を考えていた。コーヒー、旅行、食器、東欧雑貨、布、キッチン用品、刺繍、文房具、鳥、カフェ、猫、ピアノ、インターネットなど(順不同)。まぁ全部なくてもいいもんだなと思う。でもこれらが心から愛しい。

いい年になったから大人になろうとして、好きの気持ちもアップデートしようとしていたけど、結局私の核はそんなに簡単に変わらないようだ。わかりやすいパッションはないけど、なんとなくしみじみ愛でるみたいなものが好きなのである。

こんなのほほんとした好きのあり方はあまり現代に好まれる好きのあり方とは違うだろうが、まぁどうでもいいや。大人なりに必要に応じて何かを好きになろうとしたけど、結局自分の心が反応するものしか好きにならない。余計なものは好きにならないし、必要なものは好きになる力を保ちたい。

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オーストリアで博士学生をやってます。専門は認知科学(認知心理学)。将来の夢は雑貨を売る科学者です。https://atsukotominaga.com/

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  • 13本

ブタペスト・ウィーン滞在中の暮らしについて書いています。2020年9月〜現在:博士課程4年生

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