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『GULLY BOY』ネタバレ感想-サフィナを見てください。

 チャンスを掴め、自分を解放しろ。
 しがらみから逃れようともがいている。夢や表現への欲求を「現実」を前にして諦めつつある。『GULLY BOY』は、そんな人の背中を強く押してくれる映画だ。
 スラムの片隅で自分を押し殺してきた少年が仲間と出会い、居場所を手に入れ、その先の途方もない夢を掴むという、これは一人の人間のサクセスストーリーである。同時に、伝統社会のしがらみの中で世代を重ね蔓延してきた諦念という呪縛を、伝統に抗って生まれた自由な価値観と、そしてサブカルチャーとテクノロジーがもたらしたチャンスによって解き放つことが出来るというすべての人々の希望の物語として見ることもできよう。
 それは主人公の“ガリーボーイ”・ムラドにとっては父や父によって彼の身に起きる出来事との闘争であり、その疎外や葛藤を燃料に彼は彼の真実の言葉を書き出していくのだ。

さて、本作のヒロインの話をしよう。

    自身の望むあり方と伝統社会が課す役割との葛藤という点で見れば、より根深い障害に悩まされているのはムラドの(中学生の頃から九年目の!)恋人であり将来的に医師として自立しムラドと結婚することを望むサフィナだ。厳格なムスリムにして医師の父のもとに生まれた彼女は親の目を盗むようにして、学校帰りのごく短い時間を仲間や恋人と過ごしてきた。ムラドの連絡先を女性の名前でスマホに登録しているほどに、家族相手にこそ警戒を怠れない。
    この点で、ヒジャブ(ムスリム女性が頭に巻くスカーフ)のオンオフとともに、父母を前にした時とそれ以外とで彼女の表情やまとう雰囲気ががらりと変わるのが印象的だった。このあたりの表現はさすが、監督と脚本の両名がインド出身の女性なだけはあるといったところか。
 ムラドは“MCシェール”・シュリカントと出会い、ラップ仲間という新たな居場所で才能を開花させはじめる。成功と新たな希望に次々と胸を躍らせるムラドだが、正直ぼくは本編を見ながらこの中盤のサフィナの心情を思うと胸が締め付けられるようだった。サフィナの居場所はまったく広がらないのに、ムラドは今にもどこかに行ってしまうのではないか。しかしそんな彼の行動の起爆剤となったのは、皮肉にも彼女が言った「チャンスを逃すな」という言葉なのだから。
 しがらみを断ち新たな場所で夢を追うことで、幼馴染で恋人という過去から現在にいたる積み重ねの極致のような関係性は破綻を逃れられないのだろうか。そんな不安が一度は、それも最悪のしかたで肯定されてしまう。ムラドがプロデューサーのスカイと寝た挙句、その晩は家にいたと翌朝ついた嘘が、よりによってスカイの発言からばれてしまうのだ。スカイは富裕層で、肌が白く、自由な服装をした、家に縛られていない女性だ。そんなサフィナとは正反対ともいえる女性が、自分には出来ないやり方でムラドに彼の望むものを与えている。激昂してスカイを空き瓶で殴ってしまうのも致し方なし。このことが引き金となってサフィナに別れを告げたムラドはしかし、輪をかけて最悪なことに「私が私でいられるのはあなたといる時だけ」というサフィナの大切な言葉をスカイと制作する曲に使ってしまう。お前いい加減にしろよ。
 サフィナとしては勉強にでも没頭して忘れたいところだろうが、このスカイとのトラブルにより、その日嘘をついて家を出たことやムラドとの交際が芋づる式に両親に発覚してしまう。このことから両親は見合いを執拗に強制するようになるが、もし結婚させられればその時点で大学に通うことは出来ない。ムラドを諦め医師として自立することも叶わないとしたら……サフィナは絶望に見舞われる。きっかけを掴み自分の道を定めたかに見えるムラドとは対照的に映るシーンだ。
 サフィナはたまたま見合いの候補に挙がったムラドの友人を恫喝して、ムラドに電話をさせるようにと伝言を託す。この時点でだいぶ痛快である。そして勝算があったのだろう、果たしてムラドからの電話を受けた彼女の会心の笑みと言ったら! 窓を開けるように言われ、ひっつめ髪にやぼったい眼鏡の勉強モードからいそいそと身づくろいをする仕草たるや!!
 ここまで彼女に寄り添うことでよりいっそうストレスフルなものとなった中盤の展開が、決勝戦のライブシーンでの興奮と幸福感を否応なく高めてくれる。ムラドは自分のしがらみを解き放ちサフィナも手に入れるという回答を提示してくれた。一方のサフィナも、もとからムラドにちょっかいをかける女には容赦しないあたりタガが緩む部分はあったが、とうとう後先考えるのをやめて愛しい男のもとへと忍び足で夜の冒険に出るのだ。チャンスを過たずものにし、彼女は一歩を踏み出した。開き直ったともいえる。エンディングとともに優勝の報が街を駆け抜けるシーンでの彼女の顔は、父母を前にしてなかなか強かだったではないか。

 サントラ買います。


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