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夫の好きなところを100個書いてみた

ノースリーブのルームワンピースを着て、夜の深い住宅街を歩く。少し前まで、夜の外出には薄手のカーディガンが手放せなかったのに、微かに吹く風の温もりは、すっかり夏だった。

右側、半歩先を歩くのは、私よりも幾分ラフな格好をしている夫。伸びた髪をわしゃわしゃと弄んでは、たまにこちらのほうを見て、それとはなしに歩調を緩ませる。二人のほどよい距離感の裏には、いつだって彼の努力がある。

夫と結婚して、一年が経った。

付き合って6年目の朝にプロポーズされ、私の誕生日である6月9日、晴れて夫婦になった。

はじめて迎える結婚記念日。この一年間の夫婦生活を振り返りながら、どうにか夫に感謝の気持ちを伝えられないものかと考えていた。

プレゼントを贈ったり、手紙を書いたり、アルバムを作ったり……あらゆる手段が頭を巡ったけれど、どうにもしっくりこない。

優しい夫のことだから、きっと何を選ぼうとも喜んでくれる。だけど、初めての結婚記念日に贈るものは、せっかくなら、お互いにとって”初めて”のものがいい。そのほうが、何倍も新鮮で、二人の記憶に残るだろうなと思ったのだ。

彼が初めて贈られるもの、私が初めて贈るもの——。

頭に浮かんだのは、「夫の好きなところを100個書くこと」だった。

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「あのさ、やりたいこと100個ある?」

二か月ほど前、ふたりでお風呂に入ってるときに、夫にそんなことを尋ねられた。

それに対してどう返事をしたのか、重ねた会話の内容は覚えていない。気づけば、次の週末にA4のノートを用意して、折りたたみ式の小さな机で横並びに座り、「2020年にやりたいことリスト100」を夢中になって書いていた。

たまに相手のリストをカンニングして、「その案いいね。もらっていい?」なんて言いながら一つ、またひとつと、ノートの空白を埋める。

なんとか形になったところでお互いのリストを見せ合い、感想を交わし合うなかで、心のどこかが綺麗に整理整頓されていく感覚がした。同時に、今までぼんやりと考えていたことを、目に見える形に置き換える気持ちよさが、身体中をすぅーっと突き抜けていく心地さえもした。

あのときの記憶と感覚を手繰り寄せるように、私はリビングの戸棚から無印良品で買ったノートを取り出し、先の丸まった鉛筆を手に取る。

まっさらな紙に初めて筆を下ろすと、指先にわずかな緊張感が宿るのを感じた。ページの真ん中に彼の似顔絵を書き、ひとつ呼吸を整える。

左上に「夫の好きなところ解剖図100」と書き記し、あとはひと思いに鉛筆を走らせた。

交際を始めてから7年間。出会った日から今日までのことをポツポツと思い出し、彼に惹かれた瞬間のことを一つひとつ書き留める。


落ち込んでると、なぐさめてくれる。

好きなことに投資することを厭わない。

仕事の資料をつくるのが上手い。

手抜き料理でも、がっかりしない。

思いやり運転ができる。


真っ白だったノートが、少しずつ、でも着実に彼への「好き」で埋まっていく。

これまでの人生、勉強や仕事、プライベートでも数多の文章を書いてきたけれど、こんなにも自由で、温かくて、楽しくて、一分一秒でも早く届けたいと思った文章は、初めてだったかもしれない。

正直、書き始める直前までは、彼の好きなところを100個も書けるか心配だった。

けど、一度書き出してみれば、最後まで鉛筆の動きは止まらなかった。

むしろ、書き終わったあとに、あれもあるな、これもあるなと書き足したくなったくらい。(今回は100個と決めていたので潔く諦めた)

夫への感謝と想いで満たされた、A4ノートの2ページ。記念日までは、あと2週間だった。

当日、私たちはお互いに仕事を休み、レンタカーに乗って、普段は行かないようなお店で、背伸び感のあるフルコースのランチを食べた。

ふたりの大好きな880円の台湾ラーメンを食べに行く選択肢もあったけれど、私の誕生日でもあるからと、彼が予約してくれたのだ。

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お昼を食べ終え、ショッピングモールで買い物をし、駅前の洋菓子屋でケーキをふたつ、スーパーで夕飯の材料を買ってからアパートへ。

自宅に着いてリビングの時計を見ると、夜の6時を回っていた。

一通り荷物を整理したあと、夕飯の準備をしようと台所に向かう彼。本当は一日の締めくくりに見せる予定だったのに、こんなときでも私はせっかちで、「見せたいものがあるの」と彼の腕を引っ張る。

不安と期待が入り混じったような顔で、こちらの様子を伺う彼。無印良品で買ったA4ノート、ひときわ皺の寄ったページを開いて見せる。

夫は2、3秒ほど固まり、目の前にあるものが何か分かった瞬間に頬を緩ませ、新しいおもちゃを買ってもらった子どものような顔を見せた。

「なんでこれが好きなの?(笑)」

意外な項目も多かったようで、彼は一つひとつに目を通しながら、私の説明に耳を傾け、終始照れ臭そうな表情でノートを眺めている。

そんな夫を隣で見ながら、「やっぱり、この人と結婚できたことが人生最大の幸福だな」と、心の底から思った。

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あのノートを書いてから3週間以上が経つけれど、結婚記念日が終わったあとも、すぐ手に取れる場所に置いて、たまに読み返している。

彼にはいいところが山ほどあるのに、自分が疲れていたり、落ち込んでいたりすると、そのすべてを無視して傷つけてしまうことがある。いっときの不安や怒りに、いたずらに感情をかき乱されることも少なくなかった。

まだ一か月も経っていないけれど、このノートを側に置くようになってからは、無闇に夫に不満をぶつけることも減ったように思う。

「夫の好きなところを100個書き出す」という体験は、もしかしたら、私にとってのメリットのほうが大きかったかもしれない。

来年の結婚記念日は、ささやかな結婚式を挙げる予定だ。世界がどうなるのか、先行き見えない不安もたくさんあるけれど、それでもふたりの生活は変わらず続いていくし、夫の好きなところは増えていくのだろう。

私はその一つひとつをちゃんと見つめ、自分の言葉で書き残していきたいと思うのだ。

無印良品のA4ノートが、何冊あっても足りないくらいに。

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滋賀県生まれ、愛知在住のフリーライター 。「IDENTITY名古屋」編集長、sentenceコミュニティマネージャーをしています。好きなものは、夫とカフェラテ。ストーリーを大切にした、あたたかい文章を届けたいです。

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だいすきな夫との、ゆるい生活日記。

コメント (1)
コメントがないのが不思議です。
私はあと数年で結婚50周年を迎えようというのに、100個は無理かもしれません。
カミさんは空気のようなものでなければ窒息です。1個で全て完結です。(笑)
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