ラストダンスの機会を寄越せ 勇者を待つ者

前回のあらすじ

落とし穴に落とされたジャックとゴブリンたち、落とし穴の先には、トゲとおびただしいまでの魔族の骨があったが、無事にそこからジャックは脱出した。その後城の中をさ迷い、魔王によって多くの魔族が遊び殺されていたことを知る。そして辿り着いた食堂で、ジャックはメイドと魔王の実子たちが魔王から受けていた仕打ちを知るも、死体に仕掛けられていた罠により、食堂が爆破されたのだった。





「ゲフッ、ゲフッ…!カフッ…」

無理やり、体を瓦礫の中から起こす。

あの爆破の際、無理やり即席の結界を生み出したものの、防げたのは爆炎だけ、衝撃波も、瓦礫も、「飛んできた」ものは何も防げなかった。


そう、この、槍も。

俺の腹のど真ん中を貫いた槍を。


銀色だったであろう槍、おびただしい肉片と血、内臓に塗れている槍。

おそらくは、死体の内のどれかに潜ませていたもの、僅かに感じる魔力から、対象への追跡を行う魔法がかけられていたのだろう。

ならばなぜ、心臓や脳を狙わなかったのか

……俺を…殺さないためだ。


「カハッ…」

血の塊を吐き出しながら、いくつかの体にかけた魔法を解き、圧し折れた四肢の治療を行う。

あの魔王は、俺が死のうが生きて城から出ようがどうでもいいのだ。

だから、ギリギリ俺が死なないであろう罠を仕掛けてくる。

俺が対応できるであろう罠を。

あのゴブリンどもは、とてもじゃないが俺と戦えるような強者ではなかった。

だが、奴に叩きのめされた俺なら万に一つ、殺せたかもしれない。

この、食堂だった場所に来るまでにあった全てがそうだ。

だからこの槍は即死しないであろう腹を貫き、毒も呪いもかかっていない。

「ぐぅっ!アぁッ…!」

四肢が動くようになったなら、次は槍だ。

無理やり磔にしている槍を、引き抜き、内臓から治療を行う。

鎧はあの爆破と槍でもう使い物にはならなくなった。

まあ今の俺には使えないのだが。

「フーッ…なんとか、治ったぞ…」

息を吐き出し、立ち上がる。

鎧がない分立ち上がりやすいが、可能な限り、胸当てか何かを身につけなければ…

再び魔法を体にかけ、歩き出そうとした。

「…なんだ?この魔力は?」

だが俺は、歩かなかった

通路の奥から、妙な魔力が垂れ流されているのを感じるのだ。

魔王の魔力に近いものを感じるが、本質的には何かが違う、そんな奇妙な魔力だ。

「…誘っているのか?」

現状、城から出る手掛かりはゼロだ。

迷宮化の核も、出口も見つかってはいない。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず…とはどこの国の言葉だったか」

