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(週一冊)論語と算盤・渋沢栄一

毎週一冊と自分の中で定めているのですがこの本、「論語と算盤」を読み終えるのに2週間弱かかりました。

そこまで長い本では決してありませんが、古風な日本語での語られ口調や知らない日本語単語、同じ意味であるが書き方が異なる物などが多く調べるのにとても時間を割いてしまった。その上、渋沢栄一という偉人が成熟した段階で書いた書籍を僕のクルミの大きさ程度しかない脳で熟読理解しようなど安易な考えだった。

だけれども、僕は渋沢栄一という人物についてもともと興味があったし何しろ2024年から新一万円札の肖像にもなる人物のことを日本人として知っておかないとと思いこの本を購読した。

まず、1)にこの「渋沢栄一」という名前は聞いたことがあるがなぜ有名であるのか分からないという人の為に僕が調べて学んだことをシェアしたい。

その次2)で、この「論語と算盤」という本を読み終えて僕が思う渋沢さん(どう呼べばいいのか迷うので以後渋沢さんで進行)が一番大切にしていた志を僕の言葉と本書からの引用で書き出してみました。

そして最後3)で、なぜこの新時代になって渋沢栄一という人物が新一万円札の顔に選ばれたのかその理由とそれが意味することを書いてみましたのでぜひ読んでみてください!

1)攘夷からまさかの幕府に就職そしてパリ万博へ!?

渋沢栄一と聞いたら何をした人物だとまず思いつきますか?

おそらく、多数の人は昔の偉い人とかもし多少知っている人は経済界の大物みたいな感じのことを思う人が多いのではないでしょうか。

なぜ新一万円札になるような人物なのに私たちは彼についての知識が乏しいのか。

それは彼の生き様がそうさせていると言っても過言じゃないでしょう。

渋沢さんはとにかく経験豊富で、ある時は攘夷思想、またある時は幕臣、またまたある時は外国への留学、またまたまたある時は官僚、またまたまたまたある時は実業家

もうどうなってんだって感じですよね。

これなら私達が渋沢さんの本当の正体を知らないのに納得も行くのではないでしょうか。

少し簡単に渋沢さんの生涯を書いてみますね。

誕生

江戸末期に現在の埼玉県のある程度裕福な家庭に生まれました。小さいころから学問好きだった渋沢さんは、数多くの書物に触れ江戸に遊学などしてたくさんの思想家たちとの交流を重ねていった。そのころから幕末の世に蔓延していた攘夷思想、つまり簡単に言えばペリー来航からの幕府の外国への煮え切らない対応への不満から討幕や外国人排除の思想に傾いていた。また、渋沢さんは攘夷だけでなく江戸の身分制度である士農工商(四民)からくる官尊民卑(政府などといった官とされるものを尊いとし、逆に民間をそうではないとする概念)の弊習を何とかしたいと考えていた。とにかく幕府を倒そうという側であった。

攘夷思想からまさかの幕臣

ある時知り合った同士を募って、一つの攘夷計画を立てたけれど仲間の中からちょっと考え直そう的意見が出てきて渋沢さんはその言葉を冷静に汲み取って中止にした。結果はどうなったていたかは誰にも分からないが、渋沢さんが長生きする理由に繋がったのは確かだ。もしそこで、戦いを起こしていたら彼は死んでいたかもしれない。ここでも、渋沢さんは勢いで何かを成すような愚か者ではなく状況を良く把握し冷静沈着に考える力に長けていたのだと分かる。攘夷決行を中止した渋沢さんは、その後色々あって仕えていた一橋家の当主慶喜が将軍職に就くにあわせて幕臣となった。攘夷思想からのまさかの倒さんとしていた側に就職しちゃいました( ´∀` )

攘夷思想がパリ万博に行っちゃった!

渋沢さんは幕臣時代のほとんどをヨーロッパで過ごし、パリ万博で西洋文化に度肝を抜かれます。今まで、排除しようと思っていた西洋文化の煌びやかさと圧倒的進歩の前にどんなことを感じたのでしょうね。

帰国したら幕府が無い。。。

そして帰国したら、まさかの尊王攘夷が完了し朝廷中心の日本になっていたそうです笑 その後、官尊民卑(政府などといった官とされるものを尊いとし、逆に民間をそうではないとする概念)の打破を掲げた渋沢さんだったのに明治2年に民部省租税正として出仕し明治6年まで民部省、大蔵省に籍を置いた。その後、またいろいろ国家予算のあり方で考え方の相違があったり自分がするべきことは民間にあると立志し大蔵省を辞めちゃいます。

