見出し画像

5/1 神戸市立医療センター中央市民病院 (N=1,000)受診者の抗体検査結果 (追記あり)

湯地晃一郎先生から教えていただいたMedrxiv (未査読の論文)の抗体検査結果。

概要は以下の通り。外来で血液検査を受診した人の保存血清から、ランダムに1,000人を抽出して抗体検査を行った結果、33人 (3.3%)が陽性であった。性・年齢分布で調整すると、陽性割合は2.7%と推計された。

スクリーンショット 2020-05-02 11.48.28

結果は?

性・年齢別のサンプル数と検査結果は以下の通り。 (論文のTable 1,2 を再構成)

スクリーンショット 2020-05-02 12.22.53

素の値では1000人中33名 (3.3%, 幅持たせて2.3 - 4.6%)が陽性、神戸市の人口分布で調整すると2.7% (1.8% - 3.9%) が陽性となる。

これを神戸市全体 (人口151万人)に当てはめると、抗体保有者は5.0万人 (幅持たせて3.4万 - 7.0万人)となる。

対象集団の選び方は?

対象者は病院の外来受診者で、血液検査を受けた人。論文中のmethodsには、
"Tests were done for randomly selected preserved serum from patients who visited outpatient clinics of the hospital and received blood testing for any reason." 
とあるので、抗体検査のために改めて採血を行ったのではなく、もともと採血をしていて(保存されていた)血清を使って抗体検査を行ったと解釈できる。
一昨日のクリニックでの検査は、「(有料の)抗体検査を希望してやってきた人」が対象なので、ハイリスクの人にどうしても偏る。
 こちらは通常の病院受診者なので、より一般の人に近くなる。もちろん、「総合病院を受診して採血を受けている人」以上、何らかの全く健康な人とはやや背景が違うので、その意味では限界はある。
 なお中央市民病院ではCovid-19の院内感染が発生しているが、最初の確認症例が4/9であること、今回の血清の採取日が4/7までであり、なおかつIgG抗体 (発症から抗体ができるまで2週間程度かかる)を検出していることから、影響は小さいと考える。

検査キットは?紛れ込みと誤検出は?

 クリニック検査と同様、クラボウの検査キットが使われた。カタログ上は陰性判定率(特異度?)100%となっており、紛れ込み(抗体を持っていないのに陽性となってしまう)の可能性はゼロとなる。よくこのキットに関して言及される国立感染症研究所の検証結果埼玉医科大学の検証結果は、いずれも「抗体を持っている人をちゃんと検出できるのか?」、すなわち見逃しに関する検証で、紛れ込みについては情報がない。
 今回も含めてさまざまな抗体検査は、「世の中全体としてどのくらいの人が抗体を持っているか?」の探索を目的とする。

感度が低ければ抗体を持っている人を見逃すことになるので、実際よりも値は低く出る。特異度が低ければ、本当は持っていない人の紛れ込みが多く発生し、実際よりも値は高くなる

スクリーンショット 2020-05-02 12.10.03

抗体保有者を感染者とみなすと、死亡者を感染者で割り算した致命率は(確定診断者<<抗体保有者であるため)低くなる。

スクリーンショット 2020-05-02 12.13.01

とくに、結果を出口戦略(どのように規制を解除していくか)に使う場合は、特異度が低いと紛れ込みが大量に発生し、抗体保有状況が過大に見積もられることになる。特異度を見るためには、感染していないことが明らかな人(例えば、Covid-19の流行前に採取したなど)の血清が必要なため、患者の血清を使える感度の評価よりも難しい。ただ、今後さまざまな状況でクラボウ検査キットによる評価がなされるならば、カタログスペックの"100%"をそのまま使うのではなく、何らかの追加情報が求められるところ。

研究の解釈と限界は?

論文中に、上に述べたような「感度と特異度の情報が十分でないこと」「総合病院の受診者を対象としているので、性・年齢で調整してもバイアスは残ること」に加えて、これまでも指摘されてきた「通常の風邪コロナウイルス誤検出の可能性は情報がないこと」の3点が限界として触れられている。
将来の展望として、受診者ではなく、市民を対象としたランダム抽出による検査が望まれる、としている。

倫理面の課題 (やや専門的)

今回の研究は、倫理委員会の承諾を得て実施したとの記載がある。一昨日のクリニック調査でもやや話題になったところだが、「通常の診療行為」と「研究」との間の線引きは、常に問題になるところ。

スクリーンショット 2020-05-02 12.56.29

非常に単純化すると、上の1番と2番は「通常の診療行為」に、3番が研究に該当する。研究の部分が「3番目」とすると、クリニック研究では「検査結果の集計」、神戸市民病院研究では「保存されていた血清(倫理指針の用語では残余検体)を用いた検査と結果の集計」になるので、被験者の身体に危険が及ぶ可能性 (侵襲性)は小さくなる。また、「研究のために薬を投与する(しない)」のような、診療行為に影響する要素もない (介入ではない)。侵襲性がなく、介入もない場合、「研究参加者に研究内容を説明し、同意を得るプロセス (インフォームド・コンセント)」などを簡略化できる (常に不要、という意味ではないので注意)。多くの場合、倫理審査そのものも簡略化 (迅速審査)となる。


追記: 実際に求められる手続とは?
中村ゆきつぐ先生・大野智先生にご示唆をいただき、今回の(神戸市民病院研究)研究に関してどのような同意取得が必要かを議論した。むろん、公開情報のみに基づく以上、あくまで推測ベースである
どのような同意取得が必要かは、ここまでの「侵襲性があるかないか?」「介入があるかないか」に加えて、「新たに得た試料か、すでにある試料か」の3つの基準で決まる。以下、東大病院の規程を例にフローチャートを示す。

200503倫理規程新規

色で示すように、同意取得の厳しさとしては
文書での同意>口頭での同意+書面の記録>適切な同意>オプトアウト
となる。オプトアウトの場合は、個々人から同意を得る必要はなく、研究の内容を通知・公開した上で、「データの利用を希望しない場合」に申し出る形になる。

神戸市民病院は、オプトアウトの形で進める研究の一覧を公開している。

この中には、今回の研究にあてはまるものはなかった。そのため、
「既存の試料 (採血した検体)を用いる研究」→「ヒト試料あり」→「同意手続は(過去に受診した患者なので)困難」→「匿名化されているため、オプトアウトも不要・同意取得も不要」のラインが最も「ありうる」形と考えた論文中にも、「性・年齢階級以外の情報を消して匿名化した試料を」…のような文言が見られ、匿名性が保たれることは伺える。


もちろん、あくまで外野(=筆者)からの「このような形が一番自然?」の推測にすぎずこの研究がこのフローに従ってなされたかどうかは分からない。あくまで、思考実験に過ぎないことは、お断りしておく。

(追記終わり)


どのような研究であれ、バイアスを最小化するためには、「やった群とやらない群との比較」など、通常の診療とはかけ離れた状況をつくることが必要になる。その分、倫理面のハードルは高くなる。通常診療の延長上で行えばバイアスは大きくなるものの、そのぶん倫理面のハードルは低くなる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?