第20回御岳カップを終えて。

20回目となる御岳カップ。実はまだ終わっていなくて、主催者としては、選手スタッフ含む大会関係者全ての皆さんが大会後に体調を崩すことがないことをお祈りする毎日です。2週間経たないと無事に終わりましたとはご報告できないのですが、大会期間中に感じたことを忘れないうちにnoteします。

実はレース中にえらい落ち込んだ時間帯がありました。1本目のレースが始まってしばらくした時に、トランシーバーから聞こえた「MCブースの電源が落ちました」との声。復旧に向かいバタバタしたタイミングで、ポケットに入っていた自分のトランシーバーを紛失。前日のスタッフミーティングで、「大会本部から離れない・トランシーバーには常に応える・余裕のある頼れる男」を大会スタッフに誓っていたので、始まってすぐに公約終了となってしまいました。

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言うてもこの15年はレースラフティング の大会運営に関わり、開催した大会の数は手前味噌ですが日本で一番多いとの自負もあります。あれだけ無くすはずがないと自信のあったトランシーバーを漫画のように無くし、おそらく各現場で奮闘するスタッフを手助けすることもできない。おわた感満載でした。
※ちなみに御岳カップの運営スタッフは、スーパー優秀な人が多いので、私のトランシーバーがなくても実際には大会は回っていたとは思います。

20回もやってて、他の河川での大会を合わせると100回以上も大会運営をやってて、トランシーバー1個肌身離さずに守ることができない。もしかして、センスがないのかもと悩んじゃいました。たくさんの人に支えられ助けられてやってきた自覚もありますが、それにしてもあまりにも不甲斐なさすぎる展開に、違う人がやったほうがスムーズに発展していくのではと考えちゃいました。

猛烈に落ち込んだ時間は2〜3分。まあ、言うてても仕方ないという持ち前の開き直り力(←もしかしたらこの能力だけは優れてるかもです)を発揮したちょうどその頃に、「だいごトランシーバー届きましたよ」とおふじがコッソリと電話をくれて戦線復帰。その辺りからようやく大会を楽しむことができました。

久しぶりの大会となりました。御岳カップに限っては、昨年の台風と今年春の新型コロナの影響で1年半ぶりのレース開催となりました。閉会式の時にもお話ししましたが、色んなことを忘れていたことに気がつきました。機材の場所や運営の方法を忘れるというネガティヴなものもそうですが、人と会える喜びや楽しい気持ち、周りに感謝する気持ちなんかもすっかり忘れてました。大会を通してリハビリのように少しずつ思い出すことができました。

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レースラフティング はチームメンバーと力を合わせて1つのボートでゴールを目指します。選手それぞれの経験や能力、それこそ性別・年齢・国籍・趣味嗜好など違っても、成績は個人ではなくチームに対して出ます。ボートに乗ってスタート地点に立ったからには運命共同体。自分とは違う人物とその感覚を受け入れて、共にゴールを目指します。ボートをスムーズに早く動かすために自分ができることは何か、常に考えて動く。川の状況がどんどん変化していく中でコミュニケーションを取りながら漕ぐ。さっきベストに感じられた判断は、1秒後にはベストなものではなくなってしまうこともある。誰が声かけするのか、声を出したら責任が生まれそう、でも岩はすぐ目の前にあるから何かしないといけない。誰が声を出してもOK。できることをやろう。自分も知らなかった自分が垣間見えたり。ただただ楽しい。笑えてくる。ゴールまでの道のりでは、うまくいくこともあれば、いかないこともある。でも決めたゴールまではできることをやるしかない。ゴールの瞬間はみんな同じ。ゴール後に感じることはまたそれぞれ。自分とは違う人たちと一緒に漕ぐことで、1人だったら感じられない体験ができることも間違いない。仲間のアンテナを通して自分では感じられなかった感覚を得ることができる。チームの数だけドラマがある。わかりにくく言うと、そんなスポーツです。

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すっかりコロナコロナしている世の中で、こんなに力を合わせて動いている人たちを久しぶりに見ました。集まることが悪いことみたいな風潮もある中で、あんなに自信を持ってチームのために動いている人たちを久しぶりに見た気がします。不確定な時代だからこそ、自分とは違う他者と「競争を通して共創するレースラフティング」が発信する価値観が重要になると確信しました。

全国のレースラフティング 愛好者の皆さん、僕らはとっても面白くて大切なスポーツやってますよー!!これからも楽しんでいきましょう。そして、僕らが楽しむためにも、周りの人に理解され応援してもらえる存在にならなくてはなりません。誰のものでもない川というフィールドで活動するということの責任を感じて動いていきましょう。誰のものでもないということは自分たちのものではないということも当然含まれます。

レースラフティング は、"他者を受け入れる"スポーツ。ようやく腑に落ちる表現と巡り会えました。また御岳でお会いしましょう。

ラフティングプランナー 柴田大吾



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