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もう一度,結果が再現されないとね

心理学は危機を迎えているのだそうです。

実験結果の再現性は高くなく,教科書に書いてあるような「当然の研究結果」も見直さなければならない状況が増えています。心理学を教える側にとっては気が気ではありません。教えている内容が「実は本当ではありませんでした」ということも起きてくるからです。

それだけでなく,それまで当たり前のように行なっていた研究の進め方自体がQRP(疑わしい研究実践)と呼ばれて「問題がある」と言われるようにもなっています。

どんな問題があるのかを知りたい方は,この『心理学の7つの大罪』という本を手にとってみてください。

とはいえ昔から

とはいえ,こういう研究の危機のような状態というのは,今に始まったことではありません。

心理学だけではなく,多くの変数を一度に扱わなければならないような科学的手続きを使う学問は,研究手続きが統計手法とコンピュータの発展に支えられています。ということは,まだまだ今のような研究をとりまく状況になったのは歴史的にみて最近のことなのです。私が学生の頃と今とを比べるだけでも,研究に使えるツールも研究を取り巻く環境も劇的に変化しています。

研究をとりまく状況がどんどん変わっていて,以前は「当たり前」だったことも,今では「それはありえない」という判断に変わっていきます。それが正常な状態です。

もう終わり

そして,心理学という学問には,これまでも何度も「もう終わり」だと言われてきた歴史があります。1970年代に書かれた本を読んだ時にもそういった表現を見かけたことがありますし,私が学生の時にも「きっと他の学問に取って代わられる」という話は何度も耳にしましたし,最近も「脳神経科学に取って代わられる」とか「すべて行動経済学に置き換わる」とか……何十年も前から繰り返し書かれているのです。

それらを読むと,もうとっくに心理学という学問は「終わり」になっていそうなものです。なのに,現実は全くその逆で,まだまだ多くの研究者や学生が世界中で研究活動を行っています。アメリカ心理学会だけでも世界で12万人前後の会員がいますし,学問の中でも一大勢力を保っています。

何でも取り込む

心理学の特徴って何だろうとあれこれと考えてみてひとつ思い当たることは,心理学の節操のなさといいますか,良い言い方をすれば研究方法上の柔軟性であるように思います。

とにかく新しもの好きなのです。どこかで新しい方法を知ると,すぐに「それを使ってどういう研究をしようか」と考える傾向があります。それは,統計手法でもそうですし,新しいテクノロジーやツールでもそうです。新しい道具が出ると,すぐにそれを使った「こんな研究ができますよ」というシンポジウムやワークショップが学会で開かれます。

先ほど述べたように「これから心理学は○○学に置き換わっていくだろう」とよく言われるのですが,むしろ心理学からそこに出て行って測定に使うようになって,周辺の研究領域と共同研究をしてどんどんとテリトリーを拡大していく傾向があるのではないか,というのが個人的な印象です。

反省好き

そして心理学は「このままではいけない」と反省するのも大好きです。いやそれは悪いことではなく,むしろ良いことなのですが。

学会に行くと必ず目にするのは「これではいけない」「このままでいいのか」「いかがなものか」ということに主眼が置かれたシンポジウムやワークショップです。昔から,方々の学会に行くとそういうセッションがあって,時になんだか説教をされているような気がしてしまって......という印象を抱くことがありました。

「これではいけない」「こうすべきだ」という話は,少なからず反発を生むものです。でも結局は,少しずつ変わっていくものではないでしょうか。

注記2019/11/3
記事にコメントをいただいてそうだよなと思ったのですが,節操がなく反省好きなのは心理学だけの特徴ではありませんよね。それらは学問そのものの特徴だと思いました。程度の差はあるかもしれませんが。

全体の流れを見れば

昔は当たり前のように行われていたことでも,今の研究の進め方から見ると「それでいいの?」と思ってしまうようなことがあります。その時はその方法が「当然」で,でもその時に先に進んでいる人がその場で観測していると「もうダメかも」と思うかもしれません。でも,全体の流れを見ると変わっていくものなのです。

これまでもそうやって研究の進め方は洗練されてきたのですから,これからも変わりながら研究活動が続いていくのではないかな,と思っています。

そして,変化していくためには研究者を取り巻く環境も変わっていかなければいけません。思い出すと,研究倫理の申請をするようになっていったのも,大きな変化でしたよね。最初の頃は反発も大きかったように思います。でも,その環境の中で工夫するようになっていきました。

研究者は研究者自身が行う研究のプロセスを自覚して透明性を高め,シニアの研究者は時代が変わっていることを自覚して若手を指導し,研究の評価方法もより妥当なものへと進化させ,面白い研究の紹介記事の裏には実際にどんな研究が行われているのか興味を持ってもらって,突飛な研究には相当な証拠が必要なことを研究者以外の人たちも理解し,派手な研究成果は多少疑って再現性の報告を気にして......と,全体が変わっていくことが必要だということが,本の最後に書かれています。

再現可能性と反復可能性

ちなみに,reproducibility(再現可能性)とreplication(反復性)という言葉があって,ちょっとややこしく感じます。また,研究者によっても整理の仕方は変わってくるようです。このあたりについてはあまり詳しくないのですが……。

たとえば,次の3つの分け方です。

◎方法の再現可能性(Methods reproducibility):もう一度同じことができる
◎結果の再現可能性(Results reproducibility):同じことをしたら同じ結果になる
◎推論の再現可能性(Inferential reproducibility):結果から同じことが考えられる

また,別の分け方もあるそうです。

◎実証的再現可能性(Empirical reproducibility):同じことをもう一度することができる情報がすべて示されている
◎計算/統計的再現可能性(Computational and statistical reproducibility):研究,分析,計算などをするツールが提供されている

再現可能性という言葉を使うのをあえて避けて,反復(replication)という言葉を使う考え方もあるそうです。別の枠組みということなのでしょうか。

◎分析的反復(Analytic replication):もとのデータをもう一度分析して同じ結果になること
◎直接的反復(Direct replication):同じ条件や材料を使って同じ結果を得ること
◎体系的反復(Systematic replication):異なる条件を使っても同じ結果になること
◎概念的反復(Conceptual replication ):一般化可能性を示すこと,たとえば別の場所や別の材料を使うこと

人間って,何かを考えると必ずといっていいほど,こういうふうに分類するものです。そして,時にその分類はなかなかクリアにはいかないことが多そうです。再現性や反復という概念についても,同じことが言えそうです。とはいえ,おおよその意味は押さえておきたいですね。

社会心理学研究

社会心理学研究に,今回の記事で紹介した本の書評が掲載されました。今回の記事の下書きは,この書評を書いたとき執筆したものです。

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