その後民間から日本を立て直した「日本資本主義の父」

それ以降は、自分が選んだ民間の立場での活動で最初に日本初の近代的な銀行・第一国立銀行を国立。そして金融関係、製造業、陸運、海運、そしてサービス業にいたるまで、あらゆる分野の企業に関った上でほとんどの企業を一斉にリタイアします。その理由は渋沢さんが、経済界の中で富の独占を最も嫌ったからです。この意味を理解することが渋沢さんという人の本質を理解する時に一番大事になると僕は思います。まず渋沢さん攘夷思想で討幕しようとしていましたよね。その後に、まさかの手のひら返しで幕臣になり留学して今まで嫌悪していた西洋文化を積極的に取り入れようとしだしますよね。その後、政治人など官僚と民間の差を嫌っていたのにもかかわらず自分が官僚になりますよね。そして、官僚を辞め民間事業の発展に貢献する実業家になりました。これらはどれも、見方によれば優柔不断で何が目的なのか分からないです。しかし、彼の軸は攘夷を志した時から実業家として生涯を終えるまで日本という国への貢献と発展それだけなのです。攘夷思想も結局は討幕をし日本の仕組みを変え良くしたいという考えで、官僚になったのも留学を経て明治維新後の日本の不安定な社会を政治で変えようとした。そして、彼が最終的に選んだ自分に最適な方法が民間側から経済の仕組みを一変し国の富を増やし発展させようという考えだったのです。だから、渋沢さんは独占を嫌い財閥の創立にも反対で、会社を設立し軌道に乗る自分の株を売却し次の新しい企業の設立に回したのです。こうすることにより、会社や財閥を作り自分の富を肥やすのではなく日本の近代化・産業化の推進に徹したのです。それは成功も成功、今現在の近代社会経済の基礎を作り上げたのですから。渋沢さんが生涯関係した企業の数は、約500と言われていそうです!

そんな渋沢さんが成熟した70代で書いたこの「論語と算盤」だから今でも主に経済本として注目されています。

ですが、これ経済本というよりも渋沢さんの明治維新後の人生観と不安定な日本での道徳と経済という混同することのないこの2極をあえてミックスした自分の価値観を述べています。だから、本書の冒頭ではこの本は人生論でもあり、人間論でもあり、経営哲学でもあり、そして経済(算盤)と道徳(論語)を説く道徳論でもあると言っています。


2)道徳と経済

「論語と算盤」を読み解くうえで僕が重要だと思うことはこのタイトルの背景から見える維新後の日本を理解しておくことだと思うのです。

「算盤」と聞いて理解できるのはいいとして、「論語」とはなんぞやという未読の人は多いと思う。

論語とは古来中国で生まれた儒学という宗教の中に存在する四書、「論語」「大学」「孟子」そして「中庸」この4つのキリスト教でいう旧約聖書や新約聖書の様なものです。そして、論語も聖書のように一人の人物が書いた物ではなく孔子という中国の思想家であり哲学者でもあった人物の弟子たちが孔子の死後彼との会話や言葉を綴り残したものです。

この本のタイトル「論語と算盤」の論語は道徳(宗教)を意味し算盤は経済(利益)を意味しています

とても不思議かつ理解しがたいタイトルですよね。

なざなら、道徳と経済は全く違う分野であり普通は分けて考えるものであるからです。

しかし、この2つを分けて考えては利益を永続的に上げ続け国を繁栄させることは出来ないというのが渋沢さんの考えであり、この本の意義なのです。

それでは、僕が個人的にこの本で一番理解しておかなければならない重要なポイントを一つみなさんにシェアします。

まず、江戸時代日本の国教を少し。

江戸時代に「朱子学」という宗教が初代将軍の徳川家康によって再興され、幕藩体制の基礎理念として幕府公認の学問となります。

朱子学=「理」や「礼」を重んじる宗教で、すなわち簡単な言葉でいうと権威に従い秩序を重んじる教えなのです

なんとなく江戸の時代の身分制度を考えると幕府が朱子学を国教にした意味が理解できますよね。

渋沢さんが嫌った士農工商の四民制度です。

統治する側にとっては都合が良いものです。

江戸時代、四民でいうところの「士」つまり武士だけがこの朱子学を深く学ぶことが許され教育の機会があったそうです。武士は主君を敬うことが当たり前とされその根本はありがたいとされる朱子学からきていたということです。その一方で、「農工商」つまり農民、商人、職人と言われる人たちは自分または自分の家族が生活出来るするだけの金銭をためる精神しかなく教育や宗教など縁もゆかりも無いものでした。武士からは金銭にしか興味がないいやしい者達と見られ蔑まれていました。