俺は、その間力を辿り始めた。


魔力は、おそらくは俺を目掛けて出したものなのだろう。

一本の道のように、迷わず俺のところまで来ていたのだ。

窓を越え扉を越え、時には隠し扉をも越えて。

そして、その魔力の大本がいるであろう部屋の前まで来た。

扉一枚隔てただけの場所だ、だから、扉の向こうに、凄まじい力の何かがあるのを否応なしに感知してしまう。

剣を、片手に構える。

おそらくはこの力の正体と戦闘、あるいは破壊をすることになる。

俺は、扉を開け、中に入った。


そこは、一面真っ白な場所だった。

いや、この部屋を満たす出鱈目なまでの魔力が、俺の目を曇らせているのだ。

少しすると、目が慣れてきて、『それ』を見つけた。

広い部屋の天井、中央にある灰色の球体を。

「アレはっ!」

そいつは所々がびくびくと波打ち、解放されるのを今か今かと待ち構えている。

俺は、あれを知っている。


『やめろ!君がそんなことしなくたって俺が!俺がっ!』


『    』


魔王の…魔法…

糞が…魔王も女神も糞ったれだ…


「来たか…勇者…」

あの球体の真下から、声が聞こえた。

そこには老人がいた。

粗末な椅子に座り、スーツを着たオールバックの老爺が、苦し気にそこにいた。

「俺を呼んだのはアンタか」

剣を、その老爺に向ける。

「然様…私はゼイン…あの化け物が殺した…王、クライハルト様の執事をしていたものだ…」

ゼインは、脂汗を流しながらそう言った。

「貴殿に三つ…頼みたいことがある…一つは、私の足元にある魔方陣を…破壊してほしい…」

ゼインを中心に、複雑な魔方陣が、描かれていた。

「こいつはなんだ」

クライトが持っていた本にもなく、俺が知っている限りの裏の代物でもない陣だ。

「これは…初代魔王ローランスが、異界より怪物を呼び出そうとした魔方陣だ…あの化け物は、これで異世界に飛ぼうとしている…」

「まさかこのまま逃亡しようとでも?」

「ある種当たりだ…二つ目の頼みを言おう…私を…殺してくれ」

ゼインは、俺の持つ剣を見て、そう話した。

「…何故だ」

「貴殿も知っておろう…我らの頭上にあるあれを」

ゼインは、震える腕で、球体を指さした。

「私は…あれの核にされている…私の命とあれが、繋がっている…私が死ねばっ!ハァー…ハァー…あの魔法は消えるだろう…核を失った魔法は消える…例えそれはあの化け物だろうと例外ではない…はずだ…」

ゼインを殺さなければ、おそらくはアレは解き放たれ、今度こそ世界を破壊し尽すだろう。

ならゼインが、あの魔方陣を破壊するように頼んだ理由も推察できる。

奴は、あの魔法を発動した後に逃げるつもりなのだ、別の世界に。

そこでも奴は、ここと同じことを繰り返すのだろう。

だったら、逃がしてなるものか。

ギャリィッ!という音を立てながら剣が床を傷つける。

魔方陣の一部に傷が付き、とてもではないが使用はできなくなった。

「それでいい…では私ぉヲ!?」

その時、ゼインは苦し気に胸を押さえ、床に転げ落ちた。

「コレハ!?」

ゼインの腕がぶくぶくと膨れ上がり、すぐに巨木と言っても良い位のレベルまでに巨大になった。

「マサカアノバケモノハ!キデンガキタトキニコウナルヨウニワタシノカラダヲ!」

腕の後を追うように、足も胴も、全身が膨れ上がっていく。

「ユウシャヨイソゲ!ワタシヲ!コロシテクレェ!」

そして、ゼインは肉の塊となり果てた。

筋繊維が丸見えで、全身から血を噴き出しながら

「ゴォォォォォォォォ!」

獣のごとき唸り声をあげながら、ゼインは俺を轢殺し、圧殺し、抹殺せんと俺に飛び掛かる。

「フン!」

俺はそれを、転がって横に回避した。

「ゴォォォォォォォォアアアアアアア!」

ゼインは止まらず、そのまま壁を突き抜けていった。

その直後、別の壁を突き破ってゼインがまた現れた。

穴の向こうには、ゼインの背、その奥に俺がわずかに見えた。

「なるほど、出すつもりはないと」

合わせ鏡のように、景色が連なっている。

ゼインは両腕を上げると、俺に向けて振り下ろした。

おそらくは増殖と肉体強化の魔法がかけられている。

このまま腕を切り落としても、すぐに再生してお終いだ。

狙うは急所のみ、そこに剣を突き立てる。

今度は走って回避したが、突如俺はまれで枯葉のように吹き飛んだ。

「なにっ!」

叩きつけた場所からの衝撃波が、俺を吹き飛ばしたのだ。

そして壁に叩きつけられる。

「ぐっ!」

しかしそのまま床に転がり落ちることはなかった。

「ゴォォォォォォォ!」

ゼインだ。

ズドォッ!ズドォッ!ズドォッ!と両の握り拳を全力で俺に叩き込み続ける。

それをなんとか、俺は目の前のみに物理結界を張って耐えしのぐ。

後ろの壁がミシミシと悲鳴を上げている。

そして、俺が壁を貫通した直後、背中から出鱈目なまで衝撃が来た。

「ゴォォォォォォォォ!」

ボキリ、と背骨が折れた音が聞こえた気がした。

壁を貫通した俺は再びこの部屋に来て、そしてゼインに全力で背中をぶん殴られてしまったようだ。

「……!…っ!」

息が、できない。

激痛が全身を駆け巡る。

「ゴォォォォォォォォ!」

殴られる。

「ゴォォォォォォォォ!」

殴られる。

「ゴォォォォォォォォアアアアアアア!」

何度も、何度も、地面にめり込むまで殴られる。

耐えろ…!耐えろ…!背中の傷を癒せ!魔力を必要以上には使うな!奴の拳に合わせて結界を、殴られる瞬間だけ貼るんだ!

もし俺の読みが正しいなら…!

ゼインの攻撃が、二十を超えた瞬間、地面に穴が開き、俺はその穴に落ちた。


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「ゴォ!?」

肉の化け物が、目の前から消えた獲物に驚いた。

己の足元で、殴られ続けることしかできなかった弱敵が突然消えたのだ。

獲物がいた場所には、大きな穴が開いている。

そいつは、穴を覗いたが、目の前には灰色が広がっているだけだった。

「ゴォォォォォォォォ!」

吠えた、化け物は吠えた。

出て来いと言わんばかりに。

そしてキョロキョロと、周りを見渡し始めた瞬間、化け物の胸に、剣が生えた。

「殺ったぞ!ゼイン!」

獲物は、己の後ろにいたのだ。


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俺の読み通り、下に落ちた俺は、この部屋の天井からこの部屋に落ちてきた。

だが下にあるのは魔王の魔法、そのまま落ちればただでは済まない。

無理やり風の魔法を自分自身に当て、壁の方まで飛び、剣を突き刺し、奴が背中を向けるまで待った。

そして背中を向けた瞬間に落ち、剣を奴の胸に突き立てたのだ。


「さっさと死ね…!心臓に突き立てたんだぞ…!」

「ゴォォォォォォォォ!ゴォォォォォォォォ!ゴォォォォォォォォアアアアアアア!」

ゼインは背中に手を伸ばし、俺を掴んで叩きつけようとする。

「こん…!チクショウガァァあっ!

力任せに、無理やり剣を動かしそのまま横に剣を振るった。

血が濁流のように、傷口から噴き出す。

その血は部屋中を俺ごと真っ赤に染め上げた。

ゼインはひとしきり暴れた後に、仰向けに倒れ、静かになった。

すると、全身の筋肉がドロドロと溶け落ち、ああなる前のゼインが、そこに現れた。

「よくやった…勇者よ」

ゼインはわずかに残っていたスーツの、胸ポケットから一冊の手帳を出し、俺に差し出した。

「三つ目の…頼みだ…ここに…この城の地図がある…この地図を見て…あの化け物の部屋へと向かってくれ…あの化け物には…何か隠していることがある…奴の強さの理由が…なにか、あるはずだ…」

「だが、城はまだ迷宮化されたままだ」

「それならもう…大丈夫だ…あの化け物は横着して…迷宮化の核も私にした…迷宮化も…私の死によって解かれる」

俺は手帳を受け取ると、それを読んでみた。

城の地図のページと、ゼインの日記代わりに使われたページ。

その日亡くなったものの名簿や戦況についてなどが乱雑に書かれていた。

「勝て…勇者よ…あの得体の知れない化け物を…」

「…冥土の土産に教えてやる。俺は、あの魔王の強さの理由について、少し知っている」

俺は、ゼインに耳打ちしてやった。

それを聞いたゼインは、目を見開き、そして、笑いだした。

「ハッハハハハ!そうか!簒奪者アークよ!だからお前はそうも強かったのか!だからお前は我々の知らぬことも知っていたのか!だから…お前は…あの女神を…呼び捨て…に…」

そして、ゼインは動かなくなった。

ゴゴゴ、と城が揺れ、俺の頭上にあった魔王の魔法は、フッと消え去った。

「…奴の部屋を探す前に、医務室で薬を漁るか」

きっとポーションなり、エーテルなりがあるはずだ。

今にも崩れ落ちそうな部屋の中、俺は急ぎ足で部屋から出て行った。


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クライハルト様が殺された

あの得体のしれない小僧が、ソラリス公爵とその家族、一族の死体を城門に吊るしたと報告があってからわずか数分で玉座の間まで侵入され、四天王たちすら一蹴し、クライハルト様の首を切り落とし、今から自分が魔王だと宣った。しかし、その場にいた全員が直感的に奴が魔王ではないと悟っていた。かつて魔王に仕えた者が書き記した本には、魔王が生まれた瞬間、それが分るとあったが、私たちは一切何も感じなかった。なら奴は魔王ではなく、ただのイカれた反逆者でしかない。兵士の一人が、奴に剣を振るった瞬間、兵士の頭が吹き飛んだ。奴は、己に逆らったもの、己を傷つけようとしたものに対してその兵士のように頭が破裂する魔法を仕掛けたと言った。すぐに己の体を魔法で調べると、本当にそのような魔法がかけられていた。思考だけは自由なようだが…

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貴族の娘たちがメイドとして連れてこられた

奴は連れてきた娘たちを動けないようにすると、一人ずつ犯していった。奴は何がしたい?王の座を奪ってからしたことは、誰かを傷つけるか、殺すか、苦しめるか、女を犯すかしかしていない。何度か、奴を暗殺しようとした者たちは、すべて失敗した。鯨すら一滴で殺す毒すら効かないとはどういうことなんだ?

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勇者が現れたようだ

奴が、遊び惚けている間に、送り込んだ密偵が、勇者が旅に出たということを伝えてくれた。どうやら、武具を集めようとしているらしい。だが、歴史書には『勇者は聖剣を使い、我々に戦いを挑んだ』としか書かれていない。ならば、勇者が使う女神に与えられたものは、聖剣だけのはずだ。あの化け物は、そこまでの力を有しているのか。

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城の改築を行うこととなった

どうやら奴は殺し方のレパートリーが欲しいようだ。城の中庭に食獣植物を植えたり、城に拷問のための施設を作らせたりやりたい放題だ。サディストめ。お前の用意させたものでお前を苦しめられるならこの国の人々がどれだけ安らぐことか。

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世界の意思とやらがある可能性

酒に酔ったあの化け物が、ご講釈を聞かせてきた。この世界が女神が作ったものではないこと。我々は、女神に生み出されたわけではないこと。全ての種族のカウンターとして生み出されたこと。徐々に魔王と勇者の戦いの間隔が空いてることから、世界が侵略者である女神とその生み出した命を、光を受け入れようとしていること。酔っぱらいの与太話だ。我ら以外の種族が崇める女神を呼び捨てにしていることから、なにか悪影響をもたらす薬物を使っているに違いない。そのまま中毒になってしまえばいい。

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どうやらわたしはこれまでのようだ もしこれをゆうしゃがよんでいるのならあのばけもののへやにむかってくれ やつはいちどもじぶんいがいのだれかをへやにいれたことはなかった だからたにんにみせたくないなにかがあるはずだ ゆうしゃよあのばけものをころしてくれせかいのためにやつにころされたくらいはるとさまのためにやつにあたまをふきとばされたむすこのためにどうか