【感想・書評】「占星術とユング心理学」(リズ・グリーン著、上原ゆうこ訳、鏡リュウジ監訳)を読んだ

 原書房刊、「占星術とユング心理学」(リズ・グリーン著、上原ゆうこ訳、鏡リュウジ監訳)を読み終えた。

 心理占星学はユング心理学と伝統的占星学を後世の研究者が融合させたものだが、これを学んでいる者には、ユング自身が占星術・占星学に大変な興味を持って実験や研究に没頭していたことはほぼ常識である。
 しかしながら、ユング研究者やユング心理学が専門の分析家の手によるユング解説本や評伝、伝記などをあれこれ読んでみても、彼らは不自然なほどユングの占星術への傾倒に言及しない。ユング自身の手による「元型論」も通読したが、期待に反してそこですら、語られることは無かった。
 アカデミアンともあろう者が非科学的な占星術にのめり込んでいたという事実は、ユング支持者のみならず本人にとっても隠微すべき醜悪なスキャンダルであり、公言には非常に勇気がいる行為だったらしい。

 心理占星学のパイオニアであり今なお巨人のリズ・グリーンが2019年に刊行したばかりのこの本は、彼女が遺族の許可をとってユングの蔵書を調査し発見された新資料や新事実、数多くの占星術師や神智学者と交流していたことを示す書簡のやりとりを豊富に盛り込んで、スキャンダラスを理由にオミットされ隠されてきたユングの新しい顔を見せている。
 そこには、今まで認識されてきた以上に彼は自分の理論に膨大な量の占星術・錬金術の体系や知識を取り入れ、骨組みとして使用していたという衝撃的な証拠がある。

 たとえば、ユングの唱えた有名な「タイプ論」は、人の性質を直感/感覚/感情/思考の4つに分ける。この考え方を使った適性テストを就職試験に取り入れる企業も多い。
 これを心理占星学ではそれぞれ火/地/水/風の四元素にあてはめていくんだけど、「へぇ~うまくピッタリハマるもんなんだな」位に思っていたが、そもそもユング自身がタイプ論の着想を四元素思想から得ていたということが明らかになる。
 彼が提唱、推薦したセラピーとして有名な能動的想像や自動書記もそうで、これはグノーシス教において瞑想を通して神とのつながりをさぐる神働術(テウルギア)というものが発想の大元になっているらしい。
 元型的イメージが流れ込んできた患者にはそれを絵に描くことをすすめたアートセラピーも、ある種テウルギアのひとつといえそうだけど、ユング自身も、制御しがたいビジョンの体験に襲われ、数年にわたって「自分の家が死者にとりつかれている」と信じていたけど(えっ?!)、アートセラピーによって克服した、とある(更にえっ?!)。
 こんなふうに驚きの事実を知って、ユングのことを「自分を治療した統合失調症にすぎない」とそしる人がいることにも腑が落ちたが、本当に絵を描くことで治したならなんかすごい…マジか…と私の近代的理性が言ってます。

 そう、この元型(アーキタイプ)という考えだが、ユング思想の根幹をなしているもので、書評からそれてちょっと解説してみると、元型とは、ひとことでいうと「人が生得的に持っている行動や感情の様式」という感じのもので、元型こそが人間の駆動力であり、神の正体であり、かつ、すべての宗教の起源である。
 たとえばそれは、太陽や月に対する信仰が世界じゅうどこでも見受けられたり、まったく文化的交流の無い遠い国でも、神話の様式が非常に似かよっている。(日本書記の黄泉比良坂と、ギリシャ神話のペルセポネの冥界下りの相似点など)
 これは人間の持つ集合的無意識のなかに「元型」が根を下ろしているからだというのが、ユングの考え。彼の提唱した「アニマ/アニムス」「シャドウ」「グレートマザー」「ワイズマン」もすべて元型のバリエーションであり、多神論的・汎神論的な宇宙観が、彼の思想の特徴である。
 感情にも元型的感情があり、占星学的にいうと、人と同じことをして集団に埋没したい、逆に人と違うことをして自由になりたいといった感情はそれぞれ海王星、天王星がつかさどり、星から人に流れ込む。だから出生図でそれぞれの星のエネルギーが強い人は、感情の傾向が強いし、そうでなくてもトランジットやプログレスでアスペクトを形成するとその期間はムードが強まる。
 以上が本書を読むまでの私の理解だったので、「ふーん太陽とか月が元型を人に注入してるんかな」ってくらいに思ってたけど、ユングの論は少し違うみたいで、彼は紀元前のプラトン主義プロティノスの著書「エネアデス」に影響を受けて、星はあくまで象徴であるという考えをとっていた。
 つまり元型という形なきエネルギーが、人に形ある姿を示すために作ったのが太陽系惑星だから、星は原因じゃない、元型が先で星はあとってことらしいんだけど、こう言われると「えっ???じゃあ、元型が一から太陽系をこしらえたの?!人間のために?!すごい時間と労力をかけて、人間のために、わかりやすい象徴を??神だから??」とかなり驚いて、衝撃だったんだけど、なんかそうらしいっす!本当かな?!
 
 人間は体の構造上、視覚が発達しているために極端に視覚に依存した生物で、第一印象の九割が見た目で決まるとも言われている。目に見えない元型エネルギーを目に見えるようにしてやろうとのはからいも、そういった人間の特性を考えてのことだろうか。
 そして、だからこそ目に見えないものを人間は軽んじがちだ。超自然の存在やエネルギーも、目に見えず、カゴにとらえて客観的研究の対象にすることもできない。つまり近代的科学では、証明ができない。しかし、目に見えないから無い、非科学的だからナンセンスだと切り捨てる近代人の態度は、自らの首をしめている。空気も目には見えないが存在していて、それなしで生きていける人は居ない。科学だってオカルト思想と同じようにいくらでもまちがってきたのは、科学を勉強すれば誰でも分かることだし、なによりそれは、私が何のために生きているのかという、本当に知りたい疑問に、何ひとつ答えてくれない。(「無意味さは生命の充足を妨げ、従って病と同様のものである」ユング自身の言葉の引用、本書より)
 ユングは晩年、BBCによるインタビューで、「神を信じていますか」ときかれ、「信じる必要はない。なぜなら、知っているからです」と答えたとのことだった。

 本書は、驚異的に博識な著者によって、膨大な労力を注がれたユング研究本だけど、彼のおもな思想の源泉も一冊にまとまっているので、ユングを知らない人間が入門書としてこの本から読んでも大丈夫だと思う。浅学の私は、キリスト教の七つの大罪が、グノーシス教による7天体の美徳と悪徳の思想がルーツであるということも知らず、そういうへぇっと思うことも多くて、大いに知的好奇心が満たされ、楽しいばかりの読書だった。
 世の中が大変で、現実が苦しいときこそ、視野を大きく持って、遠い場所を見つめて、視点を変えたくなる。

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