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思想家はいかなる時代を生きたのか

「思想史を教える・学ぶ」って難しいよなぁ、という備忘録的な話です。

先月、とある学校の教員採用選考を受けました。当然模擬授業もあったのですが、何とそのテーマが「環境倫理」。環境倫理は今まで回避してきたテーマだったので(上手く題材を選んでコーディネートしないと「地球に優しくしましょう」みたいなお仕着せの授業で終わってしまいかねない)、覚悟を決めてこの機会に少し勉強してることにしました。
その過程で知ったのが、ハンス・ヨナス(1903~93)という思想家の「未来倫理」という考え方です。ヨナスは倫理の資料集に若干記述があるくらいの思想家ですが、「未来の世代、まだ見ぬ世代への責任をどのように基礎づけるか」という問題提起は重要だなと感じたので、最後のオチで未来倫理という考え方を紹介する構成で模擬授業を作ってみました。(ちなみに、メインの部分は悩んだ挙句気候工学に関するワークにしました)
そして、模擬授業終了後。「ヨナスの未来倫理の話をしたけど、なぜ未来倫理ということを主張したのか背景を全然知らなかったな…」と気になったので、最近出たばかりのこの本を手に取ってみました。

アーレントとヨナスの生きた時代や両者の関わりを丁寧に描きながら、二人の思想の特徴や変遷、相違点について解説している本です。もちろん、第二次世界大戦やアイヒマン裁判についても言及されています。また、二人の思想に共通する問題意識として、「全体主義」「テクノロジー」という主題に着目しています。
思想家をダブルキャストで取り上げた本というのも珍しいですが、各々の思想が編み出されていった時代背景が流れで理解できるようになっている点で良書だと思います。そして、この本を読んだ時に、「思想家がどのような時代を生き、どのような経験をしたのかがある程度飲み込めないと、思想史の学習も結局はただの用語暗記になってしまうんだなぁ」ということを今更のように感じたのでした。
高校の倫理の教科書には約200人の思想家が登場しますが、その全員について時代背景をおさえながら解説し、体系的な理解を目指すことは不可能に近いと言って良いでしょう。とある知り合いの公民科教員が「今の単位数など考慮すると、”思想史を教える”ことは諦めざるを得ない」という話をしていたことがありましたが、つい頷きたくもなってしまいます。(もちろん、試験対策としては全員の思想家を駆け足でも扱わないといけないのですが…)

そんなモヤッと感を抱きつつ、西洋近代思想史の3日間集中講義を先週やらせてもらいました。デカルト・カント・ヘーゲルという巨人達の思想を2時間×3日で高校生相手に解説する、という(我ながら無謀な)集中講義でした。ちょうど上記の本を読んで時代背景の重要性を実感していた折だったので、できるだけ時代背景を意識した構成にしてみました。具体的には、「デカルトは三十年戦争や科学革命とどう関わっていたのか」「ヘーゲルはフランス革命をどのように経験したのか」というような前置きを丁寧にしてから思想の解説に繋いでいきました。
※哲学専攻ではない自分にとって、カントとヘーゲルは荷が重すぎたので、解説本にはかなり救われました。特にこれら2冊のおかげで、ようやく自分の中で少し咀嚼できるようになった感じです。


この時代の背景は世界史で三十年戦争やフランス革命などを習っていないと分からないですし、世界史で一度習った生徒でも「16世紀から17世紀にかけて、西欧諸国はどのような変化を経験したのか?」「フランス革命とは西欧諸国にとってどのような出来事だったのか?」といった問いには上手く答えられていませんでした。こうした問いを通じて思想の土台を共有することで、「なぜカントやヘーゲルを今学ぶのか?」「カントやヘーゲルの思想は現代にどう活かせるか?」など、過去の思想を学ぶ意義をより明確に考えられるのではないでしょうか。歴史の授業(特に世界史)とも上手に連携しないといけないな、と改めて感じた次第です。
その点、20世紀は時代背景がイメージしやすく、リアリティも持ちやすいんですよね。例えば、「WW2を経験したアーレントがナチズムや全体主義について考察した」というストーリーは非常に分かりやすいので、単独でも解説しやすかったりします(今年度の中学公民の授業でも、『ハンナ・アーレント』を視聴して「悪の凡庸さ」について取り上げました)。そういう事情もあって、今までの倫理の授業では20世紀の思想家をスポットで取り上げてお茶を濁してきた部分も若干あるのですが、近世~近代の思想史も覚悟を決めてちゃんと扱えば十分学ぶ価値を実感してもらえるなと思いました。あとは時間数との勝負。

なぜ思想史を高校生に教えるのか。そして、それは2単位の必修科目でどれだけ実現可能なのか。もう教壇に立ち始めて5年目になってしまいましたが、若手公民科教員の挑戦はまだまだ続きます。

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