そして、尊王攘夷により明治維新が起こり武士という身分が消滅した日本に残るのは、

そう、農工商の分野だったのです。

江戸の身分制度の基盤ともいえる士農工商の中で

武士=朱子学=道徳の為の道徳つまり渋沢さんの言うところの空理空論崇められるが役に立たない

農工商=経済=貪欲に生きるための貯蓄金銭を念頭に置いたつまり個々に役に立つがいやしく全うではないないとされることが多い

四民の「士」江戸幕府が定めた国教つまり朱子学が排除され日本に残されたのは道徳のないただただ拝金主義的経済つまり国の富や繁栄を促さない仕組み。

渋沢さんの言う、明治維新後の道徳(宗教)が抜けた日本の拝金主義経済界(商業界)=「金の亡者」や「守銭奴」を意味しており故に今でいう経済至上主義とは少し意味が異なる物なのです。

経済至上主義はどんなに個人の利己的思考で動いていてもその念頭には経済界全体の向上が少しでも促されるものである。しかし拝金主義の中では、個人は純に個人の富だけを貯蓄し続け社会全体の豊かさを促そうとわしないものなのである。

ちなみに拝金主義はキリスト教文化圏内でもいやしい物とされていて、英語では「mammonism」となり「貪欲」や「強欲」とされ七つの罪源の一つとされている。

渋沢さんは何よりも富の独占を嫌悪し国の繁栄には富の共有が大事だと説いていると説いています。そんな彼が、官僚の座を捨ててまで実業家に転向したのは、明治維新により精神的面の支えを失った日本経済は個人の収益もしくは金銭独占が軸となってしまい国の富または繁栄は希薄だと悟ったからなのだ。

渋沢さんはこの本の中で何度も、道徳と経済という全く交わることのない分野を繋げること、つまり道徳(徳育)を学ぶことによりこの拝金主義・利己主義の抑止に繋がると主張している。そして、この2つ(道徳と経済)を繋げる役割として渋沢さんは己が幼少の頃から親しんで常に己の真としている儒教を選択している。儒教といえば幕府が採用した朱子学も儒教であるのだが、渋沢さんの儒教は朱子学流の物とは異なり儒教そのものつまり純粋な儒教古典すなわちこの本のタイトルでもある「論語」なのである。

3)なぜ今新札に渋沢栄一なのか

本を読み終え、ある程度渋沢栄一についての理解ができたうえで僕は個人的になぜ今渋沢栄一が新一万円の肖像に選ばれたのかについて少し調べてみた。

するとまさに僕の疑問について多大なるヒントを示してくれている人が既にいました。なのでその人のブログのURLをここに添付しておくので興味があれば飛んで見てみてください!

東洋経済ONLINE:渋沢栄一が新1万円札の「顔」になる重要な意味
キャッシュレス時代だからこそ考えてほしい

そのブログから得たヒントと僕が個人的に考えた渋沢栄一の道徳教育と経済この2つの関係性とこれからの社会について書き今回の僕の一週一冊のnoteの締めにしたいと思います。

まず、今までの日本の紙幣で経済人が肖像に用いられたことは一度もなかったのは知っていますか?

ではなぜ今渋沢さんなのか?

それは、今の社会で生きる私たちの労働の仕方への警鐘になるからじゃないか、むしろそうであって欲しいと僕は思いました。

どういう意味か。

つまり、今の時代僕たちは会社に行き稼いでは使い稼いでは使い。いくらあっても足りない。いつまでたってもどれだけ稼いでも安心できない。個人や各会社各々の利益の為だ皆もやっているなどという汚職事件がたびたび報道される。

これは渋沢さんのもっとも毛嫌いする所業である。

渋沢さんの提唱した「合本主義」(がっぽんしゅぎ)つまり、シンプルに一個人が巨万の富を有するのではなく利益を分け合うという考え方。会社的に言うならば、もちろん自社の利益をこの資本主義の中で考えるのは言うまでもないが、それと同時に社会の発展を実現するために必要な人材と資本を合わせて、事業を推進するという考え方も必要であるということ。

しかしなぜこれらは必要か。

それは、今日謳われる持続可能な社会の実現に通づる所があるからだと思うのです。

渋沢さんは本書で「仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ。ここにおいて論語と算盤という懸け離れたものを一致せしめることが、今日の緊要の務めと自分は考えている。」(p22)と言っている。

合本主義は社会全体人々の幸福を永続的、今でいう持続可能な富で目指す考え方であり、それは汚職などの道理にかなわない物の上には決して成り立てはしない物であると僕たちの今の社会への警鐘なのだろう。

持続可能な社会は、一朝一夕の努力では決して達せられるものではない。

だけれども、渋沢さんの言う道徳教育で考える正当な道理を算盤上つまり経済社会の中で見つける事が出来れば日本はもっともっとこれから世界を引っ張れる程の国になれるはずだ。

2024年新一万円札で渋沢さんを見て僕たちは、渋沢さんに胸を張って今の日本を自慢し誇れるくらいになれるのだろうか・・・

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英語の勉強と本を読むのが最近の趣味です🧠 アメリカ留学(2016年~ )